第九十一話「ヒメ?」

「お兄ちゃん!? どうしたんですか?」

『おい、旦那ぁ! せっかく久々に全力で突撃してたってのに急に走り出すたぁ、どういうことだ? あ?』

「悪いな。あの二人を振り切るためだ。許せ」

「え、鳥さんと妖精さん、お別れしちゃったんですか!?」


 ハーピーがフェアリーを捕獲した瞬間、俺とラピスはトパーズとアウィンに声を掛け、森へと走り出した。

 何を言ってもどこにも行かないのなら、俺達から離れる他ねえだろ。


 一応、死に戻りすれば俺のテイムモンスでも、パーティの一員でもないハーピー達は置いてけぼりになるはずだが、もっかい壁を登るのもしんどいしな。

 ローツ北エリア内で撒けるならそれに越した事はない。


 アウィンは二人を気に入っていたのだろうか? 置いてきたと知って少し寂しそうだ。

 俺の姿を見失えば、ハーピーも壁の上へ帰るだろうし、フェアリーも元々は俺達から見付からないよう隠れていたのだから、俺がいなくなればフェアリーの里だかなんだかに帰るだろ。


 それよりも、何とか北の第二エリアへと進みたいとこだな。

 そして、奇襲対策も盤石なものとしなければ。何だかんだでハーピーの反応で少し身構えていたところがあった。ハーピーのいない今だからこそ本当の奇襲対策の練習になる。


「ラピス頼むぞ」

『お任せ下さい』

「アウィンも、落ち込んでないで集中しとけよ。お前が狙われることだってあるんだからな」

「あ、はい! ……さよならぐらい言いたかったなぁ」


 友達かよ。

 いや、アウィンにとっては友達だったのかもしれない。

 アウィンはしきりに後ろを振り返っている。そんなにあいつらと仲良かったのか?


 ……となると、俺は友達を引き離したようなもんなのかもしれない。

 あれ、そう考えればなんか罪悪感が。


「ほら、あれだ。どうせまた壁を超える時に会うことになるから」

「妖精さんとも会えるでしょうか?」

「そこら辺の光の玉に擬態してる訳だからなあ。向こうが会いたいと思ってれば寄ってくるんじゃないか?」


 正直、俺としては勘弁して欲しいとこだがな。

 俺は相当アウィンに甘いらしい。アウィンだけじゃない。きっと、ラピスやトパーズにも甘いのだろう。


 森の中を奇襲に注意しながら歩く。

 進みは遅々としたものだが、死ぬよりもよっぽどマシだ。


 明るい日の光に照らされた獣道。

 落ち葉や草に隠れた木の根に躓かないよう、注意して……。


 待て。

 何かがおかしい。


 ここは、鬱蒼とした暗い森の中。

 なのに、明るすぎる!?


 視線を上げると既に見慣れた光の玉。

 だが、その数が異常だ。

 俺の頭上にだけ物凄い数の光の玉が広がっている……!


「なんだ!? これも奇襲!? 自我持ちの仕業か!?」

『大人しくしなさい』

「誰だ!?」


 森に声が響く。姿は見えない。

 だが、敵は恐らくフェアリー。


 “仕込み針”のやつがいるかは分からないが、光の玉は触れると消える。

 そんな光の玉を集めるなんて、作り出したフェアリーぐらいにしかできないだろう。


 頭上の光の玉のどれがフェアリーなのかは分からない。

 全てフェアリーだとは考えたくないが、迂闊には動けないな。


『あんたを害する気はない。もちろん、そっちの行動次第で変わるかもしれないけど』

「……要求はなんだよ?」

『“ヒメ”を返しなさい』


 ヒメ? って姫のことか?

 俺はいつの間にお姫様なんてもんを誘拐したんだろうか。


 この声がフェアリーだとすると、フェアリーの知り合いはさっきのあいつしかいない。

 でも、なあ。あのうるさいチンチクリンが姫ねぇ……。


 多分、ヒメってのは物だな。


「ヒメってのはなんだ。どんな物を指す言葉なのかは知らんが、それっぽいものは持ってないぞ」

『物じゃねぇよ! ……こほん。ヒメはフェアリーのお姫様。あんたが連れ去ったのは見た』


 えぇー……。マジであれが姫かよ。


 お姫様ってのは、もっと、こう。

 奥ゆかしいというか、凛々しいというか……。

 ふわふわしてたりさ! シャンとしてたりさ!


 俺の勝手なイメージなんだろうが、お姫様ってのはそういうもんだろうよ。

 闘技大会の表彰式で見たこの国のお姫様はそれっぽかったのになぁー。


「あー、うん。ヒメが誰なのかは分かった」

『なら、返せ。さもなくば、一斉にお前を攻撃する』

「いやでも、今いないんだよ。さっき、そこの壁で別れたとこだ」

『しらばっくれないで! ヒューマンがフェアリーを捕らえて逃がすとかありえねえ。どこに隠した!』


 うーわ、交渉決裂どころか、どうにもできないやつだわ、コレ。

 姫ってのが、信じたくないが、さっきのチンチクリンだとすると、本当にどうすることもできない。

 もし今もいたならば、諸手もろてを挙げてぜひぜひ引き取って頂きたいところだが、生憎とハーピーに磨かれているところなのだ。


 戦闘は避けられない。

 となると、勝ち筋を見つけなければいけないわけだが。


 まず、俺に範囲魔法はない。

 MPを規模へ注ぎ込めば大きなものを作れはするが、どうやってもこの大量にある光の玉全てに当てることなんてできない。

 消費MPを増やした風種で吹き飛ばそうとも思ったが、ここは木々の密集した森。しかも、光の玉は枝の張り巡らされた位置にいる。

 風の通りが悪過ぎる。MPを消費するだけになるだろうな。


 ラピスには遠距離はない。

 トパーズだと、突撃したところで一点のみ。ハウリングしたまま動くことはできないし、動けたとしても首を振る程度。

 アウィンが攻撃しに行く手もあるが、どうしても各個撃破になる。

 フェアリーに囲まれれば終わりだろう。


「こりゃあ、死に戻りかねぇ」

『さあ、早く渡せ』

「いや、どうしようもねえんだよ。攻撃するならさっさとしろよ」

『あんた、自分の立場分かってんの? ヒメを渡せばそれでいいの』

「だからいねえって言ってんだろ。こっちは諦めてんだから早くしてくれ」

『ねえ、そういうのいいからさ。死んじゃうよ? 攻撃されたら死んじゃうんだよ? ならヒメを返した方がいいって。な?』


 なんでさとされてんだ、俺。

 ここで死んでもオッドボールの自室へと死に戻るだけ。

 俺がフェアリーを持ってないと信じてくれないのなら、殺されるしかねえじゃねえか。


『……信じられねえ。フェアリーを手放すよりも死ぬ方を選ぶとか』

「そもそも、手放したっつーか、その姫さんから逃げ出してきたとこだっての」

『意味分かんない』

「だろーな。もういいだろ。俺を殺せば他の奴らも消える。やるなら俺をってくれよ」


 毒を手に取りながら言う。

 無駄にラピス達へ攻撃させる必要もない。

 レベル一の毒で《即死回避》も発動しなくなった。

 あとは一思いにやってくれ。


「お兄ちゃん……」

「悪い、アウィン。また留守番しててくれ」

ご主人様マスター、他に何か手は……』

『あっちが攻撃してくんならオレは跳ぶぜ! 黙って旦那がやられるのを見とくなんざしたくねえからな』

「勝手にしろ」


 突撃するだけなら、攻撃を食らうこともないだろうしな。

 跳んで、落ちる頃には死に戻ってるはずだ。


「ほら、こっちの準備は済んだぞ」

『なに、なんなんだよ、あんた。死のうとしたり、自分を狙えって言ったり。ほんと、意味分かんねえ!』

「いや、なんでそっちが混乱してんだよ」

『ここまで言ってもダメなら仕方ねえ。みんな! 一斉に行くぞ!』


 そういえば、フェアリーってどんな攻撃するんだ?

 魔法、だろうか。魔法で死に戻るのは初めてかもな。


『……いいんだな! 今ならまだ間に合うけど!?』

「さっさとやってくれ」

『……さーんっ!』


 カウント制かよ。


 うーん、死に戻ったらとりあえず、仕込み針を繭に預けとくか。

 アウィンの装備にするにも繭を通さなきゃいけないシステムだしな。


『……にーいっ!』


 そんで、またあの胴台を付けて壁登りか。

 少しは楽になったとは言え、胴台付けてても痛いもんは痛いんだよな。

 あんまりやりたくないが、仕方ない。


『……いーちっ!』

『くぉぉぉぉぉーっ』

『え? なに!?』

『あー! ミドリちゃーん!』

『ええ!? ヒメ!? なんであんたが鳥に乗って……って、ああーっ! 何してんだよ、とりぃーっ!』


 うわ、また騒がしくなった。

 ……今の内に逃げよっかな。

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