涼宮ハルヒの遺言

西木 草成

第1話 始動

 県立北高に入学して早二年と約半年、俺は卒業というゴールラインがようやく見え隠れする時期となったわけだ。


 今思えば二年と約半年前、すべてはあいつ、すなわちハルヒの『東中出身、涼宮ハルヒ。もしこの中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来なさい、以上』このセリフから俺の一生忘れようのない高校生活が始まったのだと思うと軽く頭痛がするが。


 そこからハルヒが本気でSOS団なるものを作り上げ、宇宙人の長門から始まり、未来人の朝比奈さん、そして超能力者の古泉がこのSOS団に集い毎度ハルヒの思いつきで沢山のことをして来たわけだが、少なからず俺がジョン・スミスでなければ、ポニーテール萌えでなければ、ましてやハルヒの前席で無かったら、俺はこの高校生活のほとんどを自堕落な日常生活で謳歌していただろう、普通の高校生が何度も同じ夏休みを過ごしたりとか、巨大なカマドウマと闘うなんて経験は世界中どこを探してもありそうにない。


「考え事ですか?」


「ん? あぁ、俺たちもあと少しで卒業だなって思って」


「感傷的ですね。でも考え事をしてると……奪っちゃいますよ?」


「わかったから、そろそろ、その顔を近づけるくせはなんとかならないのか? 気味が悪い」


 例によって、俺と古泉はSOS団の部室で、ほぼ日課になりつつあるボードゲームに興じている、長門といえば相変わらず部屋の隅の方で読書に勤しむという変わりない光景である。


 しかし唯一変わったところを上げるのならばだ。


「少し休憩しましょう。お茶などいかがです?」


「あぁ、貰えるかな」


 朝比奈さんは今年の春、地元の有名な私立大学へと進学した。朝比奈さんがこの部室を去る時に行った『第一回 みくるちゃんを送るの会』では、珍しくハルヒが涙しながら、感謝の言葉を述べたのは記憶に新しい。


 しかしそんな涙も何処へやら、『第六回 みくるちゃんを送るの会』では、これまで朝比奈さんが強制的に着させてこられたコスプレ姿を見納めしようとカエルの着ぐるみから始まり、メイド服、バニーガール、果ては水着までと様々なバリエーションで朝比奈さんを楽し……いや目の保養にしたわけである。


 そして朝比奈さんのいなくなった部室がやけに広く感じたのもまた記憶に新しい。


「どうぞ、粗茶ですが」


「おっ、サンキュー」


 古泉から湯呑みを受け取り、中の茶を口に含むが朝比奈さんのと比べるとなんかこう……愛が足りないというかなんというか……


「ヤッホーッ!」


「はぁ……相変わらずお前は静かに部室に入ることもできんのか?」


「何よっ、いつものことじゃないっ! それに、雑用係のキョンのくせに団長の私に逆らうわけっ!」


 さて今、部室に入り込んだ高圧的な女性こそ、唯我独尊、傍若無人、猪突猛進、自由奔放などなど、漢字検定準二級に出てきそうな四字熟語で例えることのできる我らがSOS団、団長の涼宮ハルヒである。


「それで今日はどうしたんだハルヒ」


「ふふんっ、今日はねぇこの人をお呼びしていますっ!」


「?」


 誰かをお呼びしています?何かの勘違いだろうか、ハルヒがこの部室に団員以外を呼ぶなんてことはほとんどないのに。ちなみにSOS団の新入生勧誘は恒例と言ってはなんだが、ハルヒのバニーガール姿と朝比奈さんの代わりに長門がスク水の猫耳コスという全く団と関係のない衣装を着たおかげで新入生はドン引き、かろうじてやってきた物好きな入団志願者はハルヒの前で入団テストを受けさせられ、全員不合格と宣告された挙句、全員突っ返されたというわけである。


 と、俺の考えが巡る間もなく、その人物はハルヒの後ろからひょっこりと顔を出してきた。


「あのぉーみなさん……おひさしぶりですぅ……」


「っ、朝比奈さんっ!」


「そうっ、今日はみくるちゃんに来てもらっちゃいましたーっ!」


 ここにどうして朝比奈さんがいるのか、ハルヒの大雑把な説明を簡単にすると要は拉致ってきたということだ。


「おひさしぶりです、みくるさん」


「……ひさしぶり」


「皆さん、お変わりないようでよかったですぅ」


 朝比奈さんがどこか朗らかな表情で俺たち団員を見る。そうです、あなたがその表情でいるから、その女神のような表情でいるから俺はあいつ、すなわちハルヒの傍若無人さに耐えられたわけです。


 無理を承知で言います、どうか僕たちのところへカムバックしてください。


「さぁさぁ、みくるちゃんっ!」


「ひぅっ!」


「今日は今まで私たちが不足していた、みくるちゃん成分をたっぷり吸収する日なのよっ!」


「えぇ〜とぉ、それはつまりぃ……」


 えぇ、朝比奈さん。今あなたが思っている通りのことが起こります。


 今回のハルヒの提案に関して俺は意義異論、断じてありません、むしろ歓迎ですらあります。俺と古泉は静かに部屋を去ることにしましょう。


「さぁ、みくるちゃ〜ん、神妙にしなさぁ〜いっ!」


「ふぇえ〜いやですぅ〜」


 扉を閉じれば懐かしのハルヒと朝比奈さんのやり取りが聞こえてくる、しばらく忘れかけていた日常が少し戻ってきたみたいだ。


「相変わらずですね、涼宮さんは」


「あぁ、あいつ、朝比奈さんがいなくなってからしばらくふさぎ込んでたからな」


「おかげで僕は大変でしたよ、閉鎖空間の処理が追いつかなくて」


「そういえばお前ときどき、学校を休んでたもんな」


「えぇ、おかげで皆勤賞を取り逃がしました」


 そんなこんなで世間話をしていたそのときだ。


『バタム』


「ん?」


「あ?」


 突如、部屋の中から何かが倒れた音がした。結構大きいものか?


「なんですかね、今の音」


「さぁ・・・ハルヒが朝比奈さんを押し倒したんじゃないのか?」


『キョッ、キョン君ッ、ちょっと中に来てくださぁいっ!』


「ッ!どうしましかっ!」


「どうやらただ事ではないようですっ」


 中から朝比奈さんの悲鳴にも思える声が聴こえてくる、当然ながら異常事態だ。


「朝比奈さんっ、開けますよっ!」


『はいぃっ!』


 鍵を開けるとそこには、上半身が下着の状態の朝比奈さん、豊満な胸は私服のワイシャツで隠している。


「どうしたんですかっ朝比奈さんっ!」


「えっとぉ、涼宮さんが私の服を脱がしたら急にぃ……」


「涼宮さん、涼宮さん?聞こえますか?」


 朝比奈さんの奥のほうを見るとそこにはメイド服のカチューシャを持ったまま地面にうつ伏せに倒れこんでいるハルヒの姿があった。そして現在古泉が駆け寄ってハルヒに呼びかけている。


「おいっ、ハルヒっ」


「ダメです、全く応答がありません」


 くそっ、こういう時どうするんだっけか、たしか脈を確かめて……とかだったか? あぁ、なんで救命処置の授業で寝てたんだ俺っ!


「……まず涼宮ハルヒを仰向けにして」


「長門、お前救命処置できるのか」


「……できる」


 いつの間にか側に来ていた長門だが、それは宇宙人なんだからできてしまうのだろうが、そんな期待で俺たちは長門に救命処置を任せる。


 仰向けにされたハルヒを見て驚いた。ハルヒの顔色は恐ろしく悪く先程までの活力は全く感じない、まるで死人みたいだ。


「……脈はある、ただ気絶しているだけ」


「なんでだかわかるか、長門」


「待って」


 そう言うと、手首置いていた手をハルヒのおでこに当て、目を閉じる。


「……考えられる症状、寝不足、貧血」


「命に別条は?」


「今の所はない」


 ふぅ〜よかった、みんなが安堵したような表情をする。全く相も変わらず色々と心配をかけさせるやつだ。


「ふぇ? えぇ〜とキョン……君?」


「はい?」


「ふふっ、なかなか情熱的ですね」


「なんだ、古泉まで」


 先程から長門を除く、全員が俺を生暖かい目で見てくる。なんだ俺が何かしたのか?そして古泉、お前はキモいから見るな。


「解答、あなたがずっと涼宮ハルヒの手を握っているから」


「えっ、うぉおっ!」


 な、なんだよいちいち俺をそんな目で見るなって、だいたい気づいてたんなら言えって!


「いえいえ、すいません……ごちそうさまです」


「っ!古泉ッ!」


「えぇ〜っと、長門さん、涼宮さんはぁ……?」


「……今は大丈夫、ただ安静にした後、医者に見てもらう必要がある」


「えっ……」


「涼宮ハルヒは思ったよりも重症」


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