荒原に咲く悪魔の花

 大学の講義は平和だ。この教授の講義は、資料さえ持っていれば単位は楽にとれる。たまにパワーポイントに出てくる重要なものをメモすれば、試験対策も万全だ。今回も私は、パワーポイントの重要な箇所をメモしながら、この後どうするかを考える。友達と遊びに行くのもいいし、一人で趣味のカフェ巡りをしてもいい。お金はどうせ有り余っている。普通の大学生がもっている額の数倍の額が、私の口座に振り込まれる。まあそれ相応の仕事を、たまにしているのだから、ある意味では当然だ。しかし、午後の講義はどうやっても眠い。あの教授の声も子守唄のように優しいトーンで、完全に寝かしに来ている。オープン科目なため、糞みたいな学生も多く取っていて、講義の始まる前は動物園状態なのが、始まって十分もせずに鎮まる。


「ねえ、奈央!これ終わったら、買い物に行かない?服がほしいんだ~。一緒に選んでほしいの?どう?」

「いいよ。ちょうど何しようか考えていたの。買い物に付き合うよ」

「やった!ありがと!」


 同じ学科の友人からお誘いを受けた。これで今日は暇せずに過ごせそうだ。あれが起きなければだが。

 講義は滞りなく終わりをつげ、楽器ケースを両肩にかけ、手提げバックを持ち、大学の敷地内へ出る。土地が有り余っているせいか、大学の敷地が無駄に広く、近くのショッピングモールへ行くのにも結構時間がかかる。


「それでね、彼氏はどこに行きたいか聞いてくるの!そんくらいあんたが考えろって話しだよね~だって、誘ってきたのはあっちなんだしさ、行きたいところに行けばいいじゃんって思うわけ。それで、あなたが行きたいところならどこでもついていくよって送ったの。そしたらなんて返ってきたと思う?」

「さあ、やっぱりやめた、とか?」

「正解はね。どこでもいいが一番困るって来たの!もうめんどくさいから、またあの遊園地に行きたいっていったら、またあそこに行くの?って来て、もう頭に来たから、じゃあもう行くのやめるって言ったら、今度は、どこかには行きたいって来たの!もう本当に謎よね!どう思う?」

「どう思うって言われてもね……まあ、でも彼のことは好きなんでしょ?」

「そ、そりゃ、まあ?良いところはいっぱいあるし、なにより、私の言うことを否定しないし、紳士に話を聞いてくれるから好きだけど……」

「好きなら、彼の顔を立てても良いと思うよ。例えば、車を使っていくところを言うとか。男子って、車デートに憧れる節があるから、あそこの水族館とかどうって言ってみたら?」

「そ、そうね、今日言ってみるわ。ありがとね!」


 女子って単純。本当は一緒にどこかに行きたいのに、本音の逆のことを言ってしまう。素直になれずに、無駄に時間をかけてしまう。私は、そんなことできない。そうやって生きたくない。


「ねね、あそこの売店でクレープ食べよ?どうせ時間あるし、ね?」

「いいよ。クレープ大好き」


 私たちは大学内で人気の売店に行く。そこは、クレープのほかに色々と売っており、とりあえずここに行けば何か食べたいものが見つかる。


「えーとね、あ、おばちゃん、これください!」

「私は……やっぱりクレープじゃなくて、ソフトクリームにしようかな。おばちゃん、私はこれ」

「はいよ」

「ええ~クレープじゃないの?さっき好きっていってたじゃん!」

「ごめんね。私、気まぐれの性格だから、ね?」

「もう……まあいっか! いこ」


 そう、私は気まぐれの性格。だから、決めたことでもすぐに変えてしまう。どんなことでも。


――食べ歩きしていると、向こうの敷地内から急に悲鳴と、なにかが急激に止まる音が聞こえた。ああ、最悪。あれが来たんだ。


「え? 何? 何? え?」

「ごめん、ちょっとソフトクリームとバッグを持っていてくれる?ちょっと見てくるからここにいて」

「え? あ、うん……」


 そうして、ソフトクリームとバッグを友人に渡して、楽器ケースを背負いながら、悲鳴のしたところへ走る。その間に、もう一人の友人にイヤホンマイクで連絡する。


《もしもし、もしかしてもう向かってる?》

《ええ、私はもう準備万端よ。近くにいるのは私とあなただけみたいだから、早く来なさい。でないと私は死に、被害が広がるわ》

《わかってる。私の気が変わらなければね》

《あのね、そんな質の悪い冗談言ってないで、早く来てよ。あ、ほら、見つかったじゃない。今どこらへん?》

《もうつくよ。今から準備する。三十秒で到着》

《了解。》


 通話しながら、人がいない陰に行き、楽器ケースから小型カービンを取り出す。サプレッサーとハンドグリップとダットサイトを取り付け、弾倉を装填する。そして、戦闘用のコンタクトレンズを入れる。これで準備万端。さあ、隠れながら前進する。


《今戦闘区域に入った。マルウォッチで位置を確認。以外に近いね。今から移動する》

《五秒遅刻よ》

《気が変わったからね》

《後で何か奢りなさいよ》

《はいはい、あ、姿を発見》


 移動しながら通話し、姿が見えたため、合流する。


「あいつらは三匹、教徒は五人。教徒はさっき一人やったから、あと四人」

「まずは教徒をやろう。あいつらはそのあと」

「了解」


 そして、私たちはツーマンセルで、私が先頭になって行動する。場所は建物と建物をつなぐ長い渡り廊下、そしてその間に出来た中庭。結構広めなため、自分たちに有利だ。


《コンタクト》

 

 いかにも宗教らしい衣を着た人物を発見する。私たちは躊躇することなく三点に設定した小型カービンを相手に打ち込む。相手は人間なので、成すすべなく倒れていった。まずは一人目。あと三人。


《コンタクト。後方に敵》


 これで二人目。次。


《コンタクト。二人》


 教徒は全員始末。次はあいつらだ。ここからが大変だ。


周りを警戒しながらゆっくり前進する。そして、一匹が姿を現す。黒い肌に先がとがった尻尾。牙が何本もあり、翼が生えている。そう、悪魔だ。だが、小悪魔なので、ただの雑魚だ。


《コンタクト。前方一体》


 問題なく始末。さて、あと二匹。


《一周したけど、いないね》


《上の階に行ったんでしょ。どうする》


《降りてくるまで待とう。中は狭くて危ない》


 再び一周することにする。主に階段と上の階の窓を警戒する。


《コンタクト。二階窓》


 二階窓から覗く顔に気づき、銃口を向けるが、相手は体の一部をナイフに変換し、こちらへ放ってくる。


《回避!》


 この手の攻撃は高校の頃に、このコンタクトがない時代で嫌というほど避けた。なので、今では余裕で避けることが可能だ。


《クリア》


 あと一匹。


《コンタクト。D棟階段》


 最後の一匹はあっけなく倒された。


《クリア。これで全員よ。お疲れ様》


 一気に緊張感が切れる。


「ふう……疲れた。犠牲者は?」

「数人が連れていかれた。おそらく上に行った奴らが食ったのね。糞どもが」

「まあまあ、ここで始末できたからもう大丈夫でしょ?さあ、早く出よう?」


 これにて一件落着。襲ってきたのは、悪天教の奴らと召喚された小悪魔たちだった。前まではこんな目立った襲撃はしなかったけれど、そう、あの、史上最大の作戦のあと、かなり目立つ活動をし始めた。あの時に、住民の洗脳を解いていなかったら、こんなに過激になることはなかったのだろうか。今でも疑問に思う。しかし、あの作戦で多くの高校生、大学生が犠牲になり、その犠牲の上に成功した。いまさらあの作戦が間違っていたなんて言ったら、犠牲になったみんなに申し訳が立たない。今は今の対応をするしか、方法はない。


「さて、何を奢ってもらおうかな?隊長さん?」

「……気が変わって、やっぱりなしってことにはならない?副隊長さん?」

「私はそんなに甘くないわよ。さあ行こう?どうせ、友人を待たせてるんでしょ?」


 そうだった。ソフトクリームを持たせたままだった。早く行かないと。ああ、でも、もうソフトクリームの気分じゃないな。どうしようか?まあそのことは歩きながら考えよう。

 先ほど始末した教徒と小悪魔はすでに消えていた。奴らは死ぬとすぐに消えるみたいだ。後始末をしなくて済むのがとても楽だ。



 ここ、荒原地方は、数年前、住民の洗脳すべてを解くための、史上最大の作戦、『荒原奪還作戦』を決行し、多くの犠牲の末に成功した。そこから始まったのが、悪天教のテロとの戦い。戦い方を変えてきた悪天教に対応するべく、今は武器をケースに入れて持ち歩くことが普通になった。私たち、退魔部隊員は、日常生活の中で、荒原に咲く悪魔の花を、一つ一つ、丁寧に踏みつぶし、摘んでいく。私は、この街、この地方を守るために、今日も悪魔の花を踏みつぶす。おまじないの言葉と共に

『現世界に歓喜と安寧を。この星に賛美を。我らに勝利を』


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