シンデモハナレナイ

”彼女の最後”

「そろそろ、いいかな」

 銀髪を二つに結った少女、ありすが呟いた。

 ラボの爆弾を起動すれば、全て終わりだ。

 狂った儀式も、自分のこの身も、彼への思いも何もかもが消える。

 ここにいるありすはこれから、死ぬ。しかしその足取りは軽かった。表情は笑みのものだ。

 静かな研究所に足音が響く。

 ――ああ、楽しかったな。

 彼と遊園地でデートした。

 やっぱり保護者の代わりになってだったけど。

 それでも一緒に遊んで、プレゼントを貰って思い出が、たくさんできた。

 打算だけではない本当の心配をしてくれた。

 助手として頼ってくれた。

 最後に”私”を見てくれた。

 あの子の代わりとしてじゃない、本当の”私”を見てくれた。

 最後に、もらったプレゼントであるクマのぬいぐるみを抱きしめた。

「……全部、私だけのもの」

 十分すぎるほどの思い出を胸に、与えられた役目を果たす。助手としてこの研究所を爆破し、オリジナルのありすを助ける。

 そのまま、自分が傍にいたかったが、首に打たれた忌まわしい薬のせいで三日の命。それならば、オリジナルと一緒に幸せになってほしい。

 そのためにありすはためらわず、ラボの奥にあるスイッチへと手を伸ばした。

 すぐに、光と熱が全身を包んだ。苦痛は一瞬のものだ。

 脳裏をよぎるのは僅か一日の何よりも大切な記憶だ。

 ――もしも、次があるのなら。その時こそは私が彼の傍に。



 ”彼の迷い”

 あの事件の翌日の午後だ。

 曇天の空の下、義頼はかつて研究所があった山中へとやってきていた。

 タクシーの運転手には怪訝に見られていたが記事のネタとして心霊スポットや都市伝説を調べていると言ったら一応は納得した。

 ありすは先日のこともあってまだ、自宅で療養中だ。元気になればおそらくタイミングはないと見ての行動だ。それでも細心の注意を払ってはきた。

 しかし。

「なんで、こんなことをしてるんだ」

 問いの言葉に答える者はいない。

 目の前に広がるのは焼け野原だけだ。生存者はいないだろうと素人目に見ても分かる。

 既に消火は済んでおり人が寄り付かないように立ち入り禁止のテープがあるのみだ、訳ありなのか。昨日会った事件にも関わらず人はいないことがむしろ助かった。独りで落ち着い てことを済ませることができる。。

 吐息を一つついて、屈みこむ。

 昨日のことは忘れようがないものだ。

 その日のはじめは何か、ありすがいつものように企んでいるのかと警戒していた。遊園地につけばありすが不快にならないようにルートを選んだ。

 食事と食休み、目玉のものとその他もろもろと自分なりに考えた。結果としてはありすも喜んだ筈だ。

 そうして、あの男が来た。ありすと話した内容は分からないままだったが、男と別れた後のありすと話してみて違和感があった。

 ――それが怖かった。これまでが失われていたのかと。

 感情を以て説得して、真実を聞いた。

 朝からともにいたありすはクローンであり本体は儀式の生贄にされているという話を聞いて。戦いに赴いた。

 思えばその時からありすのクローンは覚悟を決めていたのかもしれない。

 そのあと、避けられないクローンの死を知って、ありすを救い手立てを見つけたがその方法はクローンを犠牲にするものだった。

 そこに至ったと同時にクローンはその方法を口にした。

 そして、その方法を了承した。先のないクローンがその場に残り、研究施設と儀式を行っている男をもろともにラボの起爆装置地で葬り去る。

 最善の方法だった。クローンの方からしてみれば自殺も同然の方法、それを分かっていながらこちらにそれを言った。

 こちらが下した死の宣告を受け入れた。

 ――あいつは、笑っていた。

 残り少ない生涯をクローンのありすは自分のために捧げた。

 それで終わりだった。自分もオリジナルのありすも救われた。

 僅か三日の命だったとしても10歳程度の少女が人のために命を使った。正気ではできないことだと思うと同時。証明されたことが一つある。

 ――あいつらの思いは命を懸けるほどのもの、ということだ。

 それだけの思いを向けてくれている。とも考えるが別の思考も入る。

 それが、何だ。ありすがいなければ危険な目に会うこともなかったではないか。離れるべきだ。

 事実だ。だが、それでもともう一方の思考は返した。

 得たものも多くある。

 それもまた事実だ。少なくとも独りでいるときよりも仕事はうまくいくことも増えた。人知の及ばぬ存在がいることも分かった。自分を思ってくれる人がいることが分かった。

 そこまででで意味もなく終わりのない思考を止めた。

 結局は、ありすといた方がリスクが少ないためにありすと共にいるという選択を取ることは決まっている。

 再び吐息を一つ、ついて気持ちを切り替えた。

 今から自分は馬鹿な事をしようとしているぞ、という自覚はある。

 未知の化け物がいるのであれば、それこそ霊や残留思念がいるのかもしれない。それならば、少しでも貸しは返すべきだ。

 そんな理由ともいえないものを作って自己満足のためにこうしてここにいる。

「お前にもらったストラップな。目に見えるところにはつけられそうにない、ありすが感づくだろうからな」

 スマートフォンからストラップを外して懐へとしまった。捨てる気には、とてもなれなかった。少なくとも持っていれば彼女は喜ぶだろう。

 「……ありがとう、助かった……けど、返せない借りを作るのは勘弁してくれ」

 簡潔に礼の言葉と文句を一つだ。言いたいことはもうないが、そのまま腰を下ろした。

 昨日からの疲労もあるが。戻ればありすのところにご機嫌をうかがうために顔を出す必要がある。スマートフォンを開けばありすからのメッセージが例によって来ている。

 早く帰ってきてほしいというものだ。気が付けばベッドの上で、自分が約束を反故にしてしまったと思っているためか気持ちが不安定なのだろう。

 そこまで来て思った。

「らしくないことをしているぞ」

 呟く。感情で動いているぞ、と。

 その場の感情で動けば必ずその代償がある、と義頼はそう考えている。一時の勢いでうまくいったとして同じようなことをすれば手痛い失敗をする、人と関り、年を重ねれば重ねるほ どにその代償は大きくなる。今の自分には感情で動いたとしてその代償を支払えるだけの能力がない。

 だから、自分に利があるかどうか、勝ち目があるかどうかで考えるようにしていた。その筈だった。

 ありす達に対して感情を以て接していた。冷静さを欠いていた。

「これじゃ、だめだ」

 きっぱりと自分に向けて言った。

 ――今のままでは、身を亡ぼす。

 だから、と心中で言葉を続ける。

 一か月前の自分に戻ろうと決める。

 感情でありすに関われば自分も同じように正気を失うかもしれない。生死にかかわる。

 感情を持てば冷静な思考が出来ない。それによって被害を出る。

 だから、ありすとは距離を置いて利用する立場でなければならない。

 ”死んでも離れない”

 その言葉が脳裏を過った。そういったのはオリジナルのありすだが。クローンのありすもまたその思いはあったはずだ。

「言葉通りだな、本当」

 死んでなおもクローンが脳裏を過り、オリジナルのありすと自分を結びつけて、以前の自分にもどさせまいとする。

 無言で、義頼は立ち上がり土を払った。

 ありすと離れることはできない。物理的にも精神的にも。

 その中で最善とは何か?

「冷静さを欠かず、死なないように立ち回ればいい」

 言い聞かせる。そうしていなければいけない、と。

「いつも通りで、大丈夫だ」

 そうすれば自分を保てる。彼女の死も無駄にならない筈だ。彼女はこのままの自分を見ていたのだから。

 そうやって自分と相手を騙して、生きていくしか自分にはできないのだから。

 頬に雨が当たる。

「……帰るか」

 当面はありすとの夕食と翌日の遊びで昨日今日のことを悟られないように立ち回らなくてはいけない。

 小雨が降り始める中、義頼はその場を後にした。

 



 ”彼らのその後”

 翌日。義頼はありすと駅で待ち合わせて遊園地へ。天気にも恵まれて客の入りも多い。

 義頼の服装はいつものフォーマルなものではなくジャケットにジーンズとカジュアルなもの、色に関してはいつも通りモノトーンである。

 ありすは銀髪を二つに括り青を基調としたパーカーに短めのスカートと動きやすい格好、ここでも変わらず人の目を引いていた。

 ありすは義頼の心境など露知らずいつもと違い遊びに来ているという状況を楽しんでいるように見える。

 こうして冷静に見れるほどの自分を義頼はすでに取り戻していた。

「はぐれるなよ」

 義頼はそれだけいうとありすは待ってましたとばかりに腕に絡みついてくる。

 どういってもくっついてくるので振りほどくことはせずただ、肩をすくめれば混まないうちに食事を済ませるためにフードコートへと向かった。早めの時間ということもあって席には余裕はあるのは前回経験済みのものだ。

 前回と同じようにホットドッグのセット、二人で同じものを食べてゲームセンターへと向かう。

 ゲームセンター内の人の入りは少ない。休憩所や、待ち合わせの暇つぶしに使う人の姿が見られる。さほど待たされることはない。

「やりたいもの、あるか?」

 ぶっきらぼうに、いつも通りにたずねるとありすはUFOキャッチャーへと向かう。そこにあるのは以前、”彼女”に渡した人形と同じものだ。

 予想はしていたことだ、動じることはない。

 奇しくも、同じように一回失敗しての成功、渡せば、愛おしそうにありすはそれを抱きしめた。

 その姿は彼女のそれと同じで僅かに胸が痛んだ、そんな気がした。

 だが、それでも義頼は決してその感情を表に出さない。

「ありがとう」

「別に、いい。食休みは十分だろ? 次に行くぞ」

 ありすからの言葉を避けるように向かう先はジェットコースターだ。長蛇の列を並ぶ間もありすは話しかけてくるがいつも通りの返しをするだけだ。

 ジェットコースターでは特にありすは怖がることもなく終始笑顔だった。

 コーヒーカップでありすに勢いよく回すように促されればその通りにする。

 お化け屋敷にいって怯えればありすに笑われて。

 細部が異なるが、あの時と同じように、ありすは楽しんでいる。時間の使い方はいつもより多めにとっている。夜の花火のためだ。

 そこでありすを満足させれば、ここに近づくことはない。やがて、彼女の記憶も風化していく。

 そのままの流れで観覧車へと向かう。夕日の中、二人っきり。

「……景色、きれいだね」

「そうだな」

 会話が止まれば静寂が訪れる。遊園地の喧騒も実際の距離以上に遠くに感じられる。

 どうにも、ありすとのこういう空気は苦手だ。ありすから話しかけられればまだ応じようもあるがこうなるとただ、居づらい。

 無言のまま数分経ったところで唐突にありすが口を開く。

「伊能さん、何か隠してる?」

「……どうして、そう思う?」

「なんか、いつもと雰囲気が違う気がしたから」 

「気のせいだ」

 観覧車が頂上へと差し掛かるタイミングで日に雲がかかった。

 視線の先にいるありすに影が落ちた。

「本当に?」

 じっと見る目は義頼を疑うものだが、冷静に返す。

 ――知らないうちにどこかで感づかれる要因があったか、それとも、ただの直感か。

 真っすぐに義頼は見据えて返せば、そっか、と笑んで。

 まるでその話がなかったかのように話を続ける。

 今日の話、これまでの話、これからの話。それらを楽しそうに話してくれている。それは、年相応の子どもの姿だ。

 ――彼女と同じように命を懸けるほど、自分を思っている。

 だが、ありすのそれは正気ではないことを義頼は知っているのだ。  

 だから、ありすに余計な感情は向けない。向けてはいけない。

 ただ義頼は、ありすを都合のいい助手として扱うだけだ。

 観覧車を降りて土産を選びに店へと足を運べばありすに土産を選ばせて自分は入り口で待つ。

「伊能さん、これ!」

 持ってきたのはイルカのストラップだ。ありすの持ってきたそれは彼女がもってきたものとは色が違うものだ。

 ――彼女との違いを、示すものだった。ただ、それを示したところでいない人間に対しては既に意味はないものだが。

「俺に土産を買ってどうするのだか」

 肩をすくめつつも会計を済ませればスマートフォンに取り付ければありすはに笑みを浮かべた。

「この後、花火も一緒に見てくれる?」

「……まあ、一日付き合う約束だからな」

 再度、腕へと絡みつくありすにため息をつきつつ。日が暮れつつある遊園地の中庭へと足を向けた。

 はたして、今の自分が正常か、それすらも義頼は分からなくなっていた。

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うちのおかしい助手の話 三河怜 @akamati1080

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