第八十九話「アルプス少女」
自我を持つ敵モブ。
そんなのがいたんじゃ、いつ死に戻るか分からない。
一旦、崖のところまで戻ろう。
思えば、二回連続で奇襲してきた時にも指揮官はいたのかもしれない。
二回でダメなら三回。そして、三回がダメなら四体で攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
森の中に居続けるのは危険だ。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫なんですか?」
「HPもMPも全快。今のところは問題ないぞ」
「あの、そうではなくて。さっき、毒になったって……」
アウィンの心配はありがたいが、俺はプレイヤーでアウィン達はESOのキャラクターだ。
毒の仕様で、プレイヤー以外のモブが毒状態になると、動きが制限されたり苦しんだりする。
しかし、プレイヤーではそんなことは一切ない。毒のレベルに応じたスリップダメージを受けるだけ。
俺の場合は、そのスリップダメージによってHPの二割を持っていかれたので結構辛かったが、所詮はバッドステータスでしかない。
解毒薬で治癒したのなら、それ以上の悪影響は皆無だ。
隣を歩くアウィンの頭へ軽く手を乗せる。
いつまた奇襲されるか分からず、しかも俺が死にかけたこともあり緊張していたアウィンは、一瞬ビクッと体が跳ねたが俺の手だと分かると不思議そうにこっちを見上げてきた。
戦闘可能区域でやることじゃなかったか。だが、こんなに緊張されちゃ戦闘に支障が出るかもしれない。
「心配してくれるのは嬉しいが、見ての通り毒で苦しむことも痛みもない。無理してないことはお前らなら分かるだろ」
「……関係ないです。心配になっちゃうんです」
「だからってトパーズを放り投げたり、今みたいに緊張し過ぎられるとアウィンの方が心配になる」
「あう……。ごめんなさい」
「心配になったからって思考を放棄するな。最善手を考えろ。冷静でいることが難しいなら俺を信じておけ。何とかする」
そんなことを言っておきながら、もし四回目の奇襲があれば俺はあっさり死に戻っていただろう。
何とかする。できるならそうする。人一人に出来ることなんて限られてるって知っているのに、どの口がこんなことを言えるんだ。
頭の中では、答えが出ている。
こう言っておけば、アウィンの無茶な行動が抑えられる可能性が高くなる。
だから、こういう言葉を並べる。思ってもいない言葉を吐き出す。
全ては打算的な考えから来るもの。こういうところが自分で自分を嫌になる。
「お兄ちゃんを信じて……」
「頼むぞ。アウィンのこと、頼りにしてるんだからな」
「……はい!」
打算的であっても、せめて本心からの言葉を
その結果、俺一人で何とかすると言いつつ頼りにしてるだなんて矛盾が生まれるんだが。
まあ、アウィンは気付かないだろう。ラピスとトパーズは何が虚構でどの言葉が本心なのか、気付いているかもしれないが。
少しは雰囲気が明るくなったアウィンはすぐに周囲の警戒へ戻る。
今、この森で一番目立つのはアウィンだからな。結構、アウィンが狙われることもある。
後ろからふわふわ漂っている光の玉を追いかけながらバッサバッサと付いてきているハーピーもなかなか派手だが光の漂う森の中では意外と気にならない。
アウィンはどこの民族衣装だったか。可愛らしい赤を基調とした服を着ている。
緑の多い森の中では浮きまくってんな。
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ディアンドル 装備(全身)
民族衣装。
「若い娘」という意味。
エプロンの結び目は左前にある。
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そう。確か、崖を登るってことでアルプスの少女的な服装にされたんだった。
誰にって、そりゃ繭だよ。
白いブラウスに赤と黒の布地が映える。エプロンは赤と白の模様だな。
ワンポイントとして、胸には端が黒くなっている青いリボン。
目の蒼色が浮いていたが、リボンによって少しは統一されたようにも感じる。
俺はそういうの疎いからよく分からん。
崖の上に高山気候でも広がる原っぱがあれば、きっとアウィンの格好にも似合ったのだろうが……。
悲しいかな、あれはただの壁。
現実はその向こうにあった森の中を奇襲に警戒しながら歩いている訳だ。
とりあえず、崖が壁だったことが悪い。
『
「奇襲か!?」
『いえ、すみません。少し気になることがありまして。この木から出てくる光の玉は一体、何の目的で、どういう原理で生み出されるのでしょうか』
『ラピス姐、旦那に毒されて来てねえか? 小難しいこと考えてんじゃねえよ。別に何だっていいだろ、こんなもん』
ラピスがいきなり声を掛けてきた。
ラピスには奇襲の位置を教えて貰うためにラピスの声には過剰に反応してしまう。
どうやら、奇襲ではないようだが、光の玉?
俺達の周り、それも木の葉が茂っている辺りの高い位置には光の玉がいくつも漂っている。
そして、その光はどこからともなく生み出されているようなのだ。
今も、木の枝が重なって影になっているところから光の玉がふわふわと出てきている。
『……くぇー』
で、それを一つ一つ捕まえていくハーピー。
飽きねえのか、こいつは。
正直、ラピスに言われるまではそういうものだとあまり考えていなかった。
オンラインゲームのエフェクトにいちいち疑問を持ってたらキリがないからな。
だが、このESOであれば、何かしらの理由があってもおかしくない。
「アウィン、あの木の影になっているところ、見てきてくれないか」
「はい! えっと……。ここですか? 何もないですよ!」
「いや、そこじゃない。もっと右の方だ!」
「右、はこっち!」
「すまん、俺から見て右だった! 逆だ!」
アウィンは動きにくい服装をものともせず枝から枝へ飛び移っていく。
あれだけ動いていたら奇襲も当たらないだろう。ラピスには警戒し続けて貰っている。
時々、スカートの中が見えてしまうのは見なかったことにしとこう。
俺の他には誰もいないからいいが、人のいる所では大きな動きはさせないようにしないとな。
あと、繭にも何とかするよう言っておこう。
『……くぉ? けーっ』
『きゃ!? なんで見付かっ……ちょ、ちょっと待って! いや! わさわさしてる! ダメ! それ、くすぐったいよ!』
「……ん? なんだ?」
アウィンに木の影の部分を見回って貰っていると、後ろのハーピーが騒がしくなった。
光の玉を掴んでは消し、また掴んでは消していたはずだが……磨いている?
翼の間から零れる光は正しく頭上を漂っている光の玉と同じもの。
そして聞こえる誰かの声。
くすぐられているようだが、それはつまり声の主は……。
『あっはははっ! も、もうダメ! くすぐったい! あ、魔法が! 解けちゃうから! だから、一旦やめて! お願いっ!』
『……くぁー。……かー?』
お? ほんとに磨くのをやめたな。
ラピスがどれだけ嫌がってもやめなかったってのに。
ハーピーはトコトコと俺に歩み寄り、磨いていたものを俺へと渡してくる。
いや、なんでお前は磨いたものを俺へ持ってくるんだ。
ハーピーの緑と白色が曖昧な翼に包まれた、既に光を失ったものを覗き込むと。
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フェアリー Lv.42
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青く透き通った翅を持つ、小さな女の子が過呼吸気味に倒れていた。
レベルたっけえな。
『……かー』
『ひっ、ひぃ。ダメ。疲れた。立てないぃ……』
『珍しいですね。フェアリーですか』
『食うなよ、旦那!』
「ええ!? 食べちゃうんですか、お兄ちゃん!?」
……ああ、なんかまた面倒なことになりそうな予感が。
コイツ、そこら辺に捨てちゃダメでしょうかね。
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