正義の心は蒼海の守護者と共に
都心地方では珍しく気温が上昇した今日、通勤する大人たちも、通学する高校生、大学生たちは、額に汗をたらしながら、電車を乗り継ぎ、各々が向かうべき場所へと向かっている。そんな大衆に紛れ、僕も向かうべき場所へと歩く。地面から襲い掛かってくる熱の猛攻に耐えながら、快適な環境を安定して提供してくれる大学へ、自信も実際の量もない体力を、フルに使いながら、人で溢れかえっていた駅から離れ、学生街を通り過ぎ、坂を下っていく。
都心地方としてはビル群がなく、落ち着いた区域に、その大学はある。構内は無駄に広く、数十の建物が建っているそこは、世間的には標準的な評価を貰っている大学だ。ひと通りの学部があり、大企業に就職する人も少なからずいる。実験に使う装置や機材もそろっており、教授の人数もかなり多い。ただ一つ欠点なのは、立地と、高校から階段で入ってくる輩も多いということ。それはつまり、本当に多種多様な個性が集まるということだ。例えば、スクールカースト上位の男子、女子が居たり、いわゆる、オタク系の人もいたり、孤高の一匹狼を気取る人もいたり、奇抜なファッションを楽しむ人がいたりする。その中でも僕は、草食系に分類される人種だろう。恋に積極的になれず、かといって、女子と話すこと自体は人並みに出来る。評価的には、“良い人”止まり系男子。男子たちからは、「少し攻めれば落とせる女子はいる」というが、女子たちからは、「彼氏にしてもなんかぱっとせずに終わりそう」と言われている。そういわれると決まって僕は言う。「僕はそういう分類の人だから」。
そんな大学の構内を歩いていると、ゴミをゴミ箱に入れない輩、コンビニの前で集団で留まる輩、ベンチで横になる輩を見かけ、他人のことを気にかけない人に対する怒りが、心の底から這い出てくる。僕はこういう、明らかに他人の迷惑をする輩が嫌いだ。見ていても腹が立つ。しかし、気弱な僕は、注意などをすることが出来ずに、ゴミを拾ってゴミ箱へと入れて、また歩き出す。
「よう勇気。今日はあちぃな」
「そうだね。講義が終わったらアイスでも買おうよ」
「お、いいねぇ。それ賛成」
構内に入り、今日の最初の講義が行われるかなりでかい棟へと入ると、ちょうど、一階のベンチに高戸が座っていた。銀髪に染めた髪をつんつんに立て、相手を威嚇でもしているかのような眼光を向け、最先端のファッションに身を包んだ彼は、僕の友人だ。こんな、中髪黒髪で目立たない僕とは正反対の彼と知り合ったのは、大学入学前のガイダンスの時だった。ちょうど席が隣同士になり、彼から話しかけてきた。最初は怖かったが、話しているうちに、しっかりとした、階段で入ったとは思えない、至って真面目な奴と理解した。実際、成績は僕よりも高い。
「そういやお前、昨日、海見に行ったんだってな。なんだ、彼女でもできたのか。抜け駆けはよくねえな」
「見に行ったけど、そんなんじゃないよ。ただ、無性に見たくなっただけ」
「ふーん。あれか、物思いにふけってたのか。何かあったんなら俺に相談しろよ水臭い」
「違う違う。本当に、ただ、海が見たかっただけだよ。海を見ると、何も感じなくなって、見終わったあとに、やるべきことをやるぞって思えるようになるんだ」
僕は海を見るのが好きだ。無限に広がる蒼い世界、どこまでも深く、そこが見えない世界。そんな素敵な世界の、表面だけでも見ることが出来れば、僕は不思議と頑張れる。まるで、雑念が海の中で浄化されているみたいに、空想から現実に戻るときには、心の中はとても澄んでいる。多分、それを感じるのが好きなんだろう。
「あ、やっべ。今日の午後の講義にテストあるんだっけか。ミスったなぁ、あんまりやってねぇや」
「高戸は講義中に覚えちゃうタイプだからいけるでしょ」
「いやでもさ、心配じゃん。単位落としたくねぇよ」
こんな会話をしながら、教室のある三階へと上がり、真ん中あたりの席に座る。この講義は総合基礎科目のため、全学部から人が集まる。なので、講義開始前には教室は人で埋まっていた。人の熱気で熱くなった動物園は、会話という餌を絶え間なく投げ続ける。高戸は、そんな投げられた餌の一部をもぎ取り、僕に渡してくる。
「今聞こえた話しなんだけどさ。最近この区域に、女の子の幽霊が出るらしいぜ。なんでも、黒髪で、たまに、水を滴せて、キョロキョロと、まるで何かを探しているようなそぶりをするらしい。可愛ければ、俺が喜んで力貸すんだがなー」
「まあ、霊感のない高戸じゃ不可能な話しだね。それに、霊感がある僕は見たことないから、その話も多分、作られてるよ」
「だよなぁ。ほんと、なんでこんな話しで盛り上がるんだろうな。そんな非現実的な話しよりも、最近の流行とか、ナンパの話しとかで盛り上がれよな。つまんねぇ奴ら」
言い終わると、チャイムが鳴り響き、講義が始まる。それにしても、幽霊か。僕は少し霊感があるが、ここの区域では見たことがない。それに、なにかをさあしているよう、か。何か、未練でもあるのだろうか。僕は妙に気になってしまい、その日の講義は、あまり集中できなかった。
――僕は、いつものお気に入りの場所へ歩く。大学へと続く坂道を上り、駅とは違う狭い小道を進むと、そこには、変わった広場がある。一般的な公園にある、少し錆びれた遊具の他、奥に少し突き出た場所がある。当然、子どもが越えられない柵と、落ちても軽減できるように、下にはネットが張ってあるが。僕はその柵を乗り越えて一番先の方へと歩く。幅は結構広く、大人三人は余裕で横に広がることが出来る。一番先へと行き、そこに座って、景色を楽しむのが僕の楽しみだ。大学が眼下にあり、そのもっと向こうには、大きな、流通と交通を支える大橋があり、その下を大きな川が流れる。左手には小学校、中学校、高校が多くあり、学校生たちが、各々楽しく帰っている。恋人と、部活仲間と、友人と、一人と。そんな、夕焼けに染まった景色を眺めることが出来るここは、小学生も、中学生も、高校性も大学生も来ない、僕だけのお気に入りの場所。
しばらくここからの光景を眺めていると、不意に声が聞こえた。
「あの、聞こえますか」
僕は少し驚き、後ろを見るが、誰もいない。そして、再び光景を見ようと戻すと、目の前に、オレンジ色の服を着て、ミディアムの少し怯えた目をした、夕焼けに染まった半透明の少女の姿が見えた。僕は内心かなり驚いたが、霊感が少しある僕にとっては、慣れた光景でもあったので、表の表情は至って冷静だった。
「あ、あの。驚かないんですか」
「まあ、霊感あるし、慣れてるのかな。内心、とても驚いたよ」
「よかった、やっと、見つけてもらえた……」
「見つけたって、なに、僕を探していたの?」
「はい。あなたのような心を持った人を、私は探していました」
僕の心……別段特別ではない僕をさがしているなんて、そんなもの好きもいたもんだ。しかも、幽霊で。
「それで、僕に何か用かな。何もできない僕だけど、成仏するのに必要とかだったら、出来る範囲で手伝うよ」
高校生の時はよくこんな活動をしたものだ。自分からは行かずとも、向こうから「成仏のために手伝って」と言われ、手伝った時があったっけ。懐かしみながら聞くと、彼女から発せられた言葉は、とても規模の大きなものを含んでいた。
「はい。あの、私に憑かれて、そして、水人憑きの力を悪用する人たちを、その正義の心で制裁してほしいんです。お願いします」
――彼女と会い、この言葉を聞いた日から、僕の日常は傾いていった。正しい道順の高速道路から、分岐で別の道へと入ったかのように。こうして、僕と、彼女の、長くもなく、短くもない戦いの日々が始まりを告げたのだった。その戦いの中で僕は、大切な何かを知り、知らなかった真実を知ってしまう。出会いと別れを経験し、この戦いが終わった先の僕は、いずれ来る大いなる災厄からこの星を守るために、再び力を振るう。彼女に教えてもらった、この言葉と共に。
『現世界に歓喜と安寧を。この星に賛美を。母なる海と共に』
・あとがき
彼女との出会いが、彼を変えていく。
読んでいただきありがとうございます。現世界物語です。現世界の方は、もう終わりに向かって進んでいきます。すべての物語は、一つの物語に収束していきますが、おそらく現世界が先に収束します。今後ともよろしくお願いします。
ご意見批評、お待ちしております。では、『現世界に歓喜と安寧を。この星に賛美を。そして、あなたに感謝と栄光あれ』
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