その邂逅は繋がりへ

「よろしくお願いします! 早く記憶を消し去ってください!」


 雨が降りしきる夜。濡れた路面の上を滑るようにして走り去る車の明かりたち。濡れた空気の気持ちよさとは裏腹に、気持ちの悪い味のする記憶の水を、今日も私は飲み干す。

 妹の梅はすでに車を近くに待機させ、スウィーツを渇望する胃袋と我慢大会を開催している。そのため、多機能携帯に送られてくるメッセージの件数が、すでに三桁を超えていた。


《今終わったから向かってるよ。だからもうメッセは辞めて》

《はやく~》

《はいはい。今日はどこで食べる?》

《この間見つけたとこ!》

《分かったよ。ほら、着いた》


 私は助手席にゆっくりと乗り込む。乗り込む姿を見た梅はとても嬉しそうに笑い、即座にエンジンをかけ発進した。発進した車から流れる景色を眺めながら私はため息をつく。ここ最近、嫌な記憶を消してほしいという依頼が増えている気がする。増えているせいで、私の頭は色んな記憶でぐちゃぐちゃになっている。そのぐちゃぐちゃを整理する唯一の方法は、おいしいスウィーツを食べて落ち着くことと、寝ること。

 信号待ちで梅は私にメッセージを送ってくる。


《今日の記憶はどんなものだった?》

「今日も、変な組織の人たちに関わった記憶だったよ。なんか最近多いんだよね。そういう記憶は大体嫌な記憶だから、とても不味い」

《そっか。じゃあ、スウィーツでお口直ししないとね! つくまで寝てていいよ!》

「じゃあ、お言葉に甘えて寝るね」


 梅は私の辛さを知っている。身をもって実感をしていないが、嫌な記憶を飲んでいる時の少しの表情の変化をよく見ているらしく、こっちの仕事を終えた時、いつも以上に私のことを考えてくれる。考えてくれているから、スウィーツを食べに行こうと言ってくれるし、寝るように促してくれる。促す言葉を聞くと、私の心は温かくなり、とても優しい味が広がる。私の自慢の妹だ。その自慢の妹から、寝るように言われたので、私は大人しく車の走る心地よい音を子守唄にして眠りについた。

 ――私は体を揺すられ、目を覚ます。どうやら店に着いたようで、顔を覗き込む梅の、必死に起こそうとする顔が見えた。必死な顔が愛らしく、思わず笑顔になる。

 店はよくあるチェーンのファミレスだった。しかし、時間が時間なので、客はあまりおらず、ゆっくり出来そうなので、私は安堵のため息を漏らす。ため息を漏らしながら、店内へと入り、席に着き、おいしそうなパフェを注文した。

 

《それで、その変な組織に関する記憶には何があったの?》


 パフェが来るまでの間、梅はメッセージを飛ばしてきた。


「なんか、他の組織との取引現場を見た記憶とか、眼鏡をかけた青年と一緒に居る記憶とか、その組織の車が入っていった駐車場の記憶とかかな。そういうのを見たから、その組織の奴らに追われて、ひどい仕打ちを受けた記憶がほとんどだったよ。だから、記憶の味は大体痛かった」

《そっか。ごめんね、その痛みを分けられればいいのに。私はこうやって話しを聞くことが精いっぱい》

「大丈夫だよ、梅。その気持ちだけで、私は頑張れるから。ありがとう」


 妹の優しさに心がまた暖かくなる。この暖かさが、私の心の傷を包んでくれ、生きる希望となってくれる。

 そんな穏やかな気持ちになった時、パフェが来たと同時に、いかにも不良な少年たち五人が、乱雑に歩きながらレストランに入ってきた。彼らの眼は、確実にこちらを向いていた。その不良たちは店員の呼びかけを無視し、一直線にこちらへ歩いて来た。よく見ると、鉄パイプやバットが握られている。良く分からないが、全く、もう少し待ってくれてもいいだろう。これでは、パフェが食べられない。


「リーダー。この二人っすよ」

「ああ、そうみたいだな。そこの二人。悪いが死んでもらうぜ」


 まだ幼さの残る声でそう言われた。しかし、全く気迫がなく、学校の友達と冗談交じりで話しているのと変わらない調子で話されたため、本気なのかどうかわからない。とりあえず、誰に雇われたのかを聞くことにした。


「君たち、何歳? どんな大人にいくら積まれて頼まれたの?」

「俺らは一五だぜ。お前らを殺せば一人百万もらえることになってる。だから金のために死ね」


 安すぎる金額を聞き、この質問にしっかりと答えてくれる律儀な子たちが良いように使われていることが分かった。可愛そうに。ひとまずここでは他の客に迷惑になるため、外に出たい。そう思い、立ち上がると、肩を押され、押し戻された。


「ここに居ろ」

「ここで派手にぶっ殺すぜ!」


 ここで殺したら君たちはお金をもらうことなく捕まるし、依頼主からも見捨てられるのではないかと思ったが、そこまで考えるほどの頭がないことに気づき、この子たちが哀れに思えた。人を殺す覚悟もないのが見え見えで、少し意地悪をしたくなる。


「じゃあ、早く殺してよ」

「ああ、殺してやる」

「でもほら、手が震えてる」

「う、うるせえ! これは、武者震いだ!」

「それに、声も震えてる。足も。あなたの股間も。ほら、人を殺すことが怖くて、お漏らししてるよ。そこの君も臭うし、まさか皆お漏らししているの? 可愛いね」

「うるせえ! なめんな!」


 不良の少年は鉄パイプを振りかざし、私の顔目掛け振り下ろそうとした。あれ、少し意地悪し過ぎたかな。まあいいやこのくらいなら私でも受けきれる。そう思い、手を前に出して受け止めようとしたが、その鉄パイプは私の手には来なかった。見ると、ぎりぎりの所で止まっている。やはりそれをする覚悟がなかったのかと思ったが、そうではなく、誰かの手が、不良の腕を掴み止めたみたいだった。見ると、そこには、白のyシャツと黒のズボンを着た、金髪と黒髪が混ざった青年がいた。


「てめえ、部外者は消えろ!」

「ごめんね。この子たちは僕の友人なんだ。だから部外者ではないんだよ。それに、こんな一般客がいるところで、迷惑になるようなことをしているのを見て、見て見ぬふりをするほど、僕は出来た人間じゃないよ」

「ああ? まあいいや、お前も死んどけ」


 他の不良たちはその青年を囲み、殴り掛かる。しかし、青年は身動きもしないまま、その不良たちはあたかも顔と腹を殴られたかのような動きをして、膝から崩れ落ちる。一体何が起きたのか分からないが、青年が何か仕掛けたということだけは分かった。その青年は、掴んでいる不良の腹に膝を入れ、戦闘不能にさせた。そして、店員の所へ行き、何かを話し始めた。


《彼、すごいね》

「うん。動いていないのに、不良たちが倒れたのは多分、彼が何かの能力でやったんだと思うけど、もしかして、私たちと同じ、実験体にされてた人かな?」

《可能性はあるね。話してみよう》


 二人でそう結論づけ、彼が戻ってくるのを待つ。彼と話している店員は何度も頭を下げ、青年はなにかを遠慮している仕草をしている。そして、青年はこちらを向き、戻ってきた。


「やあ、君たち、けがはなかったかな?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「そちらの子はどうかな?」

「この子も大丈夫です。本当にありがとうございます」

「ごめんね。少し話しをしたいから、パフェを食べた後、時間をくれるかな? 僕は天使錬。探偵事務所をやっていてね。実は、君たちのことも知っているんだ。この現世界で珍しい、 “潜在能力者”であることもね。大丈夫、僕は君たちの味方だ。安心して良いよ」


 私は驚き、しばらく口を開くことが出来なかった。私たちのことを知っている。それなら、逃げられなかった友人たちのことも知っているだろうか。彼らがどうなったのか、知ることが出来るかもしれない事実に、私の心臓が激しく鼓動を始める。


《ねえ、大丈夫かなこの人。もしかして、あの組織に関係してるかも》

《確かにそうだけど、でも、話しだけならしても大丈夫だと思う。だって、あの組織の人間なら、こんな目立つことしないと思う》

「どうかな。相談は終わったかな」

「はい。分かりました。話しを聞きます。少し待っていてください。話しをするなら、私たちの車の中でしましょう」


 私はその青年と話すことにした。この青年と一緒に居れば、友人たちのことが分かるかもしれないし、もしかしたら、私たちのような存在を出さないような活動が、直接的に出来るかもしれないと思ったからだ。そう決めた私は、梅と一緒にパフェを食べ、青年と話しをするため、車に戻った。

 その出会いは私たちにとって最高の味。だって、その青年の話を聞き、探偵事務所に入ることになって、私たちは強くなれた。あの組織に近づき、私たちのような犠牲者を救うことにも繋がった。それに何より、あの時の友人たちと出会うことが出来た。友人たちとの繋がりとなったその出会いを私たちは、永遠に忘れずに、私たちはこれからも生きていく。


・あとがき

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