第百十七話「チンチクリンの脱走」

「あれ、お兄ちゃん、どうしたんですか?」

『ん? なんで旦那がこっちに戻って来てんだ?』


 つい先程、せっかく会えたフェアリー達を置いて森の中へ飛び去ったチンチクリンを見た。

 何を思ってそんなことをしたのかは分からないが、追いかけない選択肢はない。

 で、急いで駆け戻ったのだが……。


 それが、いけなかった。

 うん、咄嗟の判断だとリアルの癖が出てしまうな。

 走ったらむしろ遅いとか、ほんと不便すぎる。


 チンチクリンの行方を目で追い続けていたから気付くのに少し遅れてしまった。

 頭では全力で走っているのに、風景はほとんど変わらないって気持ち悪い。


 それもあって、チンチクリンを見失ってしまったんだが……。

 ま、とにかく飛んでった場所に向かおうと、後方へ、つまりトパーズ達のいるところへ歩いてきた訳だ。

 やっと、フェアリー達の近くまで進めたってのに、チンチクリンには説教が必要だな。


「ちょっと、気になることができたからそっちへ向かう。トパーズとアウィンは作戦を継続しててくれ」

『んだよ、まだ角でつっつき続けなきゃなんねえのかよー』

「わかりましたっ!」

「ああ、それと、アウィンはもうちょっと扉へ行くまでねばっててくれ。マップを確認する余裕があるかわからん」

「……お兄ちゃん、何しに行くんで」

『おい、アウィン! 蜂がめっちゃ来てんぞ!?』

「わわわぁ!? 逃げなきゃー!」


 アウィンが駆け出すと、徐々に大きくなっていた羽音が別方向へ流れていく。

 もちろん、アウィンの姿は既に見えない。

 やっぱ速いな。俺がそうさせたんだが。


 トパーズもなんだかんだ言いながら、自分の仕事はこなしてくれるはずだ。

 また、どっかのタイミングでスカッとできるいい突撃場所を提供しなきゃいけないな。

 こいつのレベルが上がる度に満足できるレベルも上がっているのが辛いところだが。


ご主人様マスター、ワタシ達はどう致しましょうか』

「ああ、ターゲットを取ってくれてたラピス達だな。悪いが、半分は俺と一緒に来てくれ。もう半分はとりあえず、そのままトパーズにくっついてて貰えるか」

『『『『では、ワタシがご主人様マスターのお供を』』』』


 おおう、ちょっと待て、全員で喋るな。

 頭の中に同じ声が何重にもなって聞こえたぞ。

 MP切れの時とはまた違う頭の痛みが……。


 で、当のラピス達はと言うと、ワタシがーとか、アナタがーとか、ますます頭の痛くなるような話を続けている。


『だから、ワタシがご主人様マスターに同行すると言っているではありませんか』

『ワタシはアナタでもあるんです。それなら、ワタシが行っても不都合はありませんね?』

『アナタが行くのなら、ワタシが行きます。ワタシはアナタでもあり、アナタはワタシなのですから』

『それでは、行きましょうか、ご主人様マスター

『『『そこのワタシ! 抜け駆けは許しませんよ!』』』


 二重の意味で頭いてぇ……。

 こちとら時間ないってのにいつまでこの無駄な問答をするつもりだ。

 そろそろ、ワタシがタワシに聞こえてくるぞ。


『ですから……』

「はい、ストップ。こっからこっちのラピスは俺についてこい。他はトパーズの方だ」

『『はいっ!』』

『『そんな……』』

『何気に酷くねえか、ラピス姐。そんなにオレが嫌かよ』


 半分のラピスは丸くなり、明るい青に。

 もう半分のラピスは地面に広がり、暗く沈んだ青色へ変わった。


 ほんと、スライムの表情はわかりやすい。

 目らしき部分がありはするが、それよりも体表の変化を見れば一目瞭然。

 粘度と光の透過具合でラピスの気分がわかる。


 最初の頃よりも大分、見分けられるようになった気がするな。

 今、俺の頭から下りてきた、ずっと一緒にいたラピスは張りも強く、水色に近い。きっと得意気なんだろう。


 ラピスが一つにまとまるのを待ってまた歩き出す。

 少し、想定以上に時間を取られてしまった。

 今からチンチクリンを追いかけたところで見付けられる可能性は低いだろうなあ。

 とにかく、行ってみないことにはわからないが。


「どうだ、ラピス。チンチクリンはいるか?」

『現在は未発見です。さすがにもう遠くへ行ってしまったのでは……』

「だよなあ。やっぱ、こんな時DEX素早さが初期値だと……ん?」

『どうされましたか?』


 カマキリや蜂に見付からないよう、姿勢を低くしつつ移動中。

 どうせ立ってても走れないんだし、しゃがんで移動した方が都合がいいことに気付いたのはトパーズと別れてからだな。


 で、コソコソとチンチクリンの向かった方向へ動いていたんだが。

 今、向こうの方にある木の近くにあった光の玉が急に移動を始めたように見えた。

 フェアリーは魔法で光の玉に擬態することができる。

 例のハーピーが近くにいると磨かれてしまうから忘れていたが、いないのなら光の玉になっていてもおかしくない。


 木の近くにいたのは、また木と会話でもしていたんだろう。

 そしてまた、どこかへ飛び去った。

 何が目的なんだ?


「なんにせよ、見付かったなら呼び戻さねえと。こんな敵がウヨウヨいるとこに行ったらすぐ死んじまうぞ」

『この周辺はワタシ達が引き付けているので問題ありませんが、その外へ行ってしまうと攻撃されかねませんね』

「ラピス、お前がチンチクリンを呼んでくれ。俺だと声が響いて敵に気付かれる」

『承知致しました。ヒメさん! 戻ってくださいっ!』


 ラピスには呼び続けてもらうとして、俺はチンチクリンをまた追いかけないといけないな。

 これだけ時間がかかってもチンチクリンを見付けられたってことは、木への話が長いか、聞きたいことが聞けていないかのどっちかだ。

 そう簡単にどこかへ行ってしまうこともないだろうが……。


 問題は俺の目の前に浮かんでいるコイツら。


「お前……じゃねえよなあ。こういう時、ハーピーがいれば手当り次第にやってくれるんだが」


 手の届く位置に来た光の玉に触れると、淡く光ってはかなく消えた。

 そんな光の玉が見渡す限りに広がっている。


 判別方法は、チンチクリンが移動する一瞬のみ。

 ほんとにあいつは手間取らせやがって。

 捕まえたら説教の時間を倍にしてやるからな。

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