3
タタン、タタンと電車が次の駅を目指す音が、両者の間を駆けていく。
「
「あ……うん」
芙由は、しどろもどろに答えた。
「私たちの同級生は、進学で地元を離れて、そのまま向こうで就職する子が多いみたい。玉岡さんもそうだと思ってた」
「私は、大学もこっちだから。……そう、あのときに言ったでしょう?」
ぎこちなく告げると、小静は「うん。聞いた」と返事をして、車窓の闇を見つめた。
「聞いたけど、あなたはいつか、遠くに出ていく気がしたから」
「……私は、どこにも行けないよ」
零れた
「玉岡さん。その怪我、どうしたの?」
不意打ちの指摘を受けて振り向くと、小静の視線は芙由の膝に注がれていた。ストッキングの伝線を見られて恥ずかしいという感情が、まだ己の中で息をしていたことに、思いのほか動揺してしまった。
「これは……会社を出ようとしたときに、もう遅い時間だから、早く家に戻らなきゃって、思ったら……お腹が痛くなって、転んで……」
「大丈夫?」
「……うん。いつものことだから……」
声音が、また一段と暗くなった。小静は、芙由の自己嫌悪を察したようで「仕事が終わったら、電車はいつもこの時間?」と話題を変えてくれた。この質問にも上手く答えられる自信はなかったが、少しだけ胸が温まった。あの頃は感情表現が
「うん。事務の仕事なんだけど、いつもなかなか終わらなくて……」
説明しながら、職場の上司と同僚の顔を思い出す。会社に勤め始めたばかりの頃は、周囲の顔色を過剰に
「ご家族が、心配してるんじゃない?」
つらそうに囁く小静に、芙由は慌てて「それは、大丈夫だから」と弁解した。せっかく話題が変わっても、これでは元の
「じゃあ、弟さんは? 遅い時間まで働いているお姉さんを、気にしてるんじゃない?」
「……私、一人っ子だから」
「あれ、そうだった? 高三のときのクラスメイトで、玉岡さんと出身中学校が一緒だって言ってた子から、ご兄弟がいるって聞いた気がしたけど……他の人のことだったかも。変なことを言ってごめんなさい」
「ううん。気遣ってくれて、ありがとう」
「あんまり無理しないでね。玉岡さんに元気がないと、友達も心配すると思うから」
小静は、
小静が、目を
「その人の話を、訊いてもいい?」
小静に神妙な顔で問われたが、芙由は考えてから、
「あの人とは、もう二度と会わないから。そんな人の話なんて、聞かされても困るでしょう?」
芙由が
彼は、本当にいい人だったのだ。彼の心は健全で、だからこそ徹頭徹尾、芙由には不適格な存在だった。もしあのまま日向の彼と一緒にいたら、芙由はいつか壊れただろう。彼の眩しさにあてられて、身体を覆った
「私は、彼を裏切っていたもの。愛してもらう資格なんて、最初からなかった」
「……そう」
小静は、もう何も訊かないでいてくれた。
タタン、タタン、と電車は夜闇を拓いてひた走る。芙由も小静に
車内アナウンスが、次の駅の名を告げた。芙由の降りる駅までは、あと四駅分ほど時間がある。小静の最寄り駅はどこだろうかと、芙由が訊きかけたときだった。
「玉岡さん。今度は、私の話を聞いてくれる?」
どきりとした芙由は、顔を上げた。車窓に映る小静の笑みが寂しげで、これから大切なことを告げられるのだと予感した。電車がホームに着いて、ドアが開く。乗客が数人下りて、入れ替わりで数人乗って、また走り出す。街の灯りが流星のように四角い夜空を
「私は、今の会社を辞めることにした」
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