鉄仮面委員長メイド

七八一億

第1話

 高嶺の花。憧れの人。誰もが一目置く美人。そんな存在が、どの高校にもいるのではなかろうか。

 俺の学校も、例外ではない。常にクール。流れるような輝く黒髪。美人という言葉をそのまま投影したかのような人。俺の密かに憧れる、我らがクラスの委員長、高円寺芳佳さん。

 生真面目で、請け負った仕事は迅速かつ完璧にこなす。そんなタチから、彼女はクラスの全員から圧倒的な支持を得て、委員長を務めている。

 そして。

「委員長の恥ずかしがるところ、見たくね?」

 男子会にて、そんな議題が提示されたわけだ。

「……見てえ。むちゃくちゃ見てえ。あの鉄仮面が剥がれる瞬間、死ぬほど見てえ」

「だよなあ小林ィ!!!」

 小林こと俺は心の内を男子諸君に吐き出す。

 常に冷静沈着。ここ二年間クールを貫き通した高円寺さんのあの顔が恥ずかしさに赤くなるその瞬間を見られたら、もう俺はその場でトラックに轢かれて死んでも後悔しないだろう。

「女子の協力がいる。クラス全員で頑張ろう」

 俺は言った。

 委員長の恥ずかしがる様を見る。その目的のためには、クラスが団結する必要がある。

 委員長高円寺さんは、誰に対しても一枚壁を貼るタイプの人だ。でも、俺たち2-Aの連中は、全員が全員、高円寺さんと親しくなりたいと思っている。

 だから、あの壁を破りたい。鉄仮面を剥がした裏にある、本当の高円寺さんと、仲良くなりたい。

 そんな思いから、スタートした。高円寺さん、恥ずかしがらせ計画。

 というプレゼンテーションをしたところ、女子の反応は極めて良かった。

「見たい! 高円寺さんが恥ずかしがるとこ、見たい!」

 それが女子の総意だった。

 では、具体的にどうするのか。我々は何回かのクラス会議を開催し、綿密に手法を議論し尽くした。

 結論はこうだ。

 文化祭でメイド喫茶をやり、看板娘を高円寺さんとする。そして彼女に、飛び切り可愛らしい格好をさせる。

 高円寺さんの務める委員長という仕事は、基本的に裏方だ。だから、表に引っ張り出されることは、慣れていないのではないか。故に、そうなれば、隙の一つも見せてくれるのではなかろうか。恥ずかしがってくれるのではなかろうか。今まで我々に見せるのを躊躇していた一面を、見せてくれるのではないか。

「決定だ。やるぞみんな!!!」

 俺はいつの間にやらその計画の首謀者になっていた。

 こうして、我々の「高円寺さんの、恥ずかしがる顔が見て見たいプロジェクト」は始まったのだだた。

 文化祭の出し物決めは満場一致でメイド喫茶に決定。サクラの男子が看板娘が必要だという意見を出し、その枠にクラス全員が高円寺さんを推薦する。

「本当にいいの? 私、愛想を振りまいたりするの、出来ないと思うんだけど」

 高円寺さんは、あくまで仕事を上手く遂行出来るかどうかという軸で物事を判断する。それが良く出ている一言だと俺は思った。

「このクラスの代表と言えば高円寺さんしかいないよ」

 クラスの男子が放ったその一言で、高円寺さんの覚悟は決まったらしい。

「分かりました。みなさんがそう言うなら、やらない訳には行きませんね」

 彼女は他者の期待に対していつも実直だ。だからこそ、絶大な信頼を集める。

 でも、だからこそ、少し心配になるのだ。彼女本人は、どこにいるのだろう、と。

 それが剥き出しになる時、きっと彼女は、本当の意味で2-Aの仲間になれる。

 少なくとも俺は、そんな気がしている。

 

 さてさて、高円寺さんが看板娘になったので、今度は高円寺さんの着る衣装を考えねばならない。

 幸いにして、なんとこのクラスには服屋の娘がいる。中川という、俺と幼馴染の陽気な女子だ。

 いつの間にか企画の首謀者となっていた俺は、中川と二人、もうそれはそれは本気で打ち合わせを重ねた。

「中川、丈の短さはアウトにならないギリギリを突き詰めるべきだと思うんだよ」

「わかった。やってみる。あとさ、高円寺さん、実はすごいスタイル抜群なんだよね。胸とか強調したら、もう全校生徒の目線釘付けだと思う」

「中川、お前最高だ」

「でしょー小林。今回ばかりは本当に本気出すから。見てなよ」

 といった調子で、高円寺さんの衣装は出来上がった。

 超ギリギリのミニスカメイド服。胸は谷間を強調するようなデザインで、ブラなんてしていたらモロ見えの代物である。至る所がフリルで飾られ、それはそれは少女趣味かつドスケベな逸品に仕上がった。

 それを目の前にした高円寺さんの反応は……

「これを着ればいいのね。中川さん、わざわざありがとう」

 という極めてクールなものだった。

(痺れるなあ)

(やっぱかっこいいよ、最高だよ高円寺さん……)

 という会話が陰で為されていたのは言うまでもない。

 で、いざ更衣室から高円寺さんが出てくると、もうそれはそれはドスケベであった。

 黒髪ロングの超絶美人、流麗な流し目に泣きボクロまでついた色白長身巨乳の女子高生が、谷間を強調するようなミニスカフリフリゴスロリ白黒服を着ている様を想像してほしい。おまけにヘッドドレスまで完備している。

 普段の清楚で真面目なイメージと、露出過激なドスケベミニスカメイド服の相剋が、途轍もなく背徳的な雰囲気を醸し出している。あまりのエロさに、男子の半分は顔を背け、もう半分は顔を真っ赤にして、特に胸元に目線が釘付けになっていた。

「……………」

 そして高円寺さんは黙りこくっている。その顔は、なんとまあ、羞恥に真っ赤になっているではないか!

………しかし、それを見た俺の心は、期待していたような喜びに満ちてはいなかった。顔をみんなから背けて、恥ずかしがって、まるで見世物のようになっている高円寺さんの姿は、なんとも、見ていられない。

「うーん、ちょっと、やりすぎたかも」

 中川が言ったのを皮切りに、申し訳ねぇムードがクラスに満ち始める。

「ごめんね高円寺さん。とりあえず着替え直して大丈夫」

 中川が言って、高円寺さんは女子更衣室へと引っ込んでいった。

 女子更衣室から戻ってきた高円寺さんを迎えたのは、俺だった。俺が高円寺さんに憧れているのを知っているクラスメイト共の粋な計らいである。ちなみに彼らは隣の教室に控えている。多分、聞き耳とか立てているのであろう。

「ごめん高円寺さん。あの服、俺も考えるのに一枚噛んでるんだ。恥かかせちゃったよね」

「気にしないで。私がみんなの期待にうまく答えられなかったのが悪いから」

 ああ、なんでこの人はこうなんだ。

「高円寺さん、高円寺さんがやりたいか、それとも嫌かが重要なんだよ。みんなとか、どうでもいいんだ。高円寺さんって、自分を出さなすぎなんじゃないかって思う。もっと、なんていうか、自由になっても良いんじゃないかな」

 口をついて、普段思っている言葉が出てくる。

「……自分、か。どうなのかな。私、あんまりそういうのないから」

 窓の外を眺めながら、高円寺さんは言う。

「本当に?」

「……………」

 その沈黙には、意味がある気がした。その意味を、知る必要があると思った。

「高円寺さんは、どうしたい? 文化祭、別に看板娘を降りたっていいと思う。多分田中……桜子あたりが変わってくれるし」

「…………わからない」

「そっか」

「ねえ」

「何?」

「小林くんは、どう思う? 私があの服着て看板娘やるの」

「滅茶苦茶似合ってて可愛いから、やったらいいと思う」

 はっと、俺は口を塞いだ。何てことを言ってしまったんだ。

「…………そう。忌憚ない意見、ありがと」

 そう言った高円寺さんの顔は、いつもの鉄仮面なんかじゃなかった。嬉しさの滲み出る、自然な笑顔だった。

 後日、文化祭当日の朝。

「高円寺さん、本当に良かったの? 恥ずかしいなら無理しないでね?」

 着付けを手伝いながら、中川が言う。

「いいの。私、着たいからこの服を着てるの」

「そうなの?」

「うん。似合うって言われて、それが嬉しかったから。私、あんなに真っ直ぐ褒められたの、初めてで。あの言葉に応えられたら、嬉しいなって。心の底から、そう思ったから」

「……やるじゃん、小林」

 2-Aの文化祭が、今、始まる。

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