第2話 行方

 次の日、俺は特に変わったこともなく北高へと続く長い坂を登っている。昨日、ハルヒは何事もなく目を覚まし完全下校時までには自分の足で歩いて帰れるようになっていた、ただあの後『みくるちゃんのメイド服をもう一回見るのっ!』とわがままを言ったり……はたしてぶっ倒れた人間がここまで元気に暴れることができるものなのかと呆れを通り越して感心すらしたものだ。


「よぉキョン、なんだ暗い顔して歩いて。もしかしてまだこの前のテストの点数引きずってんのかぁ?」


「あ?なんだ谷口か、お前だって人に言えるような点数ではなかろうに」


 朝にもかかわらずバカみたいに明るい声を出すクラスメイトの谷口がいつの間にか俺の横に並んで歩いていた。


「いいんだって俺は、どうせ就職だし?」


「はぁ〜、いいな。お前は気楽そうで」


「人生ちょっと気楽なのがいいってもんよ。で、キョンは進路どうすんだよ」


「あぁ、一応進学を考えてるんだが……」


「なんだぁっ、まだ悩んでのかっ」


「まぁな。だがある程度は決めてるつもりだ」


「さっさと決めちまった方がいいぞ、もう九月が終わっちまうんだからなっ」


「お前に指導される筋合いはねぇってのっ」


 さて、どうしたものか……


 教室に入ると相変わらず賑やかだ、さっきの谷口の話のせいでもあるのだろうがこの教室の風景とも後半年しかないんだなと思うと少し感慨深いものがある。そしてハルヒの前ポジションの席なのは相変わらずだな、なんで席替えはくじ引きなのに毎回このスタイルが崩れないのか不思議でたまらない、ハルヒの引きが悪いのかそれとも俺の引きが絶望的に悪いのか、


 もしかしたら……いやそれはないな。


「ん、あいつ来てないのか」


 いつもの席に向かうが俺の後ろにいるはずの人物がいない。いつもなら俺より先に来て何かつまらなそうにボーッとしているのに。でも最近になってようやくあいつもクラスの女子の輪に入れるようになった方だと思う、あくまで少しだが。


「涼宮以外全員きてるな」


 そしてそのまま結局朝のホームルームにハルヒは姿を現さなかった、そしてその後も一時間目の数学Ⅱ、二時間目の英語、三時間目の体育、四時間目の化学、昼休み、五時間目の日本史、六時間目の現代文。結局この日ハルヒは学校の授業に姿をあらわすことはなかった。


「キョン、今日は一緒に帰っか?」


「ん、いや俺はいつも通り部室に行くよ」


「だって今日はあいつ来てないんだぜ?だったら活動もないだろ」


「でも珍しいよね、涼宮さんが学校を休むなんてさ」


 いつの間にそばにいた国木田が話に混ざってきた。


「確かにハルヒが学校を休むのは珍しいな」


 あいつはなんだろう、SOS団のために学校という組織が存在していて、そのために学校に来ているという感じだから自己中心もここまでくると恐ろしい。なんで神様はあんな奴に能力を授けたのやら。


「とにかく俺は部活に寄る。悪いが先に帰ってくれ」


「なんだぁ、つれねぇな。じゃ、先に帰っからな」


「あぁ、気をつけて帰ってくれ」


 俺はそのあと教室を出て、いつも通り部室へと向かう。確かに言われてみれば今日ハルヒがいないわけだし別段部室に向かう用事などないのだ、なのに自然と足が部室へと向かうのは何故なのだろうか?


「……やっぱりおまえはいるのか」


「えぇ、涼宮さんが今日は休みと聞いていたのですが来てしまいました」


 部室の扉を開けるとそこには平然とチェス盤を用意した古泉が座っていて、長門は珍しく本を読まないで窓の外を眺めていた。


「どうですか、一回戦?」


「あぁ、だがちょっと待ってくれ。お前今日なんでハルヒが休んでるか聞いてるか?」


「いえ、僕は何も知りませんが。もしかしたら長門さんが知ってるかもしれませんね」


「長門が?」


 ふと長門の方へ目をやると、窓の外を見ていたはずの長門がこっちを向いて俺の方をじっと見ている。


「おい長門、お前何か知ってるのか?」


「待って、まだ話す人物が揃っていない」


「まだって……」


「僕も先ほど貴方と同じ質問をしたのですが、同じことを言われましたよ」


「そうなのか古泉」


 ですから。と言いたげに古泉は手の中でチェスのポーンを転がしている。だいたい誰が来るか予想はできているがその人が来るまでの間、古泉に付き合うとするか。


 20分後


「すみませぇん、皆さんおまたせしてしまいましたぁ」


「いえいえ、いいんですよ。どうぞ座ってください」


 大学帰りで私服姿の朝比奈さんが部室に現れた。昨日も思ったが去年まで制服姿の朝比奈さんに見慣れていたがために、学校で私服姿の朝比奈さんは新鮮だという言葉に尽きる。それにパイプ椅子を引いたときに軽く香水のいい匂いがするしな。古泉との勝負はぎりぎり俺が優勢という形だった、おそらく俺が勝てなくなるのも時間の問題だろう。


「……全員揃ったところで話す、涼宮ハルヒについて」


 俺と朝比奈さん、そして古泉が揃ったところで長門が徐に立ち上がり話を始める、いつも無表情の長門だがどことなく緊張した雰囲気が漂う。


「昨日の午後17:37:32:21に涼宮ハルヒが倒れたことについて、情報統合思念体はある仮説を立てた」


「仮説?」


「涼宮ハルヒの持つ能力についてのキャパシティーが一時的な限界を迎えようとしているということ」


「限界だって?」


 ハルヒが持つ能力といえば、世界を自分が望んだ通りに自由に変える能力のことだよな、それがどうして今更。


「20645通りある回答の中から一番近い答えがある。私たちは6年前に起きた『情報の爆発』『時間の断層』『超能力者の発生』によりここに集結


「俺を除いてな」


「そして涼宮ハルヒの意識外で私たちは集結し、そして終わろうとしている」


 すると古泉が何か気づいたかのように、ぼそりとその答えを話す。


「卒業ですか……」


 その答えに対して長門はこくりと頷く。卒業、あと少しで10月に入るというのにあいつはもうそんなことを考えているのか、しかしそれが今回の一件とどう関係しているんだ。


「これほどの情報を生み出した涼宮ハルヒの肉体は限界に近いものと推測される、そして『卒業』が今回の引き金になった」


「つまりこういうことか、今回のことはハルヒが能力の使いすぎで体を壊したと?」


「簡単に言うとそう」


 しかしよく考えてみれば、あれほどの力を体内に宿している時点でものすごいことだしな、こんなことになるのはしょうがないことなのかもしれない。


「ところで涼宮さんはいまどこにいるんです?」


「いまは甲南病院に入院している」


「俺が入院していた場所か……」


 俺が違う世界に飛ばされて帰ってきたとき、三日も昏睡状態で入院した病院があそこだったけか、全くどういう因果だか、あのときあいつは付きっ切りで看病してくれたんだっけ。


「でも、どうして涼宮さんが入院してるんですぅ?」


「昨日、涼宮ハルヒに触れたときに深層心理にそう呼びかけたから」


 朝比奈さんの問いに対して淡々と答えてゆく長門、だがあいつの能力だったら自分のことも治せそうな気がするんだが。


「その可能性もある、けど涼宮ハルヒはそれを望んでいない」


「なんでだ?」


「……不明」


 けど


「このまま行けば涼宮ハルヒは死に至る」

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