第2話 王子は黒猫の正体を知る
「ちょっとキュウ!!
誰よそれーーーーっっ!!?」
翌朝。
姉さんの叫び声のような怒声に続いてパリーン!!とガラスの割れる音がして、俺と希咲はベッドから跳ね起きた。
慌てて素肌にシャツを羽織り廊下に飛び出すと、キュウの部屋のドアが丁番から外れて吹き飛び、廊下の窓ガラスが割れていた。
「ちょ!美久!誤解だよ!!
こんな
「キュウにそんな趣味があるなんて知らなかった!!
まさか、目が覚めたらそんなつるぺたなロリっ娘と添い寝してるなんて……!」
キュウの部屋で一体何が起きたんだ!?
騒ぎを聞いて、他の奴らも目をこすりながら廊下に出てきた。
部屋の外までビリビリと伝わる姉さんの怒りの魔力に皆が近寄ることを躊躇う中、部屋から出てきたのは──
なんと、素っ裸の黒髪美少女だった!!
*****
「吾輩の名は “くろ” でござる」
全員揃っての朝食の席。
先ほどキュウの部屋から欠伸をしながら全裸で出てきた少女は、妙な口調でそう名乗った。
女性陣の中で一番小柄な希咲の部屋着を着せたが、それでもまだ丈も肩周りもかなりだぶついている。
男どもが全員 “くろ” の裸を見たということで、今朝の女性陣はみんな魔力に匹敵しそうな禍々しいオーラを全身から放出させている。
なぜかウシツツキまで今朝はうっしーの頭に止まらず、テーブルの上にちょんと乗って、くろを睨みつけていた。
幼い小夜に好意をもった過去のあるろくはともかく、誰もこんなつるぺたJC(推定)の裸になんか興味ねえっつーの!
そう思っていたら、サトリに「王子、それ、むっちゃんに失礼だから」って
勝手に俺の心を読むんじゃねえ!!
「で? あなた、いつの間にキュウのベッドに忍び込んできたの?」
出勤のためにスーツに着替えた姉さんが、棘のある口調でくろに尋ねた。
「吾輩、キュウちゃん殿の部屋に昨晩からずっといたでござるよ?
あったかいミルクを飲まされて、ソファでうとうとしていたら、ベッドの方から妖しげな声が……」
「「わあぁっ! ちょ! それ以上は言わなくていいから!!」」
キュウと姉さんがさすがに赤面してくろの言葉を遮った。
まあ、今さらな感じもするけどな。
「ミルクを飲んでソファで……って、じゃあ君は……」
キュウが訝しげに見つめると、くろと名乗った少女はにこりと口角を上げた。
「さよう。吾輩は昨日の黒猫でござるよ。
なんなら今から証明してみせるです?」
言うが早いが、くろはゴニョゴニョと魔界の呪文を呟いた。
すると、彼女の輪郭が金色に光り出し、するするとその光が形を変えていく。
眩しさに目を
「すごい! わびさんと同じ手品が使えるんですね!!」
一人感心しきりの希咲を除く全員が、くろが俺たちと同じ魔族だということを確信した。
そんな俺たちの表情を眺め回すと、黒猫はしたり顔で頷き、前足で顔を三度擦った。
再び金色の光が黒猫の輪郭をかたどったかと思うとみるみる大きく広がり、つるぺた素っ裸の少女の姿に……
「「「「見ちゃダメーーーっ!!!」」」」
女性陣の金切り声に、男どもは慌てててんでばらばらな方角を見やり、くろが再び服を着るまで目線を動かすことを許されなかった。
*****
「で? 化け猫がこの店に何の用だ?
ってか、どういった経路で人間界に来たんだよ?」
ようやくトーストにありつきながら俺が尋ねると、オムレツを美味そうに頬張りながらくろが答えた。
「吾輩、化け猫ではなく魔法使いでござるよ。
でもって、此度はタマちゃん殿のお父上であるタ・ムーア・ゴルディ・ハクナ・ランジェット16世より命を受けて下界へ参ったでござる」
「化け猫ではなく、魔法使い?」
「さよう。この姿の方が
タマちゃん殿にはピンとくるです?」
くろは口をもごもご動かしながら席を立つと、再び呪文を唱えた。
今度は輪郭が青白くなって、くろのシルエットがみるみる縦に伸びていく。
「あっ! お前は確か……」
変化したその姿に、俺は驚愕した。
こいつ、魔界にいた頃に会ったことがある!!
親父に同席を言い渡されて、50年に一度行われる、魔界三大魔法使いとの意見交換会に出席したときに会った奴だ。
そう。
こいつは確か……
「クロマリー・グリンウィンド、だな。
魔界三大魔法使いの一人にして、回復魔法の第一人者だ」
「覚えておいででしたか。タマちゃん殿」
少女からロマンスグレーのナイスミドルに変身した “くろ” が紳士然として微笑んだ。
「相変わらず優雅な微笑みだな。
だがしかし、その格好は傍から見れば通報レベルを余裕で越えてるぞ」
胸元にレースのついたピンクのカットソーに、淡いブルーのフレアスカート。
小柄な希咲の部屋着だから、膝下丈だったはずのスカートから中年男の膝小僧が見えていた。
普段から筋トレは欠かさないのか、ピンクのカットソーの胸元が妙に盛り上がっている。
「……うっしー、お前の服を貸してやれ」
「ふ、ふんもお」
それ以上は見るに耐えず、額に手を当てたまま俺はうっしーに着替えを取りに行かせた。
*****
女性陣は、くろの正体がおっさんだとわかると安心したように出勤や通学の支度をしに部屋に戻っていった。
姉さんだけが「じゃあ昨晩はおじさんに見られてたってことなの!?」と頭を抱えていたが、
「吾輩の本来の姿は黒い霧であって、人間体も黒猫もあくまで仮の姿でごさるよ。
霧ゆえに他人の情事には関心ござらん」
という、くろの若干説得力に欠ける説明に首をひねりつつも、時計を気にしながら出ていった。
「それで、三大魔法使いの一人であるクロマリーが親父の命を受けてきたっていうのはどういうことなんだ?」
レストランの従業員だけが残った中でくろに尋ねると、ロマンスグレーのくろが穏やかな中にも威厳を込めた声で話し始めた。
「先日、吾輩のもつ水晶に、下界に転生していた王女シャ・クーラが覚醒したという情報が映し出されたのでござる。
それを魔王に報告したところ、事実を確認の上、王女を魔界に連れ戻せと仰せに」
姉さんを、魔界に──?
ってことは、キュウも一緒に戻るってことか?
「さらには、王子であるタマちゃん殿にも新たな縁談を組むゆえ、姉上共々戻ってくるようにと」
「はあっ!?」
俺は思わずテーブルを叩いて立ち上がった。
コーヒーカップがガチャン! と音を立てて揺れ、ソーサーの中に茶色い湖をつくった。
「元はと言えば、下界に俺を落としたのは親父だろう!?
勝手に下界に落としやがったくせに、勝手に縁談つくって勝手に俺たちを連れ戻そうったって、そんな親父の勝手に従うつもりなんてねえ!!」
突然表明された魔王の意思に、キュウもろくもサトリもうっしーもわびすけも表情を強ばらせて聞いている。
フラやシルフ、ソラは元々魔界の住人じゃねえから親父の怖さを知らねえが、それでもこの状況が相当ヤバイってことは伝わってるようだ。
そうだよ。
俺はこいつらを置いて魔界に帰れねえ。
そして何より、俺には希咲がいる。
「タマちゃん殿が魔界に戻りたくない理由、吾輩はわかりますぞ?」
「は!?」
「昨晩、吾輩は黒い霧となって、タマちゃん殿の居室にも入ったでござる。
タマちゃん殿はあの希咲とかいう娘と……」
「だああーーーーっっ!!
覗き見とか、お前変態かよっ!?」
今度はコーヒーカップがガチャン!と転がって、テーブルに茶色い海を広げた。
しかし、ヤバイ部分は遮ってやったぜ。
ふう。
「タマちゃん殿は希咲殿を妃として魔界に連れて行く気はないんです?」
その言葉に、沸騰寸前だった俺の血が一気に温度を下げた。
心臓をギュッと掴まれたようで息苦しくなる。
「連れて行く気はねえ。
……ってか、連れて戻るのは
「えっ!? だって、罰金貯めるか、嫁を連れて帰るかが魔界に戻れる条件じゃ……」
俺はわびすけの言葉を遮った。
「他の奴にはそれが条件でも、俺にはその選択肢はねえんだよ」
なぜなら──
親父が愛した俺の母さんも、人間だったから。
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