第六十一話「異世界」
「着きました。ここにエリーお嬢様がお待ちになっております」
「……なるほど」
「驚かれないのですね」
「リアクションを期待されてたのなら悪いが、こういうとこには一回入ったことがあんだよ」
「経緯を聞いても?」
「教える理由はないな」
「そうですか」
メリーに連れられ到着したのは、背景のような一軒家。アウィンをテイム可能にした時の家とは違うが、恐らくこの家も時間が止まっているのだろう。
何のためにこんな細部まで作り込まれた家を設置したのか。このゲームを開発したやつの意図が分からん。
そして、この場所にエリーがいる、と。
テイムモンスターすらも一緒に連れてくるなってことだったが、そんなに誰にも聞かれたくない話をするつもりなのか。
確かに、こんな背景のような家に入ろうなんて、普通思わないからな。密談には最適なんだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
「なん、だって、こんな……! 木登りさせられるなんて聞いてねえぞ!」
「これぐらいの低木では木登りとは言わないと思いますが」
「いや、一軒家の二階を余裕で越す高さは低木と言わねえよ! どんなジャングルで暮らしてんだてめえは!」
くそ、何が悲しくてこんな泥棒紛いのことをやってんだ俺は。
どうやら、この家は玄関から入れる訳ではなく、二階のベランダが開けっ放しになっているようだった。
が、そこまで行くのに問題発生。
庭に生えてる木からベランダに飛び移るとか、小説や漫画じゃねえんだからやれる訳がないだろうに。
しかし、そんな俺の目の前でスルスルと木に登ってベランダへと着地するメイドさん。しかも、ロングスカートの中身はキッチリと守られたまま。
まあ、アレだ。考えてみれば小説や漫画じゃなくても、今いるここはゲームの中なんだからそういうシチュがあっても仕方ないのかもしれない。
ただ、全年齢版だったことが非常に悔やまれる。メリーは美少女でメイド。なかなかの強キャラなのだ。課金すれば見えたのだろうか。
「変なこと考えてませんか」
「このゲームに課金要素ってあったっけな、と」
「今のところ予定はされていません。必要がないので」
「は? ちょっと待て、それってどういう」
「詳しくはエリーお嬢様とお話ください。この部屋です」
階段を下り一階に辿り着いたところで、メリーは俺との会話を打ち切って、開いたままの扉から一歩引き、俺に道を譲った。
今のセリフからすると、メリーは運営サイドのプレイヤーなのだろうか? と、するとエリーも?
だが、そんな運営側のプレイヤーがギルドを作ったりボスをテイムしたりなんていう目立つ行為をしてもいいのだろうか。
何にせよ、その辺りも全部話してもらえばいいか。
開いたままの入り口を抜けて部屋へと踏み込む。そこは、何の変哲もない良くあるリビングダイニング。
そして、真正面に座っている青いドレス。
「お待ちしておりましたわ、テイクさん。どうぞ、お掛けになってくださいまし」
「…………」
無言でエリーの前にある席へ座る。
お嬢様とか呼ばれているようなお偉いさんの前に座る時は、無駄に長いテーブルを挟んだりするイメージなんだが。
ただのダイニングテーブルだと物凄く近く感じるな。
「…………」
「……話ってなんだよ」
「焦らなくても
「ふざけんな。俺は茶を飲みに来たんじゃねえ! 答えろ、お前は姉貴の何を」
「失礼致します」
別の部屋へ行っていたメリーが部屋へ入ってきた。俺達へと近付き、無言でお茶を置いて一礼。
……別にいいんだが、お茶って紅茶とかじゃなく緑茶なのな。二人とも西洋的な風貌だから勝手に紅茶を飲んでるもんだと思ってたわ。
って、違う。そうじゃない!
「ありがとう、メリー。テイクさん、そんなに声を荒げなさらなくても質問にはお答え致しますわ。ですのでどうか、ご着席くださいませ」
「……チッ、分かったよ。だが、茶だって来たんだ、もう話を始めてもいいだろ」
「そうですわね。始めることに致しましょう」
西洋人形のようなエリーが湯呑みを両手で持ち「ほふぅ」と一息ついていることへ違和感を感じながらエリーの話を待つ。
だが、エリーの放った一言目に、俺の頭は疑問符で埋め尽くされることとなった。
「テイクさん、貴方は“異世界”というものを信じられますか?」
「“異世界”? っていうと科学とかが発達していない剣と魔法の世界みたいなやつか? ちょうどこのゲーム、ESOみたいな」
「ええ、その“異世界”ですわ」
「信じるかって言われてもな……」
異世界とかっていう、あるかないか分からないものは宇宙人がいるかいないかみたいなもんだろ。
そういうのはシュレーディンガーの猫みたいなもんで、見付かったらあるんだろうし、見付からないのならない。俺はそう思っている。本気で探してる人がいる限り、ないとは言えないな。
で、信じるか信じないかだが、敢えていうなら信じていない。だが、だからと言って絶対にないとも思っていない。
「どっち付かずの中途半端で悪いが、俺の答えは“意見なし”だ。半端な考えで明言するのも性格上
「いえ、貴方の意見を求めたのは
「……なんでこんなことを聞く」
「この世界のことを説明する上で必要なことですので」
おい、待て。嫌な予感がする。
“この世界”というワード、メリーも使っていたが、異世界がどうとか言ってた会話に出てきたら意識してしまう。
この世界ってのはゲーム世界って意味じゃないのか? 異世界? いや、そんなまさか、馬鹿馬鹿しい。そんなはず、ある訳がない。
「この世界、“Each Story Online”の世界は
「……オッケー、ゆっくり行くぞ。ツッコミ入れたいとこはあるが、お前の話を信じたとしても、“模した”ってことはとりあえずここはゲームなんだな?」
「貴方から見ればそうなのでしょう。事情を知る
「お前らが異世界出身ってのは?」
「そのままの意味ですわ。
ふむ、こういう突飛な意見というのは頭ごなしに否定するべきじゃない。そこから新たな見解が生まれることも少なくないからな。
それで、エリーの話を最大限譲歩して、歩み寄って、理解しようと努力したんだが……。
やはり、どうも胡散臭い。これは虚言妄言だと突っぱねることもできる。むしろ、そうしたい。
ただ、なあ。このゲーム、色々と不可解な点が多いことも確かだ。他のゲームとは一線を画しすぎている。
その一つが、今いるこの家だ。どう考えてもゲーム中にこんな家がある必要性は皆無。中に隠し宝箱がある訳でも、NPCがいる訳でもない。
その癖に細部まで作り込まれているんだよな。俺の座る椅子やテーブルに刻まれた傷。何故、こんなデータがあるのか。
異世界を模したゲーム、ねえ。
それが本当なら理由は簡単だ。異世界にこの家があるからゲームでも存在する。それだけ。
「信じられませんか?」
「当たり前だ。……と、言いたいところだがその設定を
「……信じますの?」
「なんでお前が驚いてんだよ。それに信じると言った訳でもない。保留だ。それより、姉貴のことを話せ」
そう、俺がここに来たのはコイツらが俺の姉貴を知っている風なことを言っていたから。
正直、この世界がゲームだろうが異世界だろうがどっちでもいい。俺がゲームとして楽しめればそれでいいんだ。
「貴方のお姉様、メグミのことですわね」
「……そうだ。なんでお前が俺の姉貴を知っているのか答えてもらうぞ」
「何故、と言われましても。本人から貴方のことを教えて頂きましたの、としか。ヤガラタケルさん、この世界ではテイクさん、ですわよね?」
「…………」
ESOをプレイする上でヘッドギアに登録したデータは運営へ送られる。だが、そのデータの中に俺の家族構成どころか、本名なんて登録した覚えはない。
エリーが俺の名前を知る手段は法外な手口を除けば俺の知人に会うしかない。
どうやら、姉貴と話したことがあるというのは本当の可能性が高いな。
「お前は運営側の人間ってことか?」
「
「どういう意味だ」
「簡単なことです」
少し言葉を溜めてからエリーが言い放った言葉は、俺にとてつもない衝撃を与えた。
「メグミもエゾルテ側の人間だ、ということですわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます