第百八話「百鬼夜行の先導者」
ギャリィ、ギャリギャリィ
キン! ガキン!
カッ、カン!
突如響いた神経を逆撫でる音。
それは、さっきまで距離があったはずなのに気が付いた時にはもう、すぐそこにまで近づいていて。
アウィン、しくじったのか!?
『ねえ、離してったら! 聞いてる!?』
『なあ、旦那。音、近くねえか? ってことはヤバい気がするぞ』
『
『くぁぁ……』
暴れるチンチクリンに、怯えるハーピー。
状況を理解できているのはラピスとトパーズだけか。
確かに、このまま音が俺達の方へ進み続ければ間違いなく危険へと晒されるだろう。
音に付随しているのは百鬼夜行。地獄だ。
それでも、違和感があった。
アウィンは今、一人じゃない。ラピスも付いているはずなのだ。
ただのミスじゃないとすれば……。
「……いや、俺達は動かない。このまま待機だ」
『はあ!? 頭イカれたか、旦那! あの音の鳴る場所には敵がうじゃうじゃいんだぞ!? そう仕向けたのは旦那じゃねえか!』
「いや、敵がいるのはあの音の鳴る場所じゃない。音の過ぎ去った場所だ。危険があるとすれば音が俺達の上を通過した時」
『……まさか、
「恐らく、もう一人のお前が誘導したんだろうよ。お手柄だ、ラピス」
ギリ、ギリィィィ
カンカンカン
音源が迫る。
聞こえるのは変わらず右方向。だが、さっきよりも近付いていることで方位の他にも分かることがある。
どうやら、あいつらは今樹の上を飛び渡っているようだな。音の出どころが俺達よりも高くに位置しているように聞こえる。
耳障りなギャリギャリ音、それとともに聞こえるいつもの柔らかい声。
「ほっ! とと、この辺りでしょうか、ラピスさん! ふむふむ、ここをお兄ちゃんたちが通るんですね。言われてみればなんとなくお兄ちゃんが近くにいるような……。あ、はい! すみません、追われてるんでしたね。行きましょう! えっと、お兄ちゃんの進行方向へウカイして反対へ……うがいするんですか?」
相変わらずだな、アウィンは。
ま、元気なのはいいことだな。今ここで風邪予防をする意味はないが。
少し離れた前方の木の枝に立っている、森の中で
だが、いつもと違うところもある。両手に持っている獲物はナイフではなく、“HP回復薬”。
アウィンは、しっかりと栓のされている三角フラスコ型のビンをおもむろに付き合わせ、そして。
ギギギ、ギャリギャリィィィ!
「うひぅぅー……。やっぱりこの音は寒くないのに寒くなっちゃう不思議な音ですねー。っとと、来ましたね!」
HP回復薬のビン容器を擦り合わせることで響き渡る例の不快な音。
それに連なるように新たな音も聞こえてきた。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
特攻蜂 Lv.38
△△△△△△△△△△△△
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
特攻蜂 Lv.40
△△△△△△△△△△△△
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
特攻蜂 Lv.38
△△△△△△△△△△△△
ローツの町北第二エリアの敵モブ、特攻蜂の羽音だ。
この音も神経にダメージを与えるような音ではあるが、それは一匹や二匹いる場合の話らしい。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
特攻蜂 Lv.39
△△△△△△△△△△△△
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
特攻蜂 Lv.37
△△△△△△△△△△△△
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
特攻蜂 Lv.41
△△△△△△△△△△△△
異様。奇怪。醜悪。
そして、湧き上がる恐怖。
大型犬ほどもある蜂が大軍でアウィンへと迫っていく……!
ここまでの量となると、聞こえてくる羽音はもはやノイズでしかない。
不快感を感じる間も無く防衛本能が逃げろと叫びだす。
だが、それはあの塊を恐怖の対象と捉える俺のような弱者の話だ。
「それでは、道順はお願いします、ラピスさん! 追いかけっこ再開ですっ!」
ビンを打ち鳴らしながら町盗賊が跳ぶ。
枝から枝へ、楽しそうに。
蜂の集団との距離はどんどんと離れていく。
一定の間隔が空けばまた。
キン! カカン!
ギャリギャリギャリ
ビンとビンの擦れ合う音が聞こえてくる。
この音の狙いは周囲の敵モブからタゲを奪うことだ。
このゲームには、手を叩けばほんの少しヘイトを稼ぐことができる仕様がある。
アウィンには手を叩きながら、この辺り一帯の敵モブを
アウィンの拍手はなんというか、ペチペチとかペシッペシッという音が似合うような可愛らしいものだった。
今はその可愛い要素いらねえんだけどなあ……。“アウィン親衛隊”の奴らなら喜ぶんだろうけど。
まあ、当のアウィンは本気で真面目にペチペチやってるから何も言えないが。
そういや、手を叩いて大きな音を出すのが絶望的に下手なやつもいたなー、なんて思い出しながらアウィンにHP回復薬を渡したのが少し前のこと。
順調にトレインできてるのはいいんだが、どっかでヘマしないことを願うばかりだ。
「アウィンは大丈夫そうだな」
『ワタシは
「結果的に俺達は助かったんだからいいだろ。謝るよりむしろ誇るべきだ」
実際、進路上にいたカマキリと蜂の団体はアウィンへとターゲットを向け、俺達の目の前からいなくなっている。
アウィンが来なかった場合はMPを大量に消費するか、回り道をしていただろう。
敵がいない今がチャンスだ。
「さ、移動するぞ。アウィンは里の方へと向かった。進路上に敵は少ないはずだ」
『なあ、旦那。このまま進んだら危なくねえか?』
「ん? なんでだ?」
『アウィンを追ってたのは蜂だけじゃねえだろ。後からカマキリや奇襲野郎だって来るはずじゃねえか。大量のカマキリと鉢合わせとかしたくねえぞ』
「あー、その点は多分問題ない」
『ワタシなら里へ進んだ後、また元いた場所へと戻りますね。あまり、進路上の敵を引き付けることはできませんが、タンクマンティスを進路から遠ざける必要がありますから』
トレインした敵はターゲットの進んだ道を同じように辿る訳じゃない。
その時その時で、ターゲットへと到達する最短経路を進もうとするはずだ。
アウィンの速度に全く追い付けないカマキリ達は距離が大分離れているはず。
そいつらが近付く前にカマキリ達のところへと戻れば俺達のところへ辿り着くことはないってことだな。
アウィンも進行方向へ迂回して反対へ行くと言っていたし、あっちのラピスも同じ考えなんだろう。
さて、当面の危機は脱した。
ここからはまたフェアリーの里へ向かって移動する訳だが……。
「おい、チンチクリン」
『い、今の、特攻蜂さんだよね? あんなにいっぱいの特攻蜂さんなんて見たことない……。あんなのがもし、もしも里を襲ったら……!』
「おっと、暴れるなよ。そのことで話がある」
チンチクリンの
今までも気になることはあった。
だが、今の状況では放っておく訳にはいかない。
さっき言っていた“赤い実のケヤック”。他にも“三叉のチーク”、“入口のカプラ”とか、それっぽい名前はちらほら出てきていた。
こいつらの正体は何なのか。もし、利用できるなら戦略の幅も広がる。
そのためにも。
「里を守りたいなら俺達に協力しろ、チンチクリン」
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