起の前

 至極当然ことだが、大抵の物語には起承転結がある。そしてこれも至極当然のことではあるが、起承転結の『起』の部分は物語の始まりを表しており、これが無ければどうにもこうにも前には進まない。というより始まらない。


 では実際に起が無ければどうなるか。もちろん前述したとおり物語的には何も始まらない無ではあるのだが、今回はキャラクターが先行して出来てしまった場合の話だ。

 キャラクターの構想を練ったはいいものの、そこで飽きてしまいプロットを考えることを放棄。これはきっと何か物語を考えている人間ならたびたびあることで、結果として練られたキャラクター達はプロットもクソもない打ち捨てられた設定の中で延々と『起』を待ち続けるのである。

 それがこの作品を語るどんなに私にとってどれだけ退屈で、無意味で無価値で非生産的なものか。 

 

「そろそろ支度しないと遅刻するわよ」

「やばい!遅刻する!」

 一回から聞こえる母親の声に飛び起きる青年。この青年は一応主人公として作られたキャラクターで、運動神経は抜群だが色恋沙汰には鈍感。年齢は17歳で華の男子高校生。ちなみにこの物語は一向に始まらないため、彼は冗談抜きで永遠の17歳である。彼はいつも遅刻ギリギリになるような時間に起きる。何故かと言われれば、そういう設定だからとしか言いようがない。全くもって哀れな主人公だ。


 もちろん学校には走って向かうことになるのだが、何分『起』がないので、角でパンをくわえた女の子ぶつかったり、車に撥ねられたりなどということは絶対にない。ましてや異世界に飛んだりなんてこともだ。

「今日は近道を使わないと間に合わないな」

 とはいっているが、彼は毎日近道を使う。当然だ、毎日起きる時間が同じなのだから。


 そうして彼は学校に着く、もちろん設定通り遅刻ギリギリでだ。

「おいおい、またギリギリかよ」

「今日はたまたまだよ、昨日ちょっと夜更かししちまったんだ」 

 教室に入りクラスメイト達と挨拶を交わす。これも毎回同じだが当然彼らはそんなことに疑問は抱かない。

「そういっていつもギリギリ!少しは余裕をもって起きられないの!?」

 委員長兼幼馴染の登場だ。黒髪でメガネで堅物、一体何番煎じだか分からない。このキャラクターも作者が苦心して作り上げたものだが、その設定はありきたりそのもので作者の浅はかさが滲み出ているようである。


 主人公が何か言い返しているが、これもまたまた毎回同じことを言っているのでわざわざお伝えする気にもならない。ありきたりなセリフということだけお伝えしておく。

 そしてここは学校という設定なのでいちおう授業がある。いちおうだ。

 そう、あくまでいちおうなのだ。なぜなら、授業の中身は空っぽで教師が言っていることも訳がわからないデタラメばかり。そして生徒達はそれを真面目な顔をし受けノートを書く、もちろん委員長もだ。非常に滑稽である。

 だがそれも致し方ない、作者が高校生の授業を覚えていないのだから。それにこの作品に授業の内容の描写など必要ない。よってこんな有様になってしまった。もしかしたらこれからのストーリー展開次第できちんと学ぶことが出来るかもしれないが、そんな事は永遠に訪れないであろう。作者はもう飽きてしまったのだ。

 

こんな授業が何時間も続き、ようやく下校の時間となる。主人公をはじめ生徒達は疲れた顔をして帰る準備をしているが彼らはなにも学んではいない。ただ登校して意味のない時間を過ごしただけだ。

 女子生徒達が寄り道の相談をしているが、最早言うに及ばず。設定通りだ。もちろん主人公も同じ。なんだかんだと言い合いながら委員長と一緒に帰る。


 毎日毎日同じ時間同じ場所で同じ行動をする。無意味で無価値で非生産的な日々。いや、こんな変化のないものが日々と言えるのだろうか。言えないであろう。

 だが主人公達はそんな事には一向に気付かない、気にもとめない。哀れで愚かで悲しい主人公達。

 いや、真に哀れで愚かで悲しいのは作者かもしれない。きっとこの物語に起が無いのも作者がこの主人公達と同じような人生を送ってきたからであろう。無意味で無価値で非生産的な、同じことの連続ばかりの人生。

 浅い人間なのだ。だから創作の世界で輝ききらめく青い春を作ろうとする。いわば現実逃避だ。だが、作者の人生経験ではそれすら叶わない。自ら何かを得ようとしなかった結果ではあるのだが、空しいものである。

 人生は自分一人一人が主人公などというが本当だろうか。俯瞰してみてほしい、もしかするとモブキャラクターではないだろうか。


 などと私が作者の愚痴を言っている間に主人公は委員長と別れたようだ。あとは家に帰り、仕事から帰ってきた父親と成績の事で口論し、飯を食い風呂に入り寝るだけ。今日も一日設定通りだ。

 そこでふと主人公が立ち止まった。微動だにして動かない。

 ん? どうした? こんな設定ないだろう、早く歩け。

 だが彼は固まったままだ。今までこんな事はなかった、どういうことだ? まさか、ありえないとは思うが。 

「なぁ、あんた誰だ?さっきから声だけ聞こえるんだ。誰かいるのか?」

 なるほど、作者の奴め。なにかあったな、まさかこんな起になるとは。だがとりあえずこれで物語はやっと始まりを迎える。大変喜ばしい事だ。主人公に自己紹介と祝いをしなければならないであろう。

「あー、まずはおめでとう。君の物語今さっき遂に始まった、これから承転結があると思うが決して心を折らぬように。あと私についてだが――

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