第7話 真意


 次の日、俺は学校が終わった後まっすぐ甲南病院へと向かう。理由は当然ハルヒの見舞いだ。学校に行って昨日の本の礼を長門にしたいと思ったがそんなことよりまずハルヒをどうするかを考えろとあの本のカバーから言われたような気がした。


「すみません、503号室に入院中の涼宮ハルヒの友人のものです」


「はい、少々お待ちくだ……あーっ!この前ハルヒちゃんと一緒に深夜徘徊してた子だっ!」


「うっ!」


 ナースステーションにお見舞いの申請書を提出しようと思ったら、あの時怒られたナースに出くわしちまった。


「君ねぇ、今度あんなことしてみなさい。あなたのそのお尻にぶっとい注射器で注射するんだからね」


「す、すみません」


 もしそんなことしたらそれは全部ハルヒの仕業だと弁明して、いや無理そうだな。


「それで、『田中 太郎』君だったけ?」


「すみません、それ偽名でして・・・」


「ほほぉ、医療関係者に虚偽の申告とはねぇ、あんたもあの子に負けず劣らず厄介なことをしてくれるじゃないの?」


「……本当にすみません」


 クッソォ、ハルヒのやつ退院したら言いたいことが山ほどあるぞ。


「はぁ〜、いいわ。あなたキョン君でしょ?」


「えっ、はい……どうしてその名前を?」


 するとそのナースさんはクスリと笑うと俺を指差して。


「だって、あの子言ってるわよ? いつもお見舞いの時にキョン君は何も持ってきてくれないって。あの子献血の時に大変なんだから。そっかぁ〜君がキョン君かぁ〜」


 そういえば机あたりに花とかが置いてあったような……あいつそんなこと言ってるのかよ。てか他のやつ見舞いの品持ってきてるんだったら言えって。


「キョン君、今ねハルヒちゃんと合わせるわけにはいかないなぁ〜」


「えっ、ダメなんですか」


「うん、君何かハルヒちゃんから聞いてない?」


 そういえば。


「抗がん剤治療を始めるとか……」


「そう、しかもハルヒちゃん今日始めたばっかだからね。抗がん剤治療を始めた時はものすごい吐き気と嘔吐に襲われるの、彼氏さんだったらちょっとはハルヒちゃんの気持ちを汲み取ってあげなさい」


 彼氏ではない、と突っ込む前に俺は抗がん剤治療を始めたハルヒの姿を想像して少し考えられないと思った。普段自由奔放な彼女が洗面器を持って吐いている姿など想像できない、それを考えると少し呆然としてしまった。


「まぁ、これはハルヒちゃんが面会を家族以外と拒絶しているからでもあるから。申し訳ないけど今日は帰ってちょうだい」


「わかりました……あっ! 勘違いしてほしくないんですけど俺あいつの彼氏なんかじゃないですっ」


 するとまたナースさんはクスリと笑って。


「その言葉、ハルヒちゃんと全く同じこと言ってた」


 と。


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 さてと、せっかく来てみたもののこれではハルヒを説得するにも説得できない、こっちではもうあいつに一発言えるように準備しているというのにだ。全く運が悪い。


 そして、甲南病院を自動ドアをくぐったその時である。


「キョン君?」


「ん? 朝比奈さんっ」


 たまたま出口のところに立っていた朝比奈さんとすれ違ったのである、なんという偶然だろうか。普段ならこんな偶然でも舞い上がるように嬉しいのだが今はとてもそんな気分じゃない。


「あの……朝比奈さんはどうしてここに?」


「あっ、涼宮さんのお見舞いにと思ってきたんですけど……」


 少しもじもじしながら答える朝比奈さんだが、はて。今日は朝比奈さんの当番の日だったか?


「すみません朝比奈さん、今日ハルヒは抗がん剤治療を始めたそうですので、今日は会えないと聞きました」


「あっ、そうなんですか……」


「すみません、俺は学校の部室に戻りますので」


 とにかく部室に戻ろう、長門に会って本の礼を言わなきゃな。

 

 そして学校へと向けて歩き出したその時だ。


「あの、キョン君」


「はい、なんですか?」


「えっと……そのぉ……少し散歩しませんか?」


 袖を少しだけつまみ、潤んだ瞳でこちらを見ている朝比奈さんの顔がそこにあった。


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 あの時は晴れてたなぁ、なんて思いながら今俺と朝比奈さんは初めてSOS団が課外活動をした時、朝比奈さんとペアになって鼻を伸ばしていたらとんでもない事実を聞いた川沿いの道を歩いてた。


「そういえば懐かしいですねぇ、ここで初めてキョン君と一緒に歩いてSOS団の活動をしたの」


「そうですね……そういえばあのベンチで」


「……せっかくだから座りませんか? キョン君」


 ぜひ。と言って全く変わらないポジションで朝比奈さんと俺が座る、だが変わったのは季節とこの曇り空だ、なんで晴れてくれないものか、今日は雨降る予報なんてあったか?


「ねぇ、キョン君、その……涼宮さんのこと」


「たぶんですが……、しばらくお見舞いは厳しいでしょう」


 そうですか。と言って少し落ち込んだ表情を見せる朝比奈さん、そうだ変わったのはもう一つあるな。朝比奈さんはこんな表情をしちゃいけない。


「でも大丈夫です、一応ハルヒに能力を使わせる策は考えてあるんです」


「そうなんですかっ! 教えて下さいっ!」


 一気に表情が明るくなる朝比奈さん、だがこの方法には少し欠点があるといえばある。


「すみません……まだ教えられないんです」


「なんでですか?」


 それは、と言いかけて、つい言い淀む。もしこの方法が正しいのであれば、おそらくだが……


「キョン君」


 そう言うと朝比奈さんの不安げな表情がフッと緩んで、いつもの朗らかな表情に戻る。


「私達のことは気にしないでください」


「えっ……」


 いったい、何で……


「ふふっ、だってキョン君は顔に出やすいですよ?」


「……そうですかね」


「ただねキョン君、これだけは忘れないでください。私たちは超能力者で機関に所属していたとしても、情報統合思念体が生み出した宇宙人でも、とても遠くから来た未来人でも」


 ただ、涼宮さんの大事な仲間だってことを忘れないで。


「朝比奈さん……」


「ただちょっと寂しいですけどね」


 そう言って笑顔のまま目に涙を浮かべる朝比奈さん。そうだよ、俺は何を勘違いしてたんだ俺たちは、SOS団の仲間じゃないか。


「それにねキョン君、今回のことはキョン君にしかできないことなんですよ?」


「俺にしかできない?」


「そう、さっきと矛盾しますけどキョン君は宇宙人でもない、未来人でもない、超能力者でもない。最初から涼宮さんを普通の人としてみてきたキョン君にしかできないことなんですよ?」


 あいつが普通の人間とは思えないが……でも少なからず俺はハルヒのことを世界を変えるほどの力を持つびっくり人間とは見ていなかったはずだ。


「だからねキョン君、涼宮さんを助けてあげてください」


「……わかりました、俺が助けますハルヒを」


 自分で言って少し恥ずかしいが、だがみんなに頼られている。そんな気分は以外と悪くない。そして朝比奈さんに言われると余計に嬉しい。


 すると朝比奈さんは少し吹き出す、なんだいったい?


「キョン君ってね、すごく涼宮さんに似てます」


「それは勘弁してください、誰があんな変人」


「でもね、そうやって仲間思いなところとか、頑固なところとか。とてもそっくりですよ?」


 勘弁してください、本当に誰があんな変人。


「あっ……」


「どうしました?」


「キョン君見て」


 ふと空を指差した、その方へと視線をやると曇り空から何やら白いものがちらほら見える。


「雪、ですね」


「雪です」

 

 そういえばあいつが消えた時も外で雪が降ってたか?全くどういう因果だか。


 さて、準備は整った。


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 次の日、俺は部室へと向かう、そこにはいつも変わらない光景、長門が部屋の隅で本を読む姿が見えどことなく安心感を覚える。


「長門」


「読んだ?」


「あぁ、ありがとう」


「どうだった?」


「……とても救われた」


「そう……」


 そして本を長門に手渡す、もう迷いはない、多分こいつも同じ考えだろう、ならばやることは一つだ。


「長門、これからハルヒの病院に行くぞ」


「・・・まだ無理」


 なんだ、いったい。腹でも痛いのか?


「まだメンバーが揃ってない」


「……古泉か?」


 そう聞くと長門は頷く。しかしあいつはハルヒに死んでもらいたいと思っている機関の人間で、あいつ自身諦めようとか言ってたやつだぞ。


「あの言動は古泉 一樹の本心ではない」


「……どういうことだ?」


 すると長門はパイプ椅子から立ち上がり、一歩前へと踏み出る


「古泉 一樹はあなたに行動を起こさせるためにわざとあのようなことを言った可能性がある。現にあなたは行動を起こそうとしている」


「ちょっと待て、まさかあいつは俺を本気にさせるためにあんなことを?」


 長門はその場でこくりと頷く、そして昨日の朝比奈さんの言葉が頭の中で蘇る。


『ただ、涼宮さんの大事な仲間だということを忘れないで』


「っ!長門、古泉はっ!?」


「今は校門を出るところ」


「ありがとう長門っ!」


 そして俺はカバンとコートを提げ勢いよく部室を飛び出ていった。


 


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