その邂逅は未来への懸け橋
今日の夜空は綺麗だ。荒原地方で見た夜空には劣るが、ここからの眺めはそれに近い。
少し冷えた夜の空気を吸い込み、もうほぼ使われていない雑居ビルの屋上の床に寝っ転がり、点々と煌めく宙を眺めていた。殺し屋の私は今日も仕事だ。狙いは、ある暴力団の組長。なぜその男が狙われるのかは知らない。ただ、私は、依頼を忠実にこなし、報酬をもらう。それだけだ。情報によれば、すぐ隣のビルの屋上に組長が現れることになっている。そこを私が、長年の相棒である、このmk―h7、通称『ヘブン』で仕留める。これは、私が高校生のころ、荒原地方で退魔部隊に入り支給されたもので、奴らと戦っていた時、作戦の時に肌身離さず持っていたものだ。これは、あらゆる面で高性能な標準的な大きさのもので、使い勝手が良く、様々なアタッチメントが付けられる。そのため、殺し屋をやるにもとても相性が良い。今も、サプレッサーと、ダットサイトを付け、ターゲットが出てくるのを今か今かと待っている。一応、予備として、私が退魔部隊に入るきっかけの時に活躍した罪深き小型の銃、mk―h0、通称『ホロ』も、服の下に忍ばせている。準備は万端だ。
隣の屋上を警戒していると、ドアがゆっくり開くのが見えた。誤射してはいけないので、しっかりと確認は怠らない。出てきたのは、白のワイシャツと黒いズボンを着た青年で、ターゲットではなかった。私は彼に気づかれないように身をかがめ、また警戒する。すると、その青年がこちらを見て手を振ってきた。見られてはいないのに、なぜこちらの存在に気づいたのか。そんな疑問を思い浮かべている時、青年はこちらに飛び移ってきた。
(こいつ、一体なんなの)
その青年はとてもにこやかな笑顔を見せ、私に話しかけてきた。
「やあこんにちは。今日はとても気持ちの良い夜だね。こんな日は、星を眺めるに限るよね」
「そうですね。ここはとても気持ちいいですしね。あなたは星を眺めに来たんですか?」
ひとまず相手に合わせて会話を続けることにした。
「うん、まあそれも目的の一つだね。そのまえに一つ、やらなければいけないことがあってね」
「それは何ですか?」
「それは、……ここに来る組長さんとお話をすることさ。君も、彼に用があるんでしょ?」
その言葉を聞き、即座に臨戦態勢になる。しかし、青年は笑う。
「大丈夫、君の敵じゃないよ。むしろ、君の味方と言っていい。君は彼を殺すように言われたんでしょ」
「……」
「大丈夫。僕も裏の世界に足を入れてるからね。大体、君の雇い主も検討はついてる。大丈夫だよ」
「そう。私は、組長を殺すように依頼されたわ。それで、あなたも彼を殺すの?」
「うーん。殺すつもりはないけど、彼の態度次第かな。僕が言いたいのは、彼と話して、うまくいかなそうだったら、君に彼を殺してもらおうかなって思ってね。話しがうまく行ったら、君の依頼主もとても助かるから、君に対する報酬はしっかりと入るし、ここは、僕の言う通りにすればお互いのためになるんだよ。どうかな?」
少し怪しいが、不思議とこの青年の話に乗ることに抵抗はなかった。私からしたら、報酬さえはいればいいので、もし本当ならこれ以上楽な仕事はない。が、一応信用の確認をしておく。
「信じるに足る人か証明して」
「もし、怪しく感じたら、僕も撃てばいい。これで良いかな?」
言ったからには相応の覚悟があるのだろう。裏の世界はそういう世界だ。一度口にした言葉は取り消せない。この青年もこちらの世界の人なら、それくらい知っているはずだ。なので、ここは、不思議な笑顔を向ける青年に従うことにした。
青年は再び隣のビルへと飛び移り、扉の影に潜んだ。夜の喧噪が遠くに聞こえる中、私たちはじっと待つ。
夜も深まり、煌めく宙が一層輝きを放ち始めた時、その扉が開く。出てきた人物は、ターゲットだった。すかさず私は銃を構える。あの青年が話しを付ければ、撃たずに済む。決裂すれば撃つ。それだけだ。私は集中して、扉の影から出ていった青年と組長のやり取りを見ていた。
(長いな。交渉が難航しているの?)
結構時間が経つと思う。時間の流れは見えないが、自身の体内時計ではすでに二時間は経過している。いい加減撃ってさっさと終わらせたい。と心の中で悪態をついたとき、青年はこちらに向かって大きく丸を提示した。交渉がうまくいったのだろう。私はその場で立つ。その時、わざと組長に見えるように銃を体の前にぶら下げる。組長は驚きはしなかったが、何度か頷く。そして、両手を上げ、そのまま、青年が開けた扉の中へと入っていった。これで終わったのだろうか。もし、これで依頼主から報酬が入らなかったら、あの青年を殺そう。
青年はこちらに飛び移る。その表情はとてもにこやかで、こちらまで笑顔が移りそうになった。
「交渉は成立したよ。いやー大変だった。あの人ってあそこまで頑固だったかな」
「何、あの組長とは知り合い?」
「まあ、顔見知り程度かな。以前、壊滅させた組の下っ端だったんだ。それがいまでは組の長なんてね」
「へえ、面白い冗談だね」
「冗談と思ってもらっても構わないよ。さあ、最後に君の依頼主の件だ。ちょっと待ってね」
そういい、多機能端末携帯を取り出し、どこかに電話を始めた。彼は、「例の件は落ち着いた」「お互い干渉しない方が身のためだ」「雇った殺し屋に報酬をあげてね」「あと、僕にもおこぼれくらい頂戴ね」とだけ言って通話を終える。
「さて、これで君の口座に報酬が入るはずだよ。感謝してね」
「うん、感謝するわ。ただ、待つって簡単ではなかったから、これからはあまりしたくない」
「ごめんごめん」
心からは思ってなさそうな、軽い素振りで謝る彼の背後に、何かの気配がした。とても嫌な感じ。そう、これは荒原地方で戦っていた時に感じた、敵意の感じ。私は彼を強引にどかし、銃を構える。そこには、一人、銃を構えた人が居た。やられる前にやる。私は引き金をすぐに引き、銃撃した。と同時に、青年をどかした方向から、半透明の人型の何かが飛んでいくのが見えた。こんな時に幽霊かと思ったが、その容姿は、あまりにも青年に似ていた。
銃弾とその半透明の人物によって、向こう側で構えていた人物はあえなく倒れた。私は青年を見据え、疑問を投げかける。
「今、あなた何かした?」
「ん? なんのことかな?」
「あなたがいる方から、半透明な何かが飛んで行った。その容姿は、多分あなたに似ていた。あなたは見た?」
荒原地方で様々な非科学的現象と戦ってきた私は、今更こんなことで驚きはしない。私は冷静に、青年を問いただした。
「そっか、君には見えたんだ。なるほどね~」
疑問を投げかけると、青年は勝手に納得し始める。この反応だと、あれはこの青年が出したものだと確信する。まさか、都心地方にもこんな力を扱う人がいるなんて、思いもしなかった。
「君、出身はどこかな?」
「……荒原地方」
「そっか。大変だったね」
この反応で私は初めて驚く。この青年、荒原地方の本当の姿を知っている。私の胸の鼓動が早くなる。
「あなた、荒原地方の出身者?」
「いや、違うよ。でも、そちらの地方の姿、戦いを知ってる。都心地方にも数は少ないけれど、出身者はいるからね。何人かと話はしたよ。今でも繋がりもある人はいる」
私はその言葉を聞き、何故か涙を流してしまった。おそらく、あの時のことを思い出してしまったからだ。高校時代、彼と二人の女子と私の四人で、最高の強襲班を形成していたあの頃を。そしてなにより、初恋の相手だった彼のことを。赤城久遠のことを。
「……もしよかったらなんだけど」
青年がおもむろに言葉を発する。
「僕の事務所に来ないかい? 君のその力、僕は必要なんだ。ちゃんと待遇は良くするし、こちらの仕事は毎回あるわけじゃないから、この仕事も続けていい。どうかな?」
「良いよ」
私は勢いで了承してしまう。しかし、荒原地方のことを知っている人、出身者に繋がりのある人と、こうして出会えた縁は、絶対に大切にしなければならない、離してはならないと感じた。そして、煌めく星を眺めた後、私は、彼の事務所に所属することになった。
この広い世界に偶然はない。人の出会い、別れは全て必然であり、運命なんだ。私はその青年、天使錬との出会いは必然であり、運命だった。彼と出会い、探偵事務所に所属したことにより、私の止まった心は徐々に解凍され、強くなることが出来た。その邂逅は私の未来への懸け橋だったと、その出会いから時が流れるにつれ、一層強く思うのだった。
・あとがき
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