消せない記憶は涙の味
記憶ってどんな味か知ってる?
こんな質問をして、はっきりと答えられる人はいない。ある人は甘酸っぱいと答え、またある人は苦いともいう。実際、正解なんてない。どの答えも正解で、不正解。だって、記憶はその人にしか味を教えないから。その人が感じた味覚が、その人が抱える記憶の味。でも、私は、その味を知ることが出来る。欲しがってもいない能力に、強制的に目覚めさせられたのだから。
今日も、塾で担当している子たちを返した後、記憶に関する依頼を遂行しに行かなければならない。妹の梅には先に依頼人と合流してもらい、話しを聞いてもらっている。そのため、さっきから1分間隔でメッセージが飛んでくる。通知の設定を切っといてよかった。
《早く来てよ。相手が、私が喋れないの知ってても、気まずい雰囲気の中で待たされる身にもなってよ》
《ごめん。まあと少しで行くから、もうちょっと待ってて》
メッセージを送り、目的のカフェへ向かう。外はもう暗く、雨も降っていた。折り畳み傘を用意しておいてよかった。傘を広げて、歩き出す。外には色々な出来事が溢れている。今起きているそれは、時間が経てば立派な記憶になる。私たちは、記憶が作られる一瞬を、毎日のように目撃している。例えば、あのカップル。
「ちょっと! 雨の中待たした上に行く予定の店予約してなくて入れないって、本当になにやってんのあんた! なめてんの?」
「だからごめんって言ってんだろ? そんなに怒るなって、な? ほら、だから早く入れるとこに行こうぜ?」
「あんた、最初からそのつもりでいたのね? あっそ、もういいわ。別れましょ。結構長続きしたから、今回は行けるかなって思ったのに、完全に裏切られたわ。さようなら」
「ち、ちょっと待てよ! こんな失敗、今回が初めてだろ? 頼むから……」
「うざい」
あ、ビンタされた。彼にとっては苦い味、彼女にとっては怒りの辛味の記憶が出来た瞬間だ。だが、そんな辛い記憶だけでなく、嬉しい記憶が出来る瞬間もある。例えば、あの若いサラリーマン。
「なに! 本当か! 本当に、喋ったんだな! よし、今から祝いのスイーツを買わなきゃな! え? 大袈裟だって? 良いんだよ! 大袈裟なくらいが一番いいんだ! じゃあ、買ってから帰るからな! 愛してるぞー!」
話の内容で考えると、おそらく、子どもが喋ってのだろうか。喋っただけであんなに喜ぶなんて、さぞかし人生を楽しんでいるのだろう。今起きた出来事は彼にとっては、甘く幸せな味になっただろう。こんな感じに、毎日、あらゆる出来事という記憶が、生成されている。本人にとって嬉しい記憶もあれば、悲しく、すぐに消えてほしいと思うような記憶もある。私は、嬉しい記憶も味わいたいと、いつも思う。でも、だいたいは、悲しい記憶を味わうことになる。今回もそうだろう。
「いらっしゃいませ。。おひとり様ですか?」
「いえ……待ち合わせをしてます」
目的のカフェに着き、店員を避け、妹の梅の所へと向かう。メッセージの通り、そこの席には、とても気まずい雰囲気があった。依頼人もかなりソワソワしている。まあ、私には場を和ませる力がないので、そんな雰囲気を無視して依頼の話を進めるつもりだ。
「やあ、梅。お待たせ。依頼人の方も、お待たせしてごめんなさい」
《遅い。パフェ驕りね》
「はいはい、後でね。鼻にクリームついてるよ」
梅は慌てて鼻を拭く。私は席へと座り、店員にブレンドを頼んで、それが運ばれた後から話を始めた。依頼人はかなり緊張している。梅は相変わらず表情が暗い。かくいう私も、そんな明るい表情はしていないはず。そんな中、始めた。
「それで、あなたはなぜ記憶を消したいのですか?」
「それは……もう、終わりにしたいからです。もう、僕しか知らない危険物の所在も、僕が完全に忘れてしまえば、それを巡った抗争に巻き込まれずに済む。もう、たくさんなんです。無関係な彼女も何回狙われたか。だから、お願いです。記憶を消してください。平和な日常を、過ごしたいんです」
正直、この人がどういう状況なのかは、こちらには関係ない。ただ、その記憶についてどんな気持ちを抱いているかを知りたいだけだったが、やはり今回も、生きていくうえで完全に邪魔な記憶を消してほしいみたいだ。さっさと済ませて梅とご飯に行こう。
「分かりました。あなたがそこまで消してほしいのであれば、消します。しかし、消した後の責任は、取りません。全て、自己責任です。私が負う責任は、記憶が消せていない時に限ります。いいですね?」
「はい。お願いします」
そして、私は、彼の額に手を付ける。抗争に巻き込まれたすべての記憶と、その根源と思われる記憶を、そして、私たちに関する記憶を吸い取った。そして、その記憶は液体となり、マイボトルの中へと注がれる。その色は、黒く、澱んていた。全てが終わるころ、依頼者は、すやすやと寝ていた。この力を使うと、相手はなぜか寝るのだ。原因はしらないが、吸い取られる方も力を使うのだろう。会計を全て済ませ、梅と一緒に足早にカフェを出る。そして、歩きながら依頼人の記憶を飲む。その味は、とても形容しがたいくらいひどい味だった。しかし、飲み干さなければ残った分だけ彼は徐々に思いだしていく。飲みながら、梅に問う。
「梅。報酬はもらった?」
「…………」
「あるならいいよ。それでおいしいスイーツでも行こう」
しっかりと報酬を受け取っていたみたいで安心する。これでまた貯金が増える。これで次の長期休暇には旅行ができる。なんとか飲み干した私は、再び梅に話しを振る。
「ねえ、梅。あれからもう数十年もたったんだ。そろそろ喋る努力をしよう。私は、あなたと言葉で会話したい」
《いやだ。というか、喋らないんじゃなくて、喋れないんだよ、青。だから、もうそのことは言わないで》
そうメッセージを送り、梅は左頬にある傷痕をなぞる。その傷は光に当たり、赤に光っている。同じ傷は私の右頬にある。稲妻のようなギザギザの痕。これは、あの時に付けられた、思い出の傷痕。忘れたくて、忘れたくない記憶。私の痕は、光にあたり黄色に光った。
翌日、ニュースである事件を報道していた。それは、身元不明の男女の焼死体。廃工場の中に入った乗用車の中、二人手をつないで死んでいた。警察は自殺と言っているが、顔を潰されており、指紋なども丁寧に削られていたようだ。よっぽど特定されたくないのだろう。徹底した殺人に、変な関心を抱きながら、私たちは今日も表で塾の講師をしながら、裏で記憶に関する仕事をする。
私たちは、過去に実験体として、ある組織に捕まっていた。多くの友人が実験で疲弊していくなか、あるとき、希望となる彼女が新しく入ってきた。私たちは、彼女を奴らの実験体にしてはならない。彼女は、私たちが失っていた人の感情を、希望をもたらしてくれた。そして、脱走を企てたが、実際に助かったのは、何故か私たちだけだった。彼女含め、みんな奴らに捕まった。今でも後悔が記憶の中を巡っていく。私たちの記憶の味は、涙の味。何度味わっても、慣れることのない、後悔の味。私たちは、みんなの記憶を抱えて、私たちのような犠牲者を出さないように、動いていく。この言葉と共に。
『現世界に歓喜と安寧を。この星に賛美を。私たちの記憶に甘味を』
・あとがき
記憶の味は、千差万別。
読んでいただきありがとうございます。現世界物語です。記憶には味があると思うのです。甘い味、酸っぱい味、苦い味。色んな味がある中、人はいやな味を良く記憶していると思います。皆さんも、いやな記憶はすぐに思い出すと思います。良い味もすぐに思い出せれば、楽しいのにといつも思います。
ご意見批評、お待ちしております。では、『現世界に歓喜と安寧を。この星に賛美を。そして、あなたに感謝と栄光あれ』
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