第9話 遺言
「そんでもって・・・」
「ちょ、ちょっと待ちなさいキョン。それにいったいみんな、何言ってるのよ」
部室に病院のベットがあるのはなんとも不自然なものだが、そのベッドの上でハルヒは困惑の表情を浮かべながら辺りを見渡している。まぁ普通の人間だったらこんな反応をするだろうな。
「それにキョンっ、なんであんたがジョン=スミスのことを知ってるのよっ!」
「その話は後でする。まずはお前の話からだ、ハルヒ」
「えっ、私っ?」
突如質問をしようとしたのに話の矛先を向けられて困惑するハルヒ、だが時間がないのだからなるべく話を早く済ませなくてはならない。長門の話によればこの空間は以前『朝倉 涼子』が俺を殺そうとした時の状態と同じという話だが、その維持は困難で前準備をしない状態でせいぜい20分が限界だということだ。
なので。
「古泉、説明頼む」
「わかりました。涼宮さん、落ち着いて聞いてください」
こういった説明は古泉が一番うまい。そしてハルヒの今の状況、これまでの経緯、そしてハルヒが持っている能力のことと、その能力について周りはどう反応してるのか。
今までハルヒに対して隠していた内容が次々と暴露されてゆく、ふと古泉以外のメンバーの顔を見ると長門はよくわからんが、朝比奈さんはどこか開放されたような優しい笑みを浮かべていた。大丈夫だ、俺は間違ってない。
「……ということなんです、急ぎで悪いのですがすみません。理解していただけましたか?」
「理解も何もって……私ってそんなにすごかったの?」
そうだよ、信じたくはないがお前は今説明した古泉の所属する機関で神様扱いされてるんだぜ?
「で、私が願ったとおりのことが本当に起きるからこの病気も治すことができるってこと?」
「えぇ、その認識で間違ってません」
しばらくの間、なかなか他人には到底理解することのできない内容をものの数分で理解させちまうんだから、そういう点ではこいつに一目置いている。
「でだ、本題は簡単なんだ。ハルヒ、俺たちはお前に治って欲しい」
「……うん」
「お前が純粋に自分を治したいって思ったらその願いは実現するんだ、お前だってそんな簡単に死にたくはないだろ?」
「……うん」
俺がハルヒを正面から見てみんなの願いを告げる。ハルヒのいなくなって初めて気づいた、こいつの大切さとみんなの大切さは共有できているはずなんだ。
「わかったわ……私は、病気を治したいっ!」
……静寂が部室を支配する、これといって何も変化は起きない。ただハルヒの声が部屋を響かせただけだ。
「……長門? 変わったか、何か」
「……この部屋以外の情報操作は認識できなかった」
ということは?
「涼宮ハルヒはまだ完治していない」
「なるほどな……」
予想通りだ。
「えっ、それってどういうこと有希っ」
「あなたの願望は情報操作を行うまでに至らなかったということ」
要するに、ハルヒの願ったことが純粋でなかった。もっと言えばどこかに心の迷いがあったから願いが通じず完治することができなかったということだ。
「ハルヒ、お前は一体何を隠してる」
「えっ」
「お前はいつもまっすぐで迷いなんて一切なかったから思ったことが現実になったんだ。お前が望んでも変わらないのは何か迷ってるんだろ、治ることで」
若干ではハルヒの表情に陰りが見える、これは絶対何かあるな。
「教えてくれ、お前は何に悩んでるんだ」
「っ、なんであんたに教えなきゃいけないのよ……」
「頼む、俺はお前を助けたい。みんなだってそうだ、お前が死んだら悲しいから、辛いからここまでして集まってるんだ、頼む。時間がない」
俺と話す時にはまるで食いつくようにして目を合わせていたのだが、ここになって初めて目をそらした。しばらく無言の時間が続きそして、誰にも聞こえないような、まるで誰にも聞かれたくないような話すそんな囁く声でその本音を話した。
「こわいの……」
「怖い?」
古泉がそう聞き返すと俯いまま、ハルヒは静かにその頭を上下に動かす。
「私。みくるちゃんがいなくなってからいつも思ってたことがあるの……いつかはみんなとも離れ離れになって、SOS団のことも忘れちゃうんだなぁって」
「……」
なんだろう、この違和感は。
「正直にね、私がここで病気になってSOS団に来れなくなったのはいい機会だったと思うの」
「……いい、機会ですか?」
朝比奈さんの問いに対してハルヒは微笑みを浮かべて頷く。だがその表情はいつもの自信あふれる100Wの表情ではない、何かをあきらめ「しかたないよね」とでも言いたげな、まるで言い訳をしてごまかして笑っているのような表情だ。
「そう。私ね、いつもみんなと一緒にいてSOS団を続けられるなんてね」
思ってなかったの。
「でも私が死ぬことになって、いい幕切れかなって思ったわ、SOS団の」
そう言うとおもむろにハルヒは座っていたベッドから立ち上がり、みんなを見渡してこう言った。
「だからね、私がいなくなった後も、みんなには仲良くしてもらいたいわ」
なんだ、それ。
俺たちはハルヒを助けたくてここに来たってのに、でも俺はここでSOS団終わらせようと、団長としてその役目を終わらせようとしてるハルヒに何を言えばいいんだ。
「でも最後にほんとに超能力者とか未来人とか宇宙人に会えて本当に良かったわ……私、みんなと過ごしたことは死んでも忘れない」
「……っ」
「それにキョン、あなた覚えてる? 私がこの団を立ち上げた理由?」
二年前、あいつがまだ団を立ち上げたばっかの時。今でも忘れないあのぶっ飛んだこの団の存在意義を。
「宇宙人や未来人、超能力者と一緒に遊ぶ……だったよな」
「そう、私もう」
夢がかなったわ。
「もう私満足なの、幸せだったわ。この三年間」
だから、もういいの。
「……ハルヒっお前っ!」
パチン
俺がその身勝手すぎる考えに怒鳴りつけようとした時だ、乾いた音が病室に、もとい情報操作して変化させた部室に響き渡る。
「えっ……有希?」
俺がハルヒに手をあげる前に一歩進み出ていた長門の手が先にハルヒの頬を打ち付ける。あまりに予想外のことにハルヒも俺自身も、そして古泉と朝比奈さんまでも目を見開いて長門のことを見つめている。
「私は涼宮ハルヒを観察するために生み出された有機生命体、本来ならば接触及び干渉をしてはならない存在、でも今回私は観察という域を超えた行為に及ぶことにする」
いつもと変わらない淡々とした、そして冷静な表情で告げる長門は本当にいつもと変わらない、いや違う。
「涼宮ハルヒ、私は……私たちは涼宮ハルヒという存在に興味はない。しかしSOS団団長涼宮ハルヒという
長門……
「涼宮ハルヒが生きることについて諦めるのは自由、ただし」
私たちは涼宮ハルヒが生きることを諦めない。
「有希……」
「そうだ、ハルヒ。長門の言うとおり、俺たちはお前が生きることを諦めないんだ」
ありがとう、長門。もし俺があそこでハルヒに手をあげてたら一生後悔してた。
「僕も同じですよ、涼宮さん。僕は確かに機関の人間で目的は長門さんと同じなのですが。涼宮さん、もといSOS団のためなら」
機関なんて捨てても構いません。
「わ、私も。涼宮さんのためだったら私っ」
未来に帰れなくなってもかまいませんっ!
それぞれ今まで隠していた分、思い思いの言葉をぶつけて行く。すでにここにいる全員の思いは一つに決まってるんだ。
だったら、俺の言う事も決まってるだろ。
「だから、ハルヒ。俺たちと一緒に生きてくれ。大事な仲間だから、お前と一緒じゃないと世界が少し寂しいんだ、普通であった筈の日常を最高にめちゃくちゃにしてくれたお前がいなきゃどうしてもつまらないんだよっ、ハルヒっ!」
「どう……して? みんな……離れ……ちゃうんだよ?」
あぁ、わかってる。
「じゃあ……っ」
やれやれ
「お前、俺より頭いいのに本当にバカだよな」
『バカ』という言葉に涙目を浮かべていたハルヒが、若干顔を赤くさせて睨みつけてくる。どうでもいいが、それ、ちょっとかわいいぞ。
「そんなのまた集まればいいじゃないか、俺たちがSOS団として過ごしてる今は確かに消えるぞ。だがな俺たちがSOS団として過ごした過去は嫌でも一生消えないんだよ」
「……嫌って何よ……」
だからさ
「俺たちは団長のハルヒ様が気にかけるほど、そんなヤワな関係じゃねぇって。だから」
さっさとそんな病気治しちまいな。
「っ……いいの? 私……みんなのそばにいていいの?」
「いいに決まってるじゃないですか、涼宮さん」
「そうですっ、早くそんな病気治してくださいっ、私っ、どんなコスプレでもしますからっ」
「問題ない、けどこの部屋の空間操作が解除されるまで1:13だから急いで」
ハルヒだって怖かったろう、何にも知らない人間が急に白血病だなんて知ったら生きる心地をなくして今回みたいなことを起こすだろうよ、でもそんな時に一緒になって支えてくれる仲間がいるってことも見なくなっちまうんだろうな。
「……やっぱり……団長の私がいないとダメみたいね、みんなっ!」
あぁ、お前がいなきゃSOS団の最後の一文字が欠けちまうしな。
先ほどまでの泣き顔とは打って変わって100Wの笑顔を見せるいつものハルヒが戻ってきた、少々涙目ではあるがな。
「じゃあいくわよっ、私は病気を治したい・・・違うわね」
すると、座っていたベッドから立ち上がり、天井に指をさしたかと思ったら、それはそれは実にハルヒらしい願望をまるで何かに訴えるかのようにこう言った。
「私の病気を、治しなさいっ!」
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「はぁ〜」
「あら、どうしたの。雅子がため息なんて珍しいわね」
「えっ、私ため息なんてしてた?」
「してたしてた、ちょっとあんた疲れてるんじゃない?」
「疲れねぇ……」
雅子はここ甲南病院に25年間勤めているベテランの看護師だ、多くの患者の看護を行いそして、多くの患者の死を看取ってきた。
「そういえば最近あんたが受け持った患者、大変なんだって?わがままで」
「まぁ・・・ね」
あの子。ハルヒちゃんに白血病の告知をした時の表情、今でも忘れられない。あんな絶望的な表情をしたのはあの子が初めてだったかもしれない、それに高校生だってのに。あの子の余命はあと1ヶ月程度って聞いたらわがままなのもしょうがないのかな。
「今日はその子抗がん剤服用の日なんでしょ? 行かなくていいの?」
「フゥ〜、あなたに言われなくても行くよ」
正直なところ、あまり行きたくないというのが本音だった。抗がん剤を服用し始めて苦しむハルヒちゃんの姿はあまり見たくはなかったし、何より顔をあわせるのが辛い、これからあなたは1ヶ月後に死ぬというのをわかっていながらそれを隠しているのだからあの子の笑顔を見るたび罪悪感の塊で胸が押しつぶされそうになる。
「はぁ〜、私は地獄行きね」
そんなことを考えているうちに、ハルヒちゃんの部屋の前に来るが。はて?部屋の中が騒がしい、これは誰かが面会禁止ってのを破って入り込んだな。今回ばかりはちょっと厳しく叱ってやらないと。
「こらっ、キョン君でしょどうせっ! 本当にケツに注射ぶちこむわよっ!」
意気揚々に病室に入る、が様子がおかしい。まず人数だ、見知っているキョン君以外にも三人病室にいる。あっ、あの一番奥の茶髪の子タイプかも。
「って、ハルヒちゃんっ。何ベッドの上に立ってるのっ!安静にって言ってなかったけっ?」
すると、こっちを振り返り満面の笑みを浮かべるハルヒちゃん。そんな表情は彼女が入院してから一度も見たことのない、なんて例えたらいいんだろうか、まるで100Wの電球を眺めているような輝かしい笑顔でピースサインをしてこう言った。
「雅子さんっ。私、退院するわっ!」
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