2
昨年まで一緒に過ごした友人たちとは、皆クラスが離れていた。芙由のような立場の者は他にも大勢いたようだが、彼らは休み時間のたびに
だが、芙由は後者を選べなかった。芙由の元友人も、芙由の教室まで会いに来ようとはしなかった。芙由と元友人たちは、学校という閉鎖的な
居心地が悪くても、この居場所は
にもかかわらず、六月の半ばの昼休みに、芙由は突然に限界を迎えた。
その日は何の変哲もない一日で、少しばかり前日の夜更かしが
着席した芙由が、母が作ってくれた弁当の包みを机に置いたときだった。昼休みの
だが、行くあてはなかった。芙由には、もう誰もいない。自業自得の儚さで、友達は皆消えていった。廊下を行き交う生徒たちは、隣に当然のように誰かがいる。居た堪れなくなった芙由は、誰の顔も見ないように下を向いて、いくつもの教室を通り過ぎた。扉はどこもかしこも開いているのに、どこにも芙由が借りられる居場所がない。そんな逃亡と
ごくりと、唾を
しかし、この瞬間に訪れた出逢いが、新たな道を芙由に提示した。
背後から足音が聞こえてきて、芙由は身を固くした。
――
午後の廊下には小静ひとりの足音だけが、こつこつと静かに響いていた。心地よく刻まれる歩調のリズムは、芙由にメトロノームを連想させた。背筋を伸ばして歩く小静は、プリーツスカートの裾を揺らして、突き当たりの階段を上がっていく。踊り場の日差しが、白い横顔を照らしていて、頬の輪郭に輝きを纏う姿が、ひどく清らかに目に映る。視界から小静の姿が消えたとき、芙由の足は自然と動いていた。
追いかけたい。初めて知る感情が、芙由を
三年生の教室が並ぶ廊下は、生徒たちで賑わっていたが、制服で個性を均された群れに紛れても、美しい後ろ姿は目を引いた。小静は芙由たちの教室に入り、芙由は扉の前で立ち止まった。廊下側の席に着いた小静に、一人の女子生徒が話しかけていた。
「清野さん、おはよう。今日は遅かったね」
「おはよう。病院に寄ってたから」
「病院? どうしたの?」
「風邪気味だっただけ。大したことないから、気にしないで」
初めて聞いた小静の声は、少し突き放すような言い方だった。それでいて声には他者を
展開に面食らう芙由に対して、小静は涼しい顔のままだった。穏やかな眼差しには、突然に一人きりにされた理不尽に対する怒りはない。小静はノートを机に仕舞うと、鞄から青い包みを取り出した。細い指が包みの結び目をほどき、花柄の弁当箱が顔を出す。
つい見入っていると、背後から別の女子生徒に「どいてくれる?」と文句を言われた。入り口を塞ぐ芙由への不満がありありと窺えて、追い立てられるように教室に入った芙由は、自分の席に着いてから、小静の席を盗み見る。
小静は、一人で誰の目も気にせずに、弁当に箸をつけていた。周囲の生徒たちがみんな誰かと一緒に過ごしていても、昼休みの喧騒に臆することなく、寡黙に昼食を取っている。芙由は、視線を己の机に戻した。
ぎゅっと
そして、包みを開いて、弁当箱の蓋を開けると――いつもとは明らかに違う気持ちで、心の中でいただきますと唱えて、手を合わせた。
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