第六十二話「コロッケ」
「メグミもエゾルテ側の人間だ、ということですわ」
姉貴が異世界“エゾルテ”側の人間?
……コイツは、何を、言ってるんだ。
姉貴とは俺が生まれた時から一緒に育って来た。
生まれも育ちも“こっち側”だ。
やっぱ、これはコイツの妄想だな。自分は異世界で産まれたとか、お前の姉は異世界育ちだとか。厨二病もここまで行くと他人を巻き込み始めるのか。怖い。
「驚きで声も出せませんか?」
「呆れてものも言えねえんだよ。結局、お前がしたかったのは、自分が俺の姉貴と友達で、それを餌にすることで俺を呼び出し、自分の厨二設定を自慢げに話す、ってことだろ」
「
「んな訳ねえだろ。姉貴とはちっさい頃から一緒にいたんだ。お前と姉貴が出会うずっと前からな。それで、姉貴が異世界出身? つくならバレない嘘をつけよ」
「メグミが異世界出身とは一言も言っておりませんわよ?」
「は?」
対面のエリーは小首を傾げ、その整った眉を少し
いや、だって、今さっき自分は異世界出身で異世界側の人間っつって、姉貴も異世界側だとか何とか……。
まさかと思い、壁際に立っているメリーを見る。
お辞儀が返ってきた。
こんなこと、前にもあったな。
そうだ。エリーは
他人と話すことがほぼないのか知らないが、行間を読み取ったり読み取らせたりということに不慣れなのだ。
「なあ、もうお前が話してくれよ」
「貴方! 今は
「申し訳ありません、テイク様。体裁上、エリーお嬢様がお話なさらなければなりませんので」
「お父様からの御達しが無ければメリーが説明していたということなのですか!?」
「説明、下手くそだもんな、お前」
「そんな、そんな言い方はあんまりですわっ!」
机に突っ伏すエリー。俺の前には長い金色の髪と湯呑みが並ぶこととなった。金髪と湯呑みって、意外と合うんだな。違和感は青いドレスのせいだったか。
てか、割と余裕だな、俺。姉貴が異世界出身じゃないと分かったからか?
そもそも、異世界なんてあるかどうか分からないはずなんだが……。無意識で認めてしまっているんだろうか。
精神投影型VR。それが突如広まったのは最近のこと。
まだまだそんなものは机上の空論だと言われていたが、姉貴の勤める小さな会社で突然発表された。
思い返せば、その時から違和感を感じ続けていたのかもしれない。
異世界を模倣した世界。言われてみれば、姉貴の会社が世に出すソフトは全てこのESOと同じような世界観だった。
それに、別の大手会社から精神投影型VRが発表されたという話も聞かない。
エリーの言うように、異世界が存在するのなら。それを、姉貴が知っているのなら。
だから、姉貴の会社だけが精神投影型VRを開発することができた。だから、他の会社では真似ることすらもできない。
だから、姉貴は事情を知る、異世界側の人間。
きっと、そういうことだろう。俺の勝手な解釈かもしれないが。
「……いいんです。大丈夫。エリーは成長しています。負けちゃいけません、エリー」
「おい」
「……こほん。何でしょう、
起き上がったエリーは何事も無かったかのように姿勢を正し、こちらを見据えた。
髪は乱れてるし、おでこには突っ伏した時にできた
……こういう突っ伏したら痕が付くってとこなんかも細かいよな。もうデータがどうとかいう次元を超えている。
物理演算とかそんなデータじゃなく、リアルで行えばそうなるから痕が付く。
異世界を模した世界。そう言われれば、人工的なゲームだなんて、もう思えなくなる。
「とりあえず、お前の言いたいことは分かった。信じるか信じないかは置いといて理解した。それで?」
「……それで、とは?」
「なんでそんな話を俺にしたんだ。お前の意図はなんだ? 俺に何を要求するつもりだ」
一方的にこの世界の裏話をして終わり?
これが本当のことなら、この話は姉貴の会社で極秘事項として扱われている
それを他の誰かに話したところで信じる人間はまずいないだろうが、安易に話していい内容だとも思えない。
何を見返りに求めるつもりだ……?
「特にないですわ」
「どういうことだ」
「まあ、この話をしたのは貴方が初めてですが、他にもいらっしゃいます。貴方は多数の内の一人に過ぎません。そして、その方々にはある共通点がある、とだけ」
「その共通点が俺にもあるってことか?」
「貴方は少し特殊なのですが、大まかに見ればそのようなものですわね」
「意味がわからん」
「分からなくても問題はありません」
そう言って席を立つエリー。
待て、色々と置いてけぼり食らってんだが。これで話が終わりか?
マジで、何の目的があったってんだよ。
「今日のところはひとまず、これで話すことは無くなりました」
「エリーお嬢様」
「分かっています、メリー。お父様からのお言付けでは話さなければならないことはもう一つ。ですが」
「……何だよ。言いたいことがあるなら言えばいいだろ。もう一個ぐらいなら聞いてやるぞ」
「いえ、お心遣い感謝致しますが、
俺の横を素通りして扉の方へと歩いていくエリー。
その足が向かう方向にはメリーと
「
「お? つまり、今お前は俺を見下したってことでいいんだな?」
「明日の決勝が終わった後、またここに来てください。その時に、このお話の続きを話せるよう祈っております」
「上等だ。そん時にラピスとトパーズへ謝罪もしてもらうから覚悟しとけ」
「……ごきげんよう」
エリーはそのままドアへと歩き続け、メリーの
残されたのは、俺と手付かずの湯呑みだけ。
そっと湯呑みを持ち上げるが、テーブルへ貼り付いたように動かない。
さっきまでゆらゆらと立ち上っていた湯気は鳴りを潜め、俺の手へ冷たい感触を伝えるのだった。
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「お、お兄ちゃんっ! おかえりなさいです!」
「ああ……、ただいま」
「よかった、よかったです! また二階から帰ってくるのかと思ってました!」
「つまり、死に戻りすると思ってたのな」
「だって、だってぇ……!」
「ああ、もう、分かった。分かったよ、すまないな」
オッドボールへと帰って来ると、臨戦態勢のアウィン達が出迎えてくれた。
てか、飛び付いてきた。とりあえず、その手に持ってるナイフは仕舞え。恐いわ。
にしても、アウィンは大袈裟だな。
死んだにしてもここに戻って来るだけだろ。そんな、泣かなくてもいいじゃねえか。
「テイク」
「お、繭か」
「アウィン、ずっと、気を張ってた。いつ、呼ばれても、いいようにって」
「それでか」
俺に抱きついたまま鼻をすすり続けるアウィンは、緊張から解放されたせいで涙腺が緩んだんだろうな。
俺が準備してろとか、無事に帰る保証はできないとか言ったから。
ポン、とアウィンの頭に手を乗せる。
「お兄ちゃん……?」
「ありがとな。あと、ごめん」
「っ! ……はい」
「それに、お前らも。迷惑かけたな」
頭と肩にいるラピスとトパーズにも声をかける。
頭からは微振動が伝わり、肩からはふわふわな毛並みの感触。
ここが異世界なら、ラピス達は何者なんだろうか。
自我のようなものを持つAI。そう理解しようとしていたが、そうじゃないのか?
ラピス達は正真正銘、生きている……?
「ああーっ! もういい! わっけ分かんねえ!」
「ひぁっ!? お、お兄ちゃん? どうしましたか!?」
もう、難しいこと考えるのはやめだ! エリーの話聞くだけで頭痛いんだよ!
ラピス達が生きてようが作られたAIだろうが、俺のテイムモンスには変わらない。これから付き合って行く内に分かることもあんだろ。
だが、今は。
「お前らよくやったな! ラピスもトパーズも完全勝利じゃねえか!」
「お、お兄ちゃん?」
「いいんだよ、エリーのことは。とりあえず、今日の試合は勝ったんだ。ってことでコロッケ食いに行くぞ!」
全員の目がキラリと光る。
いや、ラピスは見えないが俺のことを考慮しない震え方で脳みそがシェイクされたぐらいだし、きっと同じようなもんだろ。
「コロッケですか!?」
「約束したからな。今日の試合勝ったらコロッケ食いに行くって」
「やったやった! 行きましょう! ほら、早く、お兄ちゃん!」
「ちょ、おい押すなよ、アウィン。トパーズ!? 角はダメだ! 行くから! 刺さるだろ!?」
帰ってきてすぐにオッドボールから大通りへと逆戻り。
だが、今は帰りと違って一人で歩く訳じゃない。
「まあ、アウィンは試合に全く出てないんだがな」
「ええ!? でも、ほら! ラピスさん達が強すぎるのがいけないと思います! それに、わたしだっていっぱい頑張れーっ! って!」
「冗談だ。心配しなくてもお前の分も買ってやるさ」
賑やかな俺の仲間に囲まれて、目的地を目指し歩く。
今はこれでいい。エリーの言っていたことも気にならない訳じゃない。
だが、今は目の前のことだけを。
明日は、闘技大会決勝戦だ。
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