第九十話「フェアリー」
森から抜け出し、崖に見える壁の前まで戻ってきた。
結局、スタート地点に逆戻りした訳だが、変わったことは“仕込み針”をたんまり手に入れたこと。全員のレベルが上がったこと。
そして、もう一つ。
『ねぇ! ねぇってば! なんでルスカの森に来たの? どうしてシャドウテイルを一杯倒してたの? シャドウテイルが消えちゃったのはどうやったの? 何ゆえ、魔物を連れて歩いていたのかぁっ!』
「うるせえ」
『ねー、なんで? どうして? ねぇねぇ、教えてよー』
うるさい奴が一人増えてしまった。
なんだコイツ。アイコンは敵対モブのはず、なのに俺に攻撃することもなく質問攻めだ。
また自我を持つ敵モブってことか?
ローツの東や西エリアで自我を持つ敵モブがいたなんて聞いたこともない。
いたら、ウィルが言ってくるだろう。
ローツ北エリアはどうなってんだ!?
「フェアリーさんはどこから来たんですか?」
『わたしはねー、ルスカの森のフェアリーが一杯いる里があるんだけど、そこから……あっ、これ言っちゃいけないやつだったかも。今のなしね!』
「あ、はい、分かりました!」
『
『あー! ダメだよスライムのおねーさん! わたしが言ったってバレたらおばばに怒られちゃう!』
『ワタシはアナタから聞いていないことにすればいいでしょう』
『なるほど!』
『それじゃ、なんでラピス姐は知ってんだよ……』
『……かー』
もう、知らねえ。
もう収拾はつかねえぞ。
どうにでもなりやがれ。
わーぎゃー騒ぎたいなら勝手にしろ。俺を巻き込まないところで好きに暴れろ。
五人も人外を捌ききれる自信なんぞ俺にはねえ!
『ねぇ、なんで教えてくれないの!? どうして黙っちゃったの!?』
『
「お兄ちゃん! わたしはフェアリーさんの里……は知らないんだっけ。あの、フェアリーさんがいっぱい飛んでるところが見たいです!」
『おい、旦那。こいつら何とかしてくれ。てか、そろそろ暴れさせてくれよ! こう、なんつーか、硬いもんに突撃かましてぇ!』
『……くーかー』
……はあ。
顔に片手を当てて項垂れる。
お前らでじゃれあってろよ。こっち来んなよ。
とりあえず、うるさいやつをどうにかしよう。
壁の方を振り向いてザッと見渡した感じ……。
「トパーズ、あの壁のとこ見えるか。多分、めっちゃ堅いぞ。時間あるし突撃して来い」
『はあ? どこだって? 全面土色だから分かんねえよ』
「仕方ねえな。アウィン、トパーズの狙いを付けてやってくれ。目標はあの出っ張ってるとこからトパーズ二人分右だ」
「え、ええっと……や、やってみますっ!」
ん、頑張れよ。壁の堅いとこなんて知らねえけど。
とりあえず、アウィンはどうにかできたな次は……。
『……くーかー』
俺におぶさって来てる鳥人間だな。
こいつ、どんどん図々しくなって来てねえか?
いつ帰るつもりなんだ。壁まで戻って来たんだからそのまま飛んで帰ってくれねえかな。
まあ、そう思ったところで、こいつに言葉は通じねえし、こいつの言ってることは分からん。
とりあえず、こいつを大人しくするためには。
「大体、これくらいの高さだったか……。《光種》」
『っ! ……くけー』
土煙を上げ、俺の頭上四メートルの位置へ出現した光種を磨きに行くハーピー。
しかし、その手前で動きが止まる。
少し落下し始めたところでまた羽ばたき、翼を伸ばすがまた落ちる。
不可解な動きだが、そりゃそうなる。なんたって、俺が光種を侵入不可区域に出したからな。
これならハーピーが触って光種が消える心配もない。
効果時間一杯まで時間稼ぎができるって寸法よ。
で、残ったのが……。
『さすが、
『ねーねー、あのウサくんはなんで土に向かって跳んでるの? 鳥ちゃんが落ちたりしてるのはどうして?』
空気の読めるラピスと、情報の宝庫であるフェアリーだ。
一瞬、ハーピーにラピスを渡せばいいかとも考えたが、可哀想なのでやめた。さすがに三回目はな……。
「フェアリー、お前は自我を持ってるのか?」
『じがー?』
『自分の意思で物事を思考しているのか、です』
『むむむむー?』
「……好きなことはあるのか?」
『へぁ!? す、すすす、好きな子!? い、いきなり何言って……! い、いない! いないよ! ミドリちゃんのことが好きだなんてそんな!』
自我はあるっぽいな。
そして、恋愛感情まで取り揃えている、と。
ミドリちゃんねぇ。……相手は男だよな?
まあ、そんなことはいいか。
それより、自我があるだけじゃない。もう一つ気になることがあった。
こいつ、ラピスの言葉が分かってるな。
そういえば、さっきもトパーズのことをウサくんと言っていた。つまり、トパーズがオスだと知っているってこと。
ハーピーの動きについて聞いてきたのだってそうだ。
こいつが聞いてきたのは侵入不可区域のこと。光種を取ろうとしていることには疑問を持っていない。
もしかして、ラピス達だけじゃない。ハーピーの言葉まで理解しているのか?
「おい、フェアリー」
『な、何!? いないからね! 好きな子なんてわたし、いないからねっ!』
「それは分かった。聞きたいのは上でバタバタしてるハーピーのことだ。……あいつの言葉が分かるのか?」
『え? 分かるよ? だって喋ってるじゃない』
やはりそうだ。
どうやら、このフェアリー、ハーピーの言葉を聞けている。
それならきっと、ハーピーと話すこともできるはずだ。
つまり、ハーピーに帰れと伝えることもできる!
光種を消して、近くに新しいのを出現させる。
これで、ハーピーも来るだろう。
「フェアリー、ハーピーにそろそろ家に帰れと伝えてくれ」
『えー、なんで? まだ夜になってないよ?』
「俺達は色んなところを冒険してるんだ。そうすると危険な目にも遭う。家に帰った方が安全だろ?」
さすがに「邪魔だから」とは言いにくいよな。
それに、危険なのは事実。
敵対モブのままだし、俺の魔法が当たることだってあるかもしれない。
確かに、空中戦力は欲しい。《気配察知》できるのも魅力的だ。
だが、なんつーか。自我を持っているだろう敵モブを、倒す必要も無いのに倒すのは罪悪感が……。
俺を襲って来るのなら自衛のために迎撃する。
だが、誤射で友好的なハーピーを殺してしまうのは避けたいのだ。
『……くーかー』
『ねえ、鳥ちゃん? そのあなたの言うぴかぴかの人がお家に帰ったらどうって言ってるよ』
『……かー?』
『え、あ、わたしは森に住んでるんだよ! でもね、森は危険なんだって! わたしも知らなかったけど!』
『……くぁー。くーかー』
『そうなんだ! それじゃ、仕方ないね!』
「おい待て、フェアリー。何が仕方ないんだ」
こいつ、説得を途中で諦めたんじゃないだろうな。
くーとかかーとかで言いくるめられてんじゃねえぞ。
『んー、だってね。帰っても楽しくないんだって。みんな、ずっと同じところをグルグルしてたり話しかけても無視されるって』
『……かー』
『ぴかぴかの人は楽しいって。いいなー、楽しいならわたしも一緒にいようかなー』
「やめろ。マジでやめてくれ」
フェアリーの通訳によると、どうやらこのハーピー以外に自我を持っているやつはいないようだな。
同じところを回ったりするのは敵モブらしい動きだ。
初めてプレイヤーが壁の上に現れ、プレイヤーを襲おうとしたハーピーにつられてこいつもついてきたってとこか。
確かに、誰とも話せず、同じ動きばかりする仲間と一緒にいるよりも初めて見るプレイヤーについて行こうと考えるのは……妥当か?
それと、便乗してフェアリーまでついて来るとか言い出したぞ。
それだけは勘弁してくれ。
「てか、フェアリー、お前がハーピーに捕まった時、魔法で隠れてた的なこと言ってたろ。俺達から逃げなくていいのか」
『もう見付かっちゃったもーん。なら、今更逃げたって変わんないよ! どうせ怒られるなら楽しんでから怒られる方がいい!』
「その考え方は嫌いじゃないが、ついてこられると迷惑なんだよ」
特に、うろちょろされると魔法の誤射が怖い。
うるさいだけならまだしも、勝手に魔法で死なれちゃ寝覚めが悪くなるだろが。
ハーピーがフェアリーを捕まえたタイミングや捕まえた時には発光していたことを考えると、恐らく、あの光の玉はフェアリーの仕業。
アウィンが飛び回ったことによって枝の影にいたであろうフェアリーが飛び出したんだと思う。
『おー、あったりー! すごいね! えっと、こんな感じでねー』
『森で見た光の玉と同じものですね』
『っ! くけーっ』
『あ、触ったら消えちゃうよぉー』
フェアリーが光の玉を生み出した。と同時に襲い掛かる鳥人間。
見えたのはほんの少しだったが、森でふわふわと漂っていた光の玉と同じものだったな。
「それで? 光の玉を生み出すだけじゃ何の得もないだろ」
『ふっふーん。もちろん、これだけじゃないよ! こうやって、光の魔法を使えば……』
『っ! くぇーっ』
『わっ、ダメだって、鳥ちゃん!?』
「よし、ラピス行くぞ」
フェアリーが光の玉そっくりに変化したところでラピスを抱え立ち上がる。
ハーピーが光の玉を追いかけてたことや、捕まえた時、翼の中で発光していたことを考えれば、フェアリーが光の玉に擬態することぐらい想像できる。
そして、それにハーピーが飛びつくことも。
「トパーズ、アウィン! 突撃は終わりだ。行くぞ!」
『わー! 待って! 待ってってばーっ! ちょ、鳥ちゃん、やめ、くすぐったいよ!』
後は二人でよろしくやってる内に出発だ。
悪く思うなよ。
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