行商人は出没する。

果糖

第1話戦場の行商人(偽物の値段)

戦場の行商人

偽物の値段


 砲弾が地面を抉り、銃弾が雨あられと降り注ぐ。ミサイルが森を焼き、地に癒えない傷を残す。

 その傷は、いつかは戦争の醜さをつたえるものとなるのだが、今そこに直面している人々にとっては、危険なものとして以上の認識は必要なかった。

 そこは、戦場だった。人の歴史がある限り、大小の違いこそあれど、常に存在した、もしくはしている出来事。

 侵略戦争、民族戦争、受験戦争、そして宗教戦争。

 そして、これからもなくなることは無いだろう。


「軍曹おぉ!」

「なんだ! 伍長おぉ!」

 とある最前線の戦場で、二人が叫び声を上げた。別に好き好んで叫んでいるわけではない。機関銃の音がうるさ過ぎるので、叫ばないと声が聞こえないからだ。

「もうだめです!」

「わかってる!」

「撤退しましょう!」

「どこにだ!」

 現在、彼ら二人は敵から包囲され、逃げ道を完全に封じられていた。

 味方は次々と倒れ、戦うことが出来るのは彼ら二人のみで、銃弾も底をつき始めていた。

 残された道は玉砕するか、もしくは投降するか。

 しかし、どちらを選んでも最終的にたどる道は同じだ。投降した所で、適当な理由をでっちあげて殺される。

 同じ殺されるなら、いっそのこと名誉を守るために玉砕するのも選択肢の一つではないだろうか。

 そんな考えさえも、軍曹の頭をよぎる。

「伍長! 俺が突破口を開く! その間に負傷兵を連れて脱出しろ!」

「出来ません! 軍曹! あなたを見殺しになんてできません!」

 熱血ドラマをやっているうちにも戦況は悪化していき、ロケット弾が、彼らの塹壕に打ち込まれる。

「伍長おぉ!」

「軍曹おぉ!」

 閃光が視界を真っ白に塗りつぶした。

 大きすぎる轟音を耳が拒否し、全ての音が消える。

 全てが、消えていく。

 ――しかし、いつまでたっても死は訪れなかった。

 おそるおそる目を開けてみると、そこには現実を超越した光景があった。

「どうも! こちらメフィスト行商サービスです!」

 白いスーツ姿の怪しげな女が、二人の目の前に立っていて、ロケット弾を傘で弾き飛ばしていた。まるで、ロケット弾など雨粒と同じとでもいわんばかりに。

非常識にもほどがある。

「要求さえあれば不倫現場から戦場まで、人類最強の行商人、ここに参上です!」

「「・・・・・・・誰?」」

 軍曹と伍長の声がハモる。

「だから、行商人ですって。知りませんか?」

「いや、行商人がどういうものか知ってはいるが、こんなところで物干し竿とかを売られても困るんだが?」

 戸惑いながら軍曹が口を開く。

そもそも、完全に包囲されているここまで、どうやって来たのだろうか。

「この世界のどこに戦場で物干し竿を欲しがるっていうんですか? 全く、非常識な人ですね」

「お前が言うな!」

 まったく、困ったものだ。とでも言わんばかりにスーツ姿の女は肩をすくめた。

 そして、汚れどころかシワ一つ無いスーツのポケットから名刺を取り出した。

「わたくし、行商人の――」

「そういう問題じゃありません!」

 伍長が叫んだ。それと同時に、砲弾が近くに着弾する。

 衝撃波が二人を吹き飛ばす。あたかも突風に舞い上がる紙切れの様に。

「軽いだけに良く飛びますね、命の価値が。さて、分かっていただけたようで、早速商談に入りたいのですが、よろしいですか?」

「・・・・・・あんた・・・・・・人の話、全っ然聞いてないだろ」

 そして、全く立ち位置を変えずに涼しい顔をしているスーツ姿の女。おかしな位、スーツに汚れ一つない。

「そんなことしている場合か!」

「こんな時だからこそ必要なんじゃないですか」

「何で砲弾の衝撃受けて無傷なんだよ!」

「勿論、この傘で」

「どんな傘ですか!」

「ケプラー繊維で作られていますから」

 にっこりと女は微笑むが、そもそも傘で砂埃をさえぎることは出来ても、衝撃波は防げない。

仮に衝撃波を傘で防御しても、腕に衝撃波が伝わり、要するに耐えられるはずは無い。

「う~ん、商談をするには少しうるさいですね」

「なぁ……あんた、ここが戦場だって事忘れているだろ」

 女は、先ほど砲弾が飛んできた方向に傘の先端を向ける。そして、傘の柄に付いた引き金を引いた。

 どかががっ!

 傘の先端から連続して榴弾が吐き出され、遠くでこちらを狙っていた戦車をことごとく破壊した。

 爆音が遅れてこちらに届く。

「さて、商談に入りましょうか」

「何だ今のは!」

「ごく普通の最新兵器ですが、なにか?」

「最新兵器なんて言葉で物理法則を無視するな!」

 女は軽く傘を振って、普通の日傘のように差した。傘自体はそこまでごついようには見えず、というより、太さは榴弾より明らかに細い。

「さて、商談に入りましょう」

「ふざけるな!」

「やめてください、軍曹! 何だか、まともに対応すればするほど相手のペースに乗せられているような気がします!」

 伍長は軍曹の腰に抱きついて、必死になって伍長をなだめた。その時になって、軍曹は自分が今、戦場のど真ん中にいることを思い出した。

 咳払いをして、軍服を軽く整える。

「で、商談とは一体なんだ?」

「勿論、兵器ですよ。戦況を一発でひっくり返す超兵器

をいくつも用意しております。例えば……」

 カタログをブリーフケースから取り出すと、女はあるページを開き二人に見せた。

 そこには、40m近い巨大な砲台が載っていた。

「これは?」

「列車砲ドーラ。全長42m、総重量1500tで80cmの砲弾を発射できる史上最強の砲台です」

 列車砲ドーラについては、伍長も聞いたことがあった。かつて、某帝国が堅牢な要塞を攻略するときに活躍したらしい。

「輸送にはどれくらいかかる?」

「お取り寄せには、30分程度かかります。現在は在庫セールス中なので、一機あたり1万$となっております」

「安い!」

 普通だったら、確か桁がもう一つか二つ上のはずだ。

「ただ、問題が……」

「問題?」

「ええ、近距離の命中率が限りなく低く、1時間あたり3発くらいしか撃てないこと、回頭速度が限りなく遅いこと、そもそも3発も撃ったら銃身を交換しなくてはいけないことが問題点となっております」

「使えるか!」

 今、伍長たちは完全に包囲されている。

とてもじゃないが、そんな状況で連射速度の遅い砲台なんて使えるわけない。

「じゃあ、こちらはいかがでしょうか?」

 ぺらぺら、と女はカタログをめくり、あるページを二人に見せた。

 そこには、パラボラアンテナを厳つくし、巨大化したようなものが載っていた。

 さすがにこれは、兵器には見えない。

「これは?」

「怪力光線という兵器です」

「伍長、聞いたことあります?」

「あるわけないだろ」

 伍長は何度か首をひねり考えてみたが、全く心当たりはなかった。

「これは、旧日本軍が開発した兵器でして、マイクロウェーブを敵兵に照射することで、対象者を電子レンジに入れたようにして殺せる画期的な兵器です」

「電子レンジ?」

 なんだか庶民的で、強そうには聞こえない。

「十秒間ほど相手に照射すれば、確実に倒せるレベルですよ」

「凄いですね、軍曹!」

 確かに、凄い。だが、なんだかまた問題があるような気がするように軍曹には思えてしかたがなかった。

「しかし、少し問題がございまして」

 やっぱり。

「指向性は持たせてあるのですが、それでもいくらかは周囲に拡散されてしまい、装置の近くに居る味方さえ問答無用に殺してしまうのが難点でして・・・・・・」

「大・問・題・だ! 味方を殺してどうする!

「まぁ、そこはあれですよ。欠陥兵器ですから」

「んなもん売りつけるな!」

「そう言われましても、こんな前線に送られるような方々に、高価な最新兵器の代金を一生かかっても払えるとは・・・・・・」

 もっともではあるが、命をかけている側からしてみればそんな都合を言われても、たまったものではない。

「国に請求すれば良いでしょうが!」

「不確かな1万円より確実な100円が、我が社のモットーでして」

「なんだか、まっとうな職に就いている人間みたいな台詞だな」

「私はまっとうなサラリーマンですよ」

 まっとうなサラリーマンは戦場に来たりはしない、という言葉を、伍長と軍曹は飲み込んだ。

「では、今度はこちらの商品はいかがですか」

 再びカタログをめくり、あるページを指した。

「これは・・・・・・なんだ?」

「では、今度はこちらの商品はいかがですか」

 再びカタログをめくり、あるページを指した。

「これは・・・・・・なんだ?」

「クラタス(偽)です」

「クラタス? なんだそれは?」

 カタログのページには巨大な四本足のロボットが直立していた。

「純日本産の巨大ロボットです! 本来は武装がおもちゃ程度しかないのですが、これは偽なので、なんと実銃を装着しております! さらにディーゼルエンジンとバッテリーのハイブリット駆動と至れり尽くせり!」

「おお! 使えるのか!」

「伍長、これはもしかするかもしれませんね!」

「ただ、タイヤ駆動なのですが重量とサイズの関係から荒地ではほとんど動けません。油圧シリンダーのおかげでパワーはあるのですが……」

「また微妙な……」

「ちなみに、有人操作で操縦席は鉄板一枚で区切られております。戦車と比べたらまさに紙切れ同然ですね」

「死ねって言ってるのか? おい」

 こんな大きな的で戦場に出ても、単なる的以外になれるとは到底思えない。

 もしかしたら、敵兵を呆れさせることは出来るかも知れないが、次の瞬間蜂の巣だろう。

「もう少しまともな物はないのか?」

「では、こちらはいかがでしょうか。ドラ●もん(偽)です!」

 女は、あるページを指差す。

「またか! また(偽)なのか!」

「もちろん、パチモンだからですよ。こちらにも著作権とか色々とありまして」

「?」

 そのページに載っていたのは、青いカラーリングの、ネコ型(タヌキ型)の、球を組み合わせたようなロボットだった。

「とある科学者が過去を変えるために作り上げた、人類堕落究極兵器です!」

「で、今度はどんな問題点があるんだ?」

「そうですね、ネズミが苦手で平和主義者、ちょっとうっかりさん、強そうに見えないので、味方の戦意を下げる、どら焼きが大好物」

「役に立つか立たないかわからんな・・・・・・」

「最後のは問題点というよりたんなる好みでは……」

 伍長も軍曹も、世界的に有名なその姿には見覚えがあった。しかし、とてもじゃないが強そうには見えない。 

 しかし、曖昧だがこのロボットは地球を砕く力をもっていたような気もする。

「どうします、伍長?」

「このままでは、どのみち敗北は避けられないだろう・・・・・・」

 さて、どうするべきか・・・・・・・

「あ、ちなみに四次元ポケットの中身は別売りとなっております」

「そんな役立たず使えるか!」

「では、こちらの究極やさぐれ人型決戦兵器はいかがでしょうか?」

「これは・・・・・・なんだ?」

 そこには、頭に円錐形の奇妙な角を二つほど付けた、ビキニパンツの少年が載っていた。

 怪しさで言うならば、さっきの二つよりも3割増しくらいだ。

「こちらはの方は通称アト○くんと申しまして」

「もういい、何も言うな。だいたい予測できる」

「原子炉を搭載していて、ほぼ永久に動けるのですが、周囲に放射能をまき散らすという――」

「だから言うな!」

 突如、耳をつんざく爆音と共に、近くの塹壕が文字通りえぐり取られた。

「軍曹! 敵が反撃を再開しました!」

 先ほどの女の射撃で反撃はしばらく止んでいたが、それは戦力をここに集中させるためだったらしい。

 なんだか、攻撃が5割増しくらいになっているような気が、しないでもない。

「ホント、うるさいですね」

 女は、今度は軽く傘の柄をひねった。

 物騒な機械音と共に傘は形を変えていき、あっという間に巨大なミサイルランチャーになっていた。

 そして、次々と打ち上げられる破壊の花火。

 爆音。

 悲鳴。

「なんだか、カタログに載っている兵器よりもあの傘の方が強い気がしません?」

「俺は物理法則を堂々と無視する気にはなれない。多分あの女も、実は人間じゃなくて悪魔なんだ。それなら物理法則を超越している説明もつく。きっと、戦争で人を殺しすぎた俺たちを地獄に連れに来たんだ」

 伍長も軍曹も現実逃避を始めた。さすがに何度も現実離れしたことが起きると、平静を保つのも難しくなる。

 そして、現実逃避の原因である女は、

「あははははははは!」

 高笑いしながらミサイルを撃ちまくっていた。弾薬はどうしたんだろうという疑問さえ、些細な気がしてくる。

「神様、頼むから何とかしてくれ・・・・・・」

「神様、どうかお助け下さい!」

「あれ、あなた達は○○教徒なんですか?」

 女が高笑いをやめて、こちらの方を向いた。手には、もう見ただけでは一体何なのかわからない鉄のかたまりが握られている。

「いや、俺たちは××教徒だ。○○教徒は敵側」

「なるほど・・・・・・もしかして、この戦争って信教の違いだったりします」

「ええ、といっても僕らは○○教を否定してるわけじゃないんですけど・・・・・・」

「なるほど、上の方々の利権争いですか」

「正解かもしれんが、口に出さないでくれ」

 たかが宗教、されど宗教。実際の所、戦争は泥沼化して何年も続いていた。

「よろしければ、神様をお呼びしましょうか」

「頼むから、もう何とかしてくれ!」

「ええ、何とかしましょう」

 携帯電話を取り出すと、女はどこかに電話をかけた。通話時間は短く、10秒に満たなかった。

「これですぐに神様は来ますよ」

「信じて良いんでしょうか?」

「ダメで元々だ。もともと、この女が居なかったら俺たちは一番最初の砲撃で死んでるはずだったんだ」

 二人は、手を合わせて祈り始めた。

 助けて欲しい。

 なんとか命だけは。

 自分の命はいいから、せめて味方の命だけは。

 

 突如、荘厳な音楽が頭の中で鳴り響いた。

 空が光に包まれ、そこから神々しい何かが舞い降りてきた。

 砲撃はやみ、敵味方関係なく、その何かを見つめた。

 その何かがどんな年齢なのか、それどころか、男か女かさえわからない。

 ただ、それでもここにいる全ての人が悟った。

 アレは神だと。

 それは、何かをするわけでなく、そこにいた。

 何故だか、涙が流れてきた。

 理由は分からないが、ありがたい気持ちになった。

 そして、それは天へと還っていった。


 戦闘はもう終わった。

 誰もが戦意を失い、銃を持とうとする者はいなかった。

 無線機から、軍からの重大発表があった。それは、戦争の終結宣言だった。

 伍長と軍曹はまだ知らないが、神様を見たのは戦場にいた人間だけではなかった。

国に住む全ての人間が、神様を見ていた。

もう誰もが戦争に意味を見いだせなくなったのだった。

「伍長」

「なんだ」

「もしかして、あの女は天使だったんでしょうか?」

「かもな」

二人は地面に座り込み、タバコを吸っていた。

負傷者は救援部隊が本国に輸送したが、彼らは車両がいっぱいだったので待ちぼうけというわけだった。

 空は青く、ついさっきまで戦闘があったなんて信じられないくらい綺麗だった。


「ところで」

「「うわ!」」

 いきなり話しかけられ、二人は小さく飛び上がる。声のした方には、白いスーツ姿のあの女がいた。

 相変わらず、汚れ一つないスーツ姿だった。

「なんだ、あんたか。一体何の用なんだ?」

「もちろん、代金をいただきにですよ」

「俺たちは何かあんたから買ったか?」

「ええ」

 女は、満面の笑みを浮かべて請求書を伍長に渡した。

 そして、傘をさした。くるくると日傘を回している

「幻覚を引き起こす毒物と、疑似的な多幸感が得られる覚せい剤を霧状にして散布しました。脳のシルビウス裂に刺激を与えることで多幸作用を引き起こせるんです」

 請求書には、こう書かれていた。


商品名 神様

価格 $20000(消費税込み)

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行商人は出没する。 果糖 @kato_sugar

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