名探偵アミメキリンとねむたい昼下がり

ふくいちご

ふもと




 + 名探偵アミメキリンとねむたいひるさがり


 とあるこうざんの上に一風変わったカフェがあるとの話を聞いた私と先生は、さっそく歩いて取材に向かった。

 風の噂によると、そのこうざんのふもとにはフレンズを運ぶ道具があるらしく、それを使ってサーバルたちはこうげんを行き来していたらしい。

 普段は道具に馴染みのない私だが、それがないとこうざんの高い崖を登ることはできない。他のフレンズに動かし方をしっかりと教わって、準備万端になってから道具の場所へたどり着いた。


 だがたどり着いてみるとそこに話に聞いていたはずの道具はなく、長いヒモがこうざんのてっぺんまで伸びているだけだった。


「誰かが道具を使っているみたいだね。下りてくるまでここで待っていようか」


 先生はヒモを支えている台座に腰掛けると、画材道具を取り出した。


「暇だから、スケッチしよう。モデルになってくれるかい?」

「……またですか。いいですよ」


 私は先生と向かい合うように反対側の台座に腰掛けて、背筋をピンと伸ばした。


 先生と一緒にいるようになってからしばらくして、こういうことをお願いされるようになった。だから先生のスケッチブックには私の絵が何枚か挟まっている。私の大好きな漫画の探偵“ギロギロ”と並んで描かれていることもあった。


 先生は何を考えているのか良くわからない微笑みのまま、チョークを動かしだす。


 私はじっと先生の顔を見つめた。


「……先生は最近、私の顔ばかり描いてますが、楽しいのですか?」


 暇になったので、私は先生とおしゃべりしていることにした。


「楽しいよ。絵の練習にもなるし……」


 画材は傾けられているので、こちらからは見えない。


「絵を描くことは飽きないね。君の方こそ、楽しいの? モデルになる方は退屈だろう」

「先生とおしゃべりしているので、それほどでもないですよ」

「そっか」


 シュッシュとチョークを動かす音が聞こえる。それくらいにあたりは静かだった。

 先生は黙ったまま私と画材とを見比べている。


「私の漫画は好き?」

「もちろんっ! ギロギロが大好きですっ!」


 興奮して危うく動きそうになるのをぐっと我慢する。


「あ。先生が声に出して読んでくれる時のギロギロが一番好きですよ」

「そっか。嬉しいねぇ」


 先生は嬉しそうに微笑むと、画材を裏返しにした。そこにはできあがった私の絵が描かれていた。ちょっと怒っているようにも見える。先生からはそう見られているのだろうか。そんなことはないのだけども。


「……似てるだろう?」

「そんな気はしますけど、そういえば私、あんまり自分の姿を見たことはありませんでした」

「それもそうか」


 先生はスケッチブックをめくった。また新しく何かを描くつもりらしい。


「いつも同じ表情を描くのには疲れてきたかな。君の寝顔が見たい。ちょっと寝てくれないか」

「寝る? やってみましょうか?」


 私は座った体制のまま目を閉じた。


「んー。これだといつもと同じだ。そういえば寝る時に横にならないのはどうしてなんだい?」

「なんとなく、この体制の方が寝やすいからでしょうか。いつでも目を覚ませるようにしておくんです」


 そもそも横になって眠ったことはなかった。


「いつでも目を覚ましやすい状態が寝やすいわけはないだろう。横になってみなよ」

「え、でも……」

「フレンズの体になったのだから、君もできるはずだよ」


 先生に言われるがまま、私は広い場所で仰向けになった。その様子をスケッチブックを持った先生が見下ろしている。


「は、恥ずかしいですよ先生っ! あんまり見ないでください!」

「おっ。いい顔いただきっ」


 先生がスラスラっとチョークを走らせてゆく。

 私は耐えきれず起き上がった。


「もう、落ち着きませんよ先生。普通にしますから、それを描いてください」

「ええー? それじゃつまんないよ。見られているのが恥ずかしいのかい?」

「そんな気分です」

「じゃあこうしよう。私も横になる」


 先生はスケッチブックを閉じると、私の隣に寝転がった。

 私はしぶしぶ先生の隣に寝そべることにした。


「……いいじゃないか。ここには私たち二人っきりだ。どうせ誰も見てないよ」

「絵がかけませんよ」

「それでもいいよ。たまには」


 先生は腕を伸ばして、空を流れる雲の一つを指差す。


「見てごらん。あの大きな雲の中にはね、竜がすむお城があるんだよ。竜は今の君と同じくらい恥ずかしがり屋だから普段は隠れているんだけど、君も見たことはあるはずさ」

「本当ですか? ……竜なんて見たことがありませんけど」

「たとえば大雨の日。どしゃぶりの中を光る蛇のようなものが走っていることがあるだろう」

「あ! あれが竜だったんですか! 知らなかったなぁ」

「まあ嘘だけどね」


 先生はあっさりと白状した。


「むむむむ……。先生はどうして嘘ばかりつくのですか?」

「怒らないでくれよ。私はそういうフレンズだからね。だけど、そう考えると面白そうじゃないか。あの雲は竜のお城。その隣は竜の水飲み場。ほら、あそこにある長細い雲は竜のベットだよ」


 先生が指差して嘘をつくたびに、青空に竜の庭が広がってゆく。

 不思議な体験だった。横になって寝そべることで、こんなに楽しい遊びができるだなんて。

 さすがは先生だ。道具を器用に使うことができるし、私の知らないことをたくさん知っている。


「じゃあ、次は目を閉じてみようか」

「え?」

「大丈夫。もっと楽しい遊びがあるんだよ」

「ほ、本当ですか?」


 先生が何度も大丈夫と言うので、私は言われるがまま目を閉じることにした。

 目を閉じてしまうと当然何も見えなくなるので、今、先生がどこにいるのかもわからない。


「せ、先生〜。もう目を開けていいですか〜?」

「じゃあ今から私が語るから、君が考えて絵にするんだよ。ホラー探偵ギロギロの次の回だ。……ギロギロが犯人に追い詰められたところまでは君も読んでいるだろう」


 先生はギロギロの話を語るので、私は真剣にまぶたの裏でギロギロが犯人を倒す場面を思い描いた。


 私の頭の中で繰り広げられるギロギロの絵は完璧だった。何度も読み返したのだもの。当たり前のことだ。すると不思議なことに、思い描いたギロギロが先生の話から外れて勝手に動き始めた。ギロギロが敵を倒す。ギロギロが事件を無理やり暴く。ギロギロが推理をする。


 次第に時間の流れがゆっくりになって、考えるのが億劫になる。

 あれだけ不安だった暗闇が心地よいものに変わり、気がつくと私は眠りの世界へと落ちていった。


「……いい顔いただきました。今度は一緒に星空を見上げようね。星と星をつなぐと絵になるんだ。実は色々と考えている話があるんだよ」


 ぼんやりとした意識の中で、先生がそんなことを呟いていたような気がする。








 +


 目を覚ますと、青かった空は夕焼け色に燃え上がっていた。竜のお城もベットも、どこにも見あたらない。


 ふと見れば、先生がスケッチブックを持ったまま私の隣で寝ていた。


 あまりに無防備で幸せそうな寝顔だったので、起こすのはやめておくことにした。


 スケッチブックには私の寝顔が描かれていた。口が開いてちょっとマヌケっぽい。


 こんな寝顔を見られるのは恥ずかしいことだけど、ここは先生以外に誰もこないだろうし、私ももう一眠りしてもいいかなと思った。


 そうして今日も私たちの何もない一日が終わる。



 ZZZ……


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