一周年記念「衣装決め」
「……おい、アウィン」
「お兄ちゃん、動かないでください! 今はわたしが、お兄ちゃんの“でざぃなあ”なんですから!」
「アクセントおかしいぞ。お前、意味分からずに言ってんだろ」
「そうなんですか!? って、と、とにかくわたしは今、お兄ちゃんの“繭ちゃん”なんですっ!」
何言ってんだ、こいつ。
まあ、大体は予想がつく。
大方、いつも自分の衣装を作ってくれる繭の真似事がしたいんだろう。
発端はいきなり届いた謎メール。
何が“君達を多くの人達に知って欲しい”だよ。
“やーつべ”だか“ゆーつべ”だか知らないが、俺達のことを動画で撮って全世界発信するなんざ何のメリットがあるってんだか。
しかも、俺達はただゲームしてるだけでいいと来たもんだ。
そもそも、このメール、送り主の名前からして怪しい。
“ろいらん”ってのは誰だ? 運営の一人か? それとも、全く別組織の人物か?
恐らく運営だと思うんだが、返信することもフレンド登録することも不可能なんだよな。バグだろうか?
まあ、何かのイベントだろうし、報酬も良さげだ。
行って損することもないだろ。
「お兄ちゃん、こんなのはどうですか!? うーん、地味すぎかなぁ。それじゃ、こっちは! ……イマイチですね」
「衣装なんてどうでもいいだろ。ローブで十分だ」
「お兄ちゃんのそういうところ、治した方がいいですよ?」
呆れられた。何故だ。
衣装ってことは、装備と違ってステータスに変化はない。
そんなもん、視界を阻害するかどうかの差でしかないだろうに。
アウィンは何とも楽しそうに店の中をクルクル走り回っている。
時折ぱぁっと表情を明るくさせ、俺の方をチラッと見た後、満足そうに衣装をストック。
お前それ何回目だよ。
どうせまた、俺へと服を当てた後戻すんだろが。
「今度は自信アリですっ!」
「あーはいはい。次も楽しみにしてますねー」
「むぅ。ほんとのほんとに似合いますよっ!」
「だといいがなー。でも、自分のはいいのか?」
「え?」
アウィンの手が止まる。
その手にあるのは男物の服ばかり。
俺の衣装を選ぶのはいいが、自分の分も一気に見た方が効率いいだろ。
「わ、わたしはもう決めてるので」
「なんだ、珍しい。んじゃ、持ってきてくれ。スクショしたのを見せて似たようなものを作って貰わねえと」
「い、いえ! その、もう作って貰ってありますから」
……ん?
それって一体、どういう……。
いや、待てよ。
そういえば、こんなこと前にもあったな。確か、クリスマスイベントの時だ。
その時にもこうやって、二人で服屋に来たんだった。
「あぁ、あの時のやつか」
「わたしのお気に入りですっ! 色んな方に見てもらうのなら、あの服がいいですから!」
確か、青系の服だったよな。
ドレスっぽいものを選んだ覚えがあるが、さすがに繭も同じものは作れなくて似たような服になったんだった。
淡い水色のケープに、それと比べて少し濃い、青のワンピース。
胸の前に白いリボンがあしらわれていたはずだ。
アームカバーだっけか? あれも着けてた気がするが、何色だったか……。
「ねえ、お兄ちゃん、ちゃんとこっち向いてください!」
「ん、ああ、悪い。で、今度はこの服か?」
「はい! んーと、トパーズさんの角が黄色なのでその色をどこかに入れたいんですよね」
「できそうなのは、鞭を装備するためのベルトぐらいか」
鞭を使う機会なんて滅多にないが、見た目としてはインパクトあるからな。
……とりあえず、今装備してる鞭は持っていかないようにしよう。おどろおどろしいし。
さすがに、この腕輪は必須だよなあ。
繭によって、黒くテラテラと光るようになっているが、言えば少しの間別の色にさせてくれるだろうか。
「うん。うんうんっ! ほら、やっぱり今回は自信作でしたっ! お兄ちゃん、似合ってますよ!」
「おぉ、ついに終わったのか。んじゃ、スクショ撮って帰るかー」
「繭ちゃんに見せるんですね!」
「いや、それが今回の場合、違うらしい」
そう、このイベントでは、繭ではない他の職人が俺達の装備を手掛けるらしい。
アウィンの衣装も、きっとその人の思うものに変わるはずだ。
まあ、似せてはくれるだろうし、大きく変わることはないだろ。
「どんな人なんですかね?」
「青猫って名前らしいな。獣人か? 性別は女らしいが」
「青猫お姉さんですね! 何だか早く会ってみたいですっ!」
「落ち着け、アウィン。イベント開始にはまだ半年あるんだ。最初から飛ばしすぎると息切れするぞ」
まあ、その青猫とは、すぐ会うことになるんだろうが。
メールアイコンを選択し、文面をもう一度確認する。
イベントが始まる前に、青猫と会い装備を確定させる、ねえ。
わざわざ開始前に装備を決めるとは。このイベントでは装備が重要なんだろうか。
後は、青猫の簡易情報か。
書いてあるのは名前、性別、職業のみ。
“名前:青猫”。“性別:女”。
ここまではいいんだ。ここまでは。
問題は、最後の職業。
“職業:ゆっくり実況者”。
……謎だ。
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「お兄ちゃん! 早く、早く来てください! オッドボールがおかしなことになってます!」
資金集めの帰り道。先にギルドへ入っていったアウィンが何か騒いでいる。
入ってすぐの店部分は特に変わっていない。何かがあったとすれば二階か。
そういえば、今日は例の動画配信イベント開始日だったな。
後々発表された全プレイヤー共通のイベントもちょうどこの日からだったようだし、やはり、“ろいらん”とかいうやつは運営っぽいか。
ちなみに、ラピスとトパーズはいない。
衣装を仕立てている“青猫”というプレイヤーの元へ出張中だ。
まあ、その内戻ってくるだろ。
「お兄ちゃん! 早くぅっ!」
「だから、俺はお前の兄じゃないって何度言えば……何だこれは」
「ち、違いますよ!? わたしが帰って来た時には既にこうなってて! わたしが何かやらかした訳じゃないはずです! そ、そうだ、これ!」
慌てるアウィンから受け取ったのはメモらしきもの。
ここに置いてあったのだろうか。差出人は繭となっている。
繭はずっとこのオッドボールに引きこもっているし、これを読めば大体の状況を掴むこともできるだろう。
どうやら、俺達のゲーム実況イベント「極振り好きテイマーがゲーム実況した場合」は波乱の幕開けとなったようだ。
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