第百七話「行軍」
ギリリリィィィ
ギャリ、ギャリ
カン! カキン!
木陰に隠れながら頭と背筋にダメージを与える音に耳をすませる。
音の発信源は猛スピードで動いているが、方角としては……右手側か。
「よし、今のうちに行くぞ」
『なあ、この作戦マジで大丈夫なのか? アウィンのやつ、この後どうすんだよ』
「……」
『そこで黙るのか、旦那……』
いや、その、ほら。
今はフェアリー達と合流することが先決だろ。それに、アウィンは強い子、いや、速い子だ。
一応、ラピスの半分だって付いてるし、多分きっと、何とか耐えられる……はずだ。
現在、フェアリーの里へと近付こうとしている俺の隣にアウィンはいない。
見付けた敵モブを各個撃破しつつ移動していたのだが、里が近くなるのと同時にその密度が明らかに高まってきたのだ。
俺達は敵に見付かってしまうと後手にまわらざるを得ない。
相手の方が、こっちよりも優れている点が多すぎるんだよなぁ。
何より、タンカーとなる味方が皆無って、攻撃食らったら終わりなメンバーがいる癖に何考えてんだよ俺は。
チラ、と俺の体にくっついているラピスを見る。
予定ではラピスがタンカーだったはずなんだが……。
『
「俺はお前と同じスピードしか出ねえよ。これが全力だってラピスが一番分かってんだろが」
『またオレがぶっ飛ばすか!?』
「またストレス溜めてんのか」
『安心しな、旦那! カマキリのお陰で気分よく吹っ飛ばせるぜ!』
「どこに安心要素があるのか、俺には見当がつかん」
『トパーズ、あの移動方法は緊急時
まあ、吹っ飛んだ方が断然速いだろうが、見付かる可能性だって高くなる訳で。
最後にはフェアリー達から敵を遠ざけるため見付かる必要はあるが、出来るだけ多くの敵を引き付けたいしな。
『んー、よく分かんない話してるね。でも、あなたがウサくんに飛ばされてるの、見てて面白かったよ!』
「見世物じゃねえぞ、チンチクリン。誰のために急いでると思ってんだ」
『えー、でもさー。里がピンチだなんて信じられないんだもんなー。それより、アウィンちゃんの方がよっぽど』
『っくぇー!』
「っ! 隠れろ!」
咄嗟に近くにあった木の影へ身を潜める。
索敵はアウィンへとラピスを分けたこともあり、俺のところにいるラピスだけでは厳しい。
ハーピーはテイムモンスじゃないから頼らない?
んなこと言ってる余裕なんてない!
状況によりけり。なんて素晴らしい言葉だろうか……!
ハーピーは恐らく《気配察知》スキルのLv.2以上を有している。
こいつが声を上げたってことは多分近くに……。
『
『
「バカ、よく見ろトパーズ。相手はカマキリだけじゃない。見えるだけでも蜂が二匹ご同行だ」
『もー、コソコソしないでも“タンクマンティス”さんや“特攻蜂”さん達は何もしてこないよー。あなたにはどうか分からないけどって、わわっ』
カマキリを見て飛び出そうとしたトパーズと同じようにチンチクリンも片手で引き止める。
死ぬ気か、こいつは。
「さっきも見たろ、チンチクリン! ハーピーが襲われたのを忘れたか!? 脳みそまでちっせえのかお前は!」
『むぅー! でも、すぐにアウィンちゃんの方へ行っちゃったじゃん! それに、フェアリーが襲われたーなんて誰からも聞いたことないもん!』
このやり取り、何回目だよ。
一度、チンチクリンを襲わせた方が効率いいんじゃないか?
どうやら、さっき
まぁ、本当に今までフェアリーの里が蜂やカマキリに襲われたことがないってんなら信じられないのもわかるが……。
状況が状況だ。早めに理解して欲しいとこだな。
ちなみに、実験の結果はチンチクリンの言っていた通り、ハーピーに向かっていた蜂はアウィンを見付けた瞬間、アウィンの方へと進路を変えた。
テイムモンスターを優先的に攻撃するプログラムなようだな。それなら、まだいくらでもやりようはある。
あるんだが……。
「さて、まずはあの蜂とカマキリの団体さんをどうにかしないことには何も始まらないんだよな」
『オレが突撃すりゃ終わりじゃねえのか、旦那?』
『タンクマンティスを倒したとしても特攻蜂に
『仕方ないな。今回は見逃してやるとしよう』
『……かー』
ラピスさんの理詰めはトパーズに効果バツグンだったようで。
トパーズも大人しく
しかし、俺の腕にくっついているラピスは俺のことを見上げてくる。その目は俺がどの選択をするかを待っているようで。
うん。実を言うとやりようはある。
タンクマンティスを倒した後、すぐに《リコール》を使う方法だ。
ただ、これを使っても蜂が少なくとも二匹残るし、MPも千を消費してしまう。
急いでいる時にMPを回復させる時間はできるだけ取りたくない。
飛ぶ蜂を撃ち落とすなんて芸当、アウィン抜きじゃできる気がしないしな。
ただ、もちろん、このまま何もせず立ち往生し続けることだって論外な訳で……。
「ダメだ。このままだと
何か動きを加えないといけないと考え、トパーズに指示を出そうとしたその時。
俺の頭の横を何かが通り抜けた。
あれは。
違う。
あいつは……!
『きゃっ!?』
「チンチクリン! お前はまだ俺達の言うことが信じられねえのか! 死ぬぞ!」
『死んでもいい! 早く、早く行かないと……! 里が、みんなが……っ!』
考え込むときに手を口へ当てる癖が功を奏した。
咄嗟に伸ばした右手は最短経路で死へと向かうフェアリーを掴む。
だが、その表情は今まで見ていた楽観的であっけらかんとしたものではなくて。
「……お前、記憶が戻ったのか?」
『記憶!? 何のことか知らないけど、そこにいる赤い実のケヤックさんから聞いたの! 里が、襲われてるって……。だから、お願い! 離してっ!』
ケヤック?
そこにいるって言ったって、周りは森で囲まれている。
俺達以外のやつなんているはずもない。
それとも、フェアリーにしか見えない何かがいるのか?
そいつ、俺達に危害を加えたりすんじゃないだろうな!?
『ねえ! この手を離してったら!』
「落ち着け。ケヤックってのが誰だか知らんが、里が襲われてるってのは確かなんだな?」
『赤い実のケヤックさんはそんな嘘つかないもん! だから、だから早く……!』
マズい。
チンチクリンを早く落ち着かせないと。
ラピスやトパーズの声は俺へとシステム的な何かを通して伝わるから問題ないが、俺やハーピー、そしてフェアリーであるチンチクリンの声は辺りに響いてしまう。
カマキリや蜂がどれだけ優秀な耳を持ってるかは知らないが、暴れていいことなんて一つもないはず。
とにかく今はこいつを静かにさせないと……!
カマキリの足が止まった。
周りを飛び回る蜂も、何かを探し始めたようだ。
……気付かれたか?
そして、そんな危機的状況においても、その音はまたも鳴り始める。
ギャリィィィ
カン! キン!
ガリガリガリ
音は、俺の思っている以上に近付いているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます