ロッジに伝わるとある噂

小野神 空

ロッジに伝わるとある噂

「するとな、なわばりの分からないけものは居場所を求めて夜な夜な徘徊しているんだ。ほら、今も足音がひたひたと――」

「うわあああああ! かばんちゃん助けてー!」

「大丈夫。またタイリクオオカミさんの作り話だよ」

 怖がってボクの背中に隠れるサーバルちゃんを嬉しそうに見つめるタイリクオオカミさん。ボクも最初は怖かったけど、何回も聞いてるうちにこの人の怖い話は全部冗談だと分かって慣れてきました。でも、サーバルちゃんは何回聞いても本当だと思って僕の背中に隠れてしまいます。

「もー! 怖いんだからやめてよね!」

「ははは、サーバルが良い反応をするからつい言いたくなっちゃうんだ」

「たしかにサーバルさんの反応は見てて飽きない気がしますー」

「もう、アリツカゲラまでそうやってー!」

 そうやって笑い合うみんなを見ていると、さばんなちほーにいた頃が遠い昔のように感じます。ここまで来るのにいろんなフレンズさんと出会って、助けてもらえて、奇跡のように感じます。もしサーバルちゃんに出会えてなかったら、ついてきてもらっていなかったら、きっとボクはここまで来れなかったから彼女には感謝してもしきれないくらいです。

 そんなことを考えているとサーバルちゃんは私の顔を心配そうに覗き込んできました。

「かばんちゃん、大丈夫? なんだかぼーっとしてたみたいだけど」

「具合悪いんですかー? オオカミさんが怖い話ばかりするからですよー」

「私のせいなら申し訳ない。あまりにネタになるから少し調子に乗ってしまったみたいだ」

「いえいえ、違うんです! 具合が悪いわけでも皆さんが悪いわけでもありません! ただ――」

「ただ?」

 サーバルちゃんの表情がより心配そうになって、アリツカゲラさんやタイリクオオカミさんまで暗い表情になってしまって、ボクは慌ててそれを吹き飛ばすような笑顔をつくります。

「こうしてみなさんと出会えて本当に幸せなんだなって思ったんです」

「かばんちゃん……! 私もだよ! かばんちゃんと出会えてから楽しいことばっかりで幸せだよ!」

「お、その表情も悪くないね。いい顔いただき」

「お2人は本当に仲良しなんですねー」

 ボクの言葉でみんなも笑顔になって、思っていることはちゃんと言葉に出すことも大切なんだなって思いました。少し恥ずかしかったけれど。

「って、あれあれ? そういえばボスはどこに行ったのかな?」

「たしかにさっきから姿見ませんけど……ラッキーさーん!」

「そういえばこんな話を知っているかい? パークの色んな所にいるボスだけれど、満月の夜の日は全員がとある場所に集まるんだ。そしてそこではフレンズ型のセルリアンが生み出されて各地方に連れて行かれる。そうしてジャパリパークを侵略しようと――」

「へ、へっへーんだ! もう騙されないからね! それもタイリクオオカミの作った冗談なんでしょ!?」

「ふふふ、流石にもうバレてしまうか」

「タイリクオオカミの話を聞いてたら何だかお腹減ってきちゃったよ」

「そうですねー。そろそろご飯にしましょうか」

「わーい! ジャパリまんだー!」

 嬉しそうに飛び跳ねるサーバルちゃんでしたが、突然何かに躓いて転んでしまいます。何もないところで転ぶなんて珍しい。アリツカゲラさんも心配そうにサーバルちゃんに近づきます。

「大丈夫ですかー?」

「ごめんごめん、何に躓いちゃったんだろ――」

 サーバルちゃんの言葉が途中で止まり、青ざめた表情で何かを見つめています。ボクもサーバルちゃんの見ている方を向くとそこにはジャパリまんがたくさん乗ったお皿が宙を浮いていました。テーブルの上に乗っているわけでもなく、糸で吊るされているわけでもなさそうです。たしかにお皿が空中をふわふわと浮いているのです。

「サ、サーバルちゃん!」

「タイリクオオカミ! そうやってまた脅かそうとして!」

「ん? 私は何もしてないが……ってそこにあるのは……」

「空飛ぶお皿です! 幽霊ですか!? とにかくロッジの外に逃げましょう!」

 大慌てで逃げますがどれだけ走ってもお皿は私たちに近づいてきています。このままじゃ追い付かれてしまうから何か良い方法はないかと考えていると1つ思いつきました。

「みなさん、そこの突き当たりを二手に分かれましょう! サーバルちゃんとボクは左、タイリクオオカミさんとアリツカゲラさんは右に行けばきっと迷って逃げ切れる可能性が高くなると思います!」

「分かった。その考えに乗ってみよう」

「ロッジの中で迷子にならないように気を付けてくださいねー」

「流石かばんちゃんだね!」

 二手に分かれたところで振り返るとお皿は迷わずボクらの方へ追いかけてきました。もしかしたら狙いはヒトなのかもしれません。この状況では何をしても追い付かれてサーバルちゃんにまで被害が及んでしまいます。だから僕は――。

「サーバルちゃんは全力で逃げて」

「え! でも、かばんちゃんはどうするの?」

「大丈夫、ボクに考えがあるから」

「……そう言うなら信じるよ。ちゃんと逃げてね!」

 サーバルちゃんは全力で走るとすぐに見えなくなってしまいました。ボクは深呼吸をして近くにあった部屋に潜り込みますが、その扉はゆっくりと開いてお皿はゆっくりとボクに向かって近づいてきます。犠牲になるならボクだけでいいけど、もしかしたら話が通じる相手かもしれません。

「た、食べないでください!」

「お届けものでござる! この前のお礼にたくさんのジャパリまんを持ってきたでござる!」

「って、カメレオンさん!?」

 突然姿が現れたと思ったらそこにいたのは前にお世話になったパンサーカメレオンさんでした。

「せっかく持ってきたのに皆さん逃げるから何事かと思ったでござるよー。よく考えたらセルリアンに見つからないように透明になってたでござる」

「びっくりしましたよ……。あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけど」

 本当の幽霊ではなくてひと安心でしたが、今までタイリクオオカミさんに驚かされた分、ジャパリまんを持っていた正体がパンサーカメレオンさんだったことは内緒にしておくことにしました。


「かばん、これはいったいどういう状況なんだい?」

「え、えっとー……ちょっとしたミスというか……やりすぎちゃったというか」

 結局行方不明と思われていたラッキーさんは、ロッジの古くなった床にハマって動けなくなっていただけで何事もありませんでした。ただ、正体を隠していたことが3人には思ったよりも効いたみたいで今日も朝からずっと怖がっていました。

 しばらくロッジでジャパリまんを求めて徘徊する幽霊の噂が流行ったのはまた別の話。

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