王子は小鳥の刻(とき)を奪う ~Twilight Alley~
侘助ヒマリ
第1話 王子は黒猫を訝しむ
かあー かあー かあー
かあー かあー かあー
ステンレス製の機器に囲まれた厨房の、壁に取り付けられた魔界製の不気味な
その中から魔界の伝書鴉、チャーリーにそっくりな間抜けな鴉がぴょこぴょこ出てきて、間抜けな声で時を告げる。
その音に、ボウルの中の卵を泡立て器でかき混ぜる手を一度止め、俺はその間抜けな時計の文字盤を見上げた。
さて、今日のディナータイム、営業といきますか。
「サト! オープンするぞ! 扉を開けろ!」
「了解」
俺の合図で、
「お待たせいたしました。レストラン “Trick or Treat” ディナータイム開店です」
行列をなして待ちわびていたお客たちの「きゃあっ」という歓声が厨房まで届く。
その声に引き寄せられるように、バーカウンターでカクテルの準備をしていたキュウまでがいそいそと客のエスコートに出て行った。
あいつ、姉さんと再会できたっていうのに、やっぱり「ハニー」達にちやほやされるのが好きなんだな。
今度姉さんに見せてやりたいぜ。キメ顔を客に見せつつ秘かににやけてるあいつの横顔。
サトリとキュウが手際よくお客をテーブルに案内していき、オーダーを取ったフラ、ろく、ソラがカウンターへと戻ってくる。
「プレーンオムレツ2つと、ペペロンチーノ、マカロニグラタン」
「オムシチュー、オムライス、白身魚のピカタ、スコッチドエッグを全部Aセットで1つずつね」
「プレーンオムレツ2つと、チーズオムレツ1つ、Bセット3つで、食後に紫芋のタルトとモンブラン2つ」
「だあぁっ!! 初っ端から玉子料理だらけじゃねえか!! ふざけんなっっ!!」
予想はしていたが、今日もまた玉子料理ばっかり作らされそうだ。
苛立ちを怒号に込めて吐き出すと、いつものようにホールから「王子ー!」と黄色い声がとんできた。
まったく、俺の怒声の何がいいのかわかんねえ。
これがレストランの外だったら、放出された俺の魔力で人間なんか数メートル先まで吹っ飛ばされるのにな。
ともあれ、今日も “ToT" は通常営業だ。
「王子。ホールにお客様入れましたけど、まだ外で五組ほど順番待ちしてます」
サトリの声に、フライパンを動かしながらちらっと鴉時計を見上げる。
「今からじゃ一時間は待たせることになるな。オーダーが落ち着いたら、わびを外に出すか」
「了解」
ちょうどそのとき、ホールに一番最後に入った客のオーダーをわびすけが持ってきた。
「ビーフシチューをAセットで、チーズオムレツをB セットでお願いします」
「おう。わび、ちょっとこっち」
俺が手招きすると、気の良いわびすけは「なんですか?」と人懐こくコンロの傍へ寄ってきた。
「ほれ」
調理台の上にのった、ボウルの中身を見せる。
オレンジがかった、とびきり新鮮な卵の黄身だ。
「あっ……!ちょっ……」
焦ったようなわびすけだったが、その姿はみるみる縮んでいき、ふぁさっと床に落ちた給仕服の中から赤茶色のチワワが顔をのぞかせた。
「サト! わびがいっちょあがりだ。外に連れて行けー」
「はいよー」
わびすけが黒い瞳を潤ませて恨めし気に俺を見上げるが、俺は一向に気にしない。
どうせそのうち厨房にヘルプに入った時に黄身見てチワワになっちまうんだし。
どっちにしても役に立たなくなるんだから、夜はまだまだ冷え込む中で一時間以上も待ってくれるお客を癒しに行ってこい。
厨房に入って来たサトリが、わびすけと奴の服を手早く抱え上げていった。
これも
玉子料理のオーダーにはいちいちイラッとさせられるが、口は悪いが仕事ができるソラがタイミングよくヘルプに入るから、効率的に調理ができる。
ミィがいたときは割れた玉子で包帯をすぐにベトベトにするし、バーカウンターで女をたらし込んでるキュウは呼ばなきゃ玉子割りに来ないしで、今の数倍はイライラしていたからな。
さて。
今日は仕事帰りの希咲と美月と姉さん、それに大学帰りの小夜がみんな
何を食わせてやろうかな……。
ビーフシチューの入った大鍋をかき混ぜながら、ふとそんなことを考えているときだった。
ギャニャニャニャニャーッ!!!
ゥワン!キャンキャンッ!ギャウンッ!!
突然、二匹の獣の絡み合うような絶叫が店の外から聞こえてきた。
*****
「で? 外で待つお客が自分よりもそいつに夢中になり出したから、対抗心でケンカを売った、っていうわけか?」
閉店後、お客の引けたホール。
従業員の皆に加えて、今日は希咲も姉さんも、小夜や美月までが勢ぞろいしている。
俺とうっしーで作ったまかないを並べたテーブルに皆がつく、その前で、美月に貼られた絆創膏だらけのわびすけがしょんぼりと立っていた。
俺が “そいつ” と言ったのは、なぜかキュウの腕の中でごろごろと喉を鳴らしている一匹の黒猫だ。
「だって……。この店で長年癒しキャラとしてお客さんのお相手を務めてきたのは僕ですよ?
それなのに、こいつがひょっこり現れたかと思うと、お客さんがみんな「可愛いー!」って構いだして……。
それに、僕は初めは吠えただけで、先に手を出してきたのはこいつです!」
わびすけに冷ややかな視線を向けたソラが、やれやれといった顔で嘆息した。
「はぁ……。自分からケンカ売ったくせにそんだけやられるなんて、マジダサいよね」
「あっ! ソラ君ひどいなぁ。
狼の方に変身できてたら、僕だって……」
「まあまあ」
「ソラはもうすぐシオンちゃんが練習にくるんじゃないの? まかないさっさと食べて部屋に戻んなよ」
「そうだね。学園祭のライブも近いし、こんなくだらないトラブルに
まかないのパスタを口に運ぶ寸前まで憎まれ口を叩くソラを見て、
「やれやれ。口の悪いのが三人に増えたなぁ」
と苦笑いするサトリ。
その三人の中にどうせ俺も入ってんだろ!?
ギロリと睨むと、空気を読まずに発言したサトリが首をすくめた。
ほら、口の悪いもう一人、機械仕掛けの妖精シルフもフラの頭上をホバリングしながら刺すような視線をサトリに向けている。
「それにしても美しい黒猫だよねぇ。
毛づやもいいし、気品があって野良猫とは思えないよ」
キュウはそう言って微笑みながら、腕の中でおとなしくしている黒猫を見やった。
キュウの言うとおり、ホールの照明に照らされた黒い被毛はビロードのように滑らかな光沢を放ち、しなやかな体躯が立ち居振る舞いをいっそう優雅に引き立てている。
緑とも青ともつかないガラスのような瞳の真ん中には金色の亀裂のように瞳孔が入っていて、見る者を惹きつけて離さない魔性の力を感じさせる。
「僕、この猫が気に入ったよ。
ヴァンパイアに黒猫って、ぴったりだと思わない?」
飼い主が見つかるまで、僕が保護することにしよう」
キュウの言葉に、姉さんが眉を吊り上げた。
「ちょっと、キュウ! それってその猫を私たちの寝室に連れて行くってこと!?
「大丈夫だよ、ハニー。この子はすごくおとなしい。
温かいミルクを飲ませてソファで寝かせれば、僕たちの愛の語らいを邪魔したりなんかしないよ? 」
キュウは甘い微笑みを姉さんに返し、耳元に口を近づけると、キラリと牙を見せながら囁いた。
「それに、美久がこの子のことなんか気にならなくなるくらい、僕が夢中にさせるから……」
「んもう! キュウったら……」
おいおい。実の弟の前でそんな会話はやめてくれ!
顔の火照りを感じて周りを見回すと、赤面しているのは俺と希咲だけだった。
ソラはガキのくせに余裕綽々でパスタを頬張ってるし、わびすけですら俺より余裕そうなのが腹が立つ。
ろくに至っては、「俺たちも今夜は……」なんて、小夜に耳元で甘く囁いている。
っとに、どいつもこいつも色ボケしやがって!!
嘆息すると、キュウが膝に置いた黒猫が「にゃあん」と鳴いた。
俺が視線を向けると金色の瞳孔がキラリと光り、口角がにやりと上がった。
猫が笑った!?
やっぱりこいつ、ただの野良猫じゃなさそうだ。
そう訝しんだのも束の間のこと。
キュウ達の盛り上がる会話に引き戻された俺は、皆で食べる食事の美味さをワインと一緒に堪能するうちに、キュウの膝で丸くなって眠る猫のことなどどうでもよくなってしまった。
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