第百九話「森の住人」

「ふむふむ、寄り木のカナンさんが言うには、千樹のドルク爺にみんなが集まってるんだね! 始まりの子達は大丈夫? そっか! なら、安心っ! え? もー、十字のラズさんまでー。さっき、三粒のラズさんや背伸びのケヤックさん、あと赤い実のケヤックさんにまで言われたよ!? こんな時にそんな冗談は面白くないよー」


 チンチクリンが話している。

 いや、そうするよう説得したのは俺だ。紛れもなく、俺がさせた。

 だが、この光景は……。


『お、おい、あのちっこいの、一人で楽しくお喋りし始めたぞ。ついに頭ぶっ飛んだか?』

『ヒメさんの前に生物らしきものは見当たりません。トパーズの言うように、ヒメさんに異常があるのか、あるいはこの世ならざるものか……』

『ラ、ラピス姐!? ユーレイか!? オバケなのか!? あ、ああ、あいつの目の前にいるってのかラピス姐!?』

『……トパーズ、まさかアナタ怖』

『怖くなんかねえしっ!?』

「問題ないだろ。ゴースト系なら、魔法が効くはずだ」


 確か、冒険者ギルドでクエストを確認した時、ローツ西エリアには敵モブとしてゴーストがいるって情報があった。

 このゲームにゴースト系のモブが存在するのなら、その上位互換がいてもおかしくない。

 目を凝らしても敵モブの詳細ウィンドウは出てこないが、幽霊の詳細なんて見れる方が違和感はなはだしい。そういう特性持ちってことなんだろうな。


 で、なぜ、俺達がこんな幽霊騒動を繰り広げているのかというと、お察しの通り、原因はチンチクリンにある。

 どうやったのかは知らないが、記憶を失っていたチンチクリンが突如とつじょ、『村が襲われてる!』と騒ぎ出したのが数分前。


 実際、フェアリーの里に俺を取り囲んだ数だけ自我持ちがいるのなら里が襲われることはほぼ確実。

 あの時のフェアリー達が戦闘のできるやつらのみを集めたものなら、非戦闘フェアリーの自我持ちが里にいる可能性もある。そうなると、もっと多くの標的がいることにもなるな。

 村が襲われるのは自明の理だ。


 もちろん、俺達はそれを阻止しにきた。チンチクリンの言うことを信じれば既に襲われてしまっているようだが、俺達が引き付けることで助けることはできるだろう。


 俺達はフェアリー達の鱗粉……じゃない、フェアリー達の命を助けたい。

 チンチクリンは里のみんなを助けたい。


 目的は一致している。

 チンチクリンの危機意識さえ高まれば、協力関係を結ぶのに時間はかからなかった。

 で、まずはその、遠隔地で起こっている状況を知ることができる不思議な能力で情報を得たいと思っていたんだが……。


『聞いてきたよー! そうそう、十字のラズさんがさー、また私のこと……あれ? どったの、みんな?』

『お、おおお、お前! 誰と話してんだよ! 不気味だろっ!?』

『誰ってそりゃー』

『やめろぉ! 言うなぁ! 怪談話なんざ聞きたくねぇーっ!』

『物理攻撃が効かない相手に滅法弱いですね、トパーズは』

「チンチクリン、村はどうだった。フェアリーはどこにいる?」


 トパーズは姿の見えない敵、物理の効かない相手が苦手なのか。

 姿が見えなければ突撃だってできないし、唯一の攻撃手段である物理を封じられたらどうしようもないしな。仕方ないのかもしれない。

 それに、ラピスも《物理無効》スキル持ちだし。だから頭が上がらないのか?


『えっとねー、村にある千樹のドルク爺のとに集まってるって! ドルク爺は堅いからねー。みんなも戦えるし、きっと大丈夫! うん、絶対そうだよね! ドルク爺なら安心だもんっ!』


 気丈に振る舞っているのがバレバレだ。俺達に対して明るく見せる意味なんてないだろうに。

 きっと、これはチンチクリン自身の問題。いつもと同じように天真爛漫なお転婆になることが一番平静を保つ方法なんだろう。

 俺達に不利益はない。俺達のことを考えての行動でもない。なら、俺から言うことも何も無い。


 ……言うことはないが、見ていて痛々しいのも事実。

 鬱陶しいし、さっさと解決してしまおう。


「チンチクリン、その“ドルク爺”とかいう奴のところまで、敵が少ないルートを見付けることはできるか?」

『んー、みんなに聞きながら少しずつ進んだらできるかも?』

「なら、その姿の見えない……なんだっけ? “ケヤック”とか、“ラズ”とかそいつらと話しながら進むぞ。ついて来させることはできないのか?」

『おい、旦那!? んなやつ連れていくとか正気じゃねえぞっ!』


 何言ってんだ。ゴーストが俺達を襲わないのなら、情報源は近くに置いといた方がいいに決まってんだろ。

 しかも、刻一刻と敵情報が更新されるのなら尚更だ。


 だが、当のチンチクリンは不思議そうな顔をしている。

 なんだよ、お前にしっかりしてもらわなきゃどうしようもねえぞ。

 それとも、なんか変なこと言ったか、俺?


『んーと……、見てわかる通り、十字のラズさん達は動けないよ? 当たり前じゃん』

「いや、俺達からはお前が誰と話してんのか姿が見えないからわかんねえよ。なんだ? 地面にでも埋まってんのか?」

『えー、うっそだー! 歩いてる時はちゃんと避けてるし、さっきも赤い実のケヤックさんの影に隠れてたじゃない!』

「は?」


 俺が、ゴーストを避けてた?

 それはシックスセンスとか霊感とかそういう類いのやつか? 無意識に感じ取って離れてたとか。


 だが、ゴーストなんぞの影に隠れた覚えはないぞ。しかも、“赤い実のケヤック”っつったらチンチクリンが村の現状を聞いてカマキリ達へと突貫しようとしてたとこじゃねえか。

 確かあの時は、その辺にあった木の影に隠れて……。


「……まさか」

ご主人様マスター、状況とフェアリーの発言から察するに、フェアリーと対話していたのは』

「木、だろうな」

『なんだ、やっぱり見えてるんじゃない!』


 言われてみれば、その節はあった。

 フェアリー達に襲われる前、周りの木がざわめき“入口のカプラ”から何かを伝えられていたはずだ。


 他にも、チンチクリンが恐らく死んでリポップした後、村がどうなっているか聞いたら“柵の向こうのチーク”が“三叉みつまたのチーク”に比べて日が当たらないとかいうなんの情報にもならないことを言われた。

 日が当たらないってのは家の日照権がどうのこうのって話だと思っていたが、チークってのは木のことだったのか。


 思い返せば、カプラやチーク、ケヤック、ラズには色んな二つ名らしきものが付いていた。

 これは、木の種類だけでは一本一本の木を区別できないからなんだろう。


「で、フェアリーは木と対話ができるって訳か」

『植物なら大体できるよ! って言っても、草花とかは産まれたばっかりだし難しいんだけど』

「木からどれだけのことがわかる?」

『木は森に住んでるんだよ? それも、ずぅっと前から! お隣さん達に聞いていけばなんだってわかっちゃうんだからね!』

「森の住人って、木が集まって森を構成してんじゃねえか」

『ヒューマンだって同じでしょー。集まって村や町になり、住みやすいように開発していく。木だって、集まれば林や森になるし、過ごしやすいように肥沃な土地へと一生懸命開発していくんだから!』


 なんと、チンチクリンに言い返されてしまった。しかも、完璧に。

 だが、その通りだな。この点では人も木も変わらないみたいだ。


『って、全部おばば……お母さんの受け売りなんだけどね。……みんな、大丈夫かなぁ』

「それは、お前次第だ、チンチクリン。俺達が敵に見つかれば対抗するすべは少ない。一瞬で死ぬかもわからん。だが、村に辿り着けさえすれば俺達が敵を引き付けてやるさ」

『えー。頼もしいんだか、頼りないんだか分かんないよー。でも、まっかせて! 頑張るから!』


 チンチクリンがコロコロと笑う。少しは陰りが消えただろうか。

 木に意志があるのなら対話は迅速にやって欲しい。んで、お年寄りは総じてお節介だ。

 ちょっと落ち込んでりゃすぐに見破って元気付けるための長話突入待ったなし。


 チンチクリンがさっさと情報を聞き出すため、できることはやって置かないとな。


『おう、旦那、そろそろそこらの木に聞いとこうぜー』

『霊的存在ではないと分かった途端に手のひら返しですか。さすがですね、トパーズ』

『別にそんなんじゃねえよっ!』

「あー、はいはい。んじゃ、頼むチンチクリン」

『りょーかーい! こんにちは、細身のラズさん! ちょっと、聞きたいことがあるんだけどね……』

『……くーかー』


 大きな情報アドバンテージは手に入れた。

 村へ乗り込む時は近い。

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