第五十話「泥蛙攻略」

 ユズが立ち止まった場所からボス戦フィールド。つまり、泥蛙との戦闘が始まる。

 よく見ると、少し先には草で見え辛いが泥沼がある。泥蛙の潜む、泥沼が。


「よし、それじゃ、俺達は止まろう。ケン、おとり役頑張れ」

「その言い方はあんまり好きじゃないんだけどな」

「じゃあ、釣り餌役」

「もっとやだよ!」

「つべこべ言わず、行ってきなさいよ。やることは何も変わらないんだから」

「あ、はい」


 ケンをボス戦フィールドの中央へ送り出し、俺達は端っこで見守る。

 さあ、すぐに泥蛙が飛び出してくるはずだ。


「テイク、前もそうだったけど、どうして“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”はケンを狙うの?」

「最初はわたしが狙われました! でも、二回目は違いましたよね? どうしてでしょうか!?」

「それに、こんなに端っこだと周りの泥沼にも近いじゃない。絶対私達が狙われると思うんだけど」

「それは、動いてないからだ」


 俺も詳しいことは分からないんだがな。

 カエルが止まってるハエを捕食せずに、飛び立とうとした時に捕まえるのを疑問に思って、ちょっと調べたことがある。だって、非効率だろ。

 どうやら、カエルは動いているものしか認識できないらしいのだ。動き出した瞬間舌で捕らえるってのは、よほどの動体視力の持ち主なんだろうな。


 うろ覚えだったが、試してみると俺達のことは見向きもせずケンへと一目散に突撃してくれた。

 ってことは、こいつも動いているものの方が認識しやすいってことだ。杖を持ってるか見定められる視力はあるはずだが、そもそも人数が一人だとよく見る必要もなくなる。敵が一人と分かれば、後は突撃あるのみだ。


「来ました! カエルさんがケンお兄さんに向かって行きます!」

「テイク、またあの魔法使うの?」

「いや、今はいい。使うのはユズに言ったあのタイミングだけだ」

「分かったわ」


 カエルが跳ぶ。例の工作機スマッシュだ。だが、その攻撃がケンに通用することは無い。


「《シールドリペル》!」

「今だ! ユズ!」


 ケンのスキルでひっくり返った泥蛙。この瞬間のみ魔法を確実に当てることができる。

 ここで、俺達に有利な場を作り上げてしまえばいい!


「《光種ライトシード》《光種ライトシード》《光種ライトシード》《光種ライトシード》!」

「《火種ひだね》《火種ひだね》《火種ひだね》《火種ひだね》!」


 二回目の挑戦の時、ケンに向かっていたカエルへと撃ったのは攻撃魔法ではなく、便利魔法火種。西の洞窟でコウモリ相手に試した時は全く効果がなかったが、自我を持っているようなこの泥蛙には、通用するのではないかと思ったのだ。

 突如、進路上に現れた熱と光を放つ《火種》。それを泥蛙は慌てて避けた。コウモリは構わず突撃してきたものを避けたのだ。

 泥蛙に《火種》が有効なのは明らか。


 そして、今。二人がかりでひっくり返った泥蛙の周りを火と光の便利魔法で埋め尽くす!


「こんなもんじゃない!?」

「いや、便利魔法は一定時間で消えていく。ユズは《光種》を設置し続けてくれ!」


 泥蛙が後ろ脚を伸ばして起き上がった。だが、その時に当たった《火種》と《光種》によって纏っている泥が少し固まる。

 そして、お前は戦闘中に学習するんだろ? 今ので自分を取り囲んでいるものは危険であると学んだ・・・はずだ。


「トパーズ、アウィン! 行けるか!?」

「バッチリです! いつでもどうぞ!」


 逃げられないカエルを狙うぐらい、アウィンには朝飯前。後は、トパーズの攻撃を通すために俺の魔法を当てる!


「さあ、このために牛豚鶏を狩ってきたんだ。目一杯食らえよ! 《火球》!」


 俺の右手から放たれた火球は、今までのソフトボール程の大きさではない。

 直径が一メートル近くもある巨大な火の球。消費MPは5,000。全てを規模につぎ込んだ特別製だ。現プレイヤーの中でもこんだけデカい魔法を出せるのは俺くらいだろうな!

 あ、待って。MPが一気に無くなりかけたから目眩めまいが。


 カエルが飛んでいく巨大火球を認識する。だが、避けるためには周りにある危険な物体の中へ飛び込む必要がある。

 それをするくらいなら、もう一つの対処法を選ぶはず。よし、頭もスッキリしてきた。


「あ、テイク! 泥が飛んだ! 火球を相殺させる気だよ!」


 巨大火球はどれだけ大きくても一つの魔法であることには変わりない。壁や床に当たればそこで弾けて消滅する。もちろん、飛ばされた泥に当たっても同じだ。

 だが、それにも対処法はある。


「大丈夫だ、俺の魔法は一つじゃない!」


 俺の新しい手札魔法複数展開(Ⅱ)。もう既に一つの魔法を撃っていたとしてももう一つ撃つことができるスキル。

 一度使えば一定時間攻撃魔法を使うことができなくなるデメリットはあるが、今ここで使わずにいつ使うんだ!


 俺の位置からは火球へと飛んでいった泥は見えない。近くにいるユズも同じだろう。

 ケンから魔法を撃っても泥は遠ざかって行くので間に合わない。

 ……カエルの居場所は変わっていないはず。その位置から巨大火球にぶつけようとすれば。


「大体、この高さだろ! 《火球》!」


 俺の放った第二の火球は速さ八倍、規模五倍。俺の残っている全てのMP260を消費した。

 まー、きっと大丈夫。当たったはず。とりあえず、何も考えたくない。頭痛い。


 それに、俺がやらなきゃいけないことは全てやった。その後のことも伝えた。

 俺が考えることはもう何も無い。


「やった、大きい方の火球当たったよ! 半分くらいの泥が固まった! すぐには剥がせないみたい!」

「《光種ライトシード》! も、もういいわよね? 頭痛い、疲れた。お願い、もう休ませて」


 俺の頭の上でスライムがピョンと跳ねた時。盗賊の手からウサギが飛び出し、そして。


 キィィィィーーーー


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 西の洞窟ボス“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター

 討伐報酬


 沼の主の素材 ×12

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 テイムモンスター

 『ラピス』

 『トパーズ』

 『アウィン』

 のレベルが上がりました。


 任意のステータスに

 ポイントを割り振ってください。

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 俺の目に、ウィンドウが映った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「やった! ついに勝ったよ!」

「便利魔法を使うなんて考えもしなかったわ。与えられるダメージなんてないし」

「そうか? 結構、戦闘にも使えるぞ?」

「便利魔法に使うMPがあれば他のスキルで技を使うわよ」

「やっぱり、テイクはテイクだねー」


 ケンの言ってる意味がよく分からんが、俺の場合多様な魔法スキルが武器だ。使えるものを使ってるだけだぞ。


 泥蛙を倒した後、今までのボスと同様に町に帰るワープが出現したが、それともう一つ、先に進む道も現れた。

 疲弊したのは俺とユズのMPと気力だけなので、それの回復を待ち、今は現れた道を進んでいる。町に戻ってもここに転移するだろうから、一度戻ってアイテムを置いてきてもよかったかもな。


「それにしても、あれを火球って言っていいのかー! ってくらい大きかったね」

「MP5,000使ったからな。250倍だ」

「あれくらいの大きさじゃなきゃ、半分の泥を固められないんだっけ?」

「ああ。でも上手くいっただろ? あのカエル、他のとこにある泥を使って、固まった箇所を剥ぎ落としてたからな。半分固めりゃ剥ぎ落とすための泥を捻出することなんて出来ねえよ」


 で、どデカいウィークポイント弱点にトパーズがぶっ刺さった、と。《火種》や《光種》にはダメージがないし、そもそもフレンドリーファイアがこのゲームで起こることはない。トパーズが火種、光種の中を突っ切っても問題はない訳だ。


 だが、どうやら削り切れなかったらしい。すぐに至近距離から《ハウリング》して倒したようだが、ついに、トパーズの火力不足か。

 泥蛙を倒してレベルが上がったが一つだけだ。第二の町ローツに着いたらまず、ラピス達のレベル上げだな。

 そういや、ボス戦でレベルアップしたのは初めてか? 成金骸骨の高速周回でもレベルアップはなかった。偶然、なんだろうか。


「でもアレね。あの作戦は二度とやりたくないわ。MP切れなんて初めてよ。魔法よりも剣を使うことが多いし」

「なんか辛そうだったね二人とも」

「自分の魔法でMPがなくなる時はまだマシだぞ。なんか、正規の方法でMP出してる感じだし」

「ああ、そういえばテイクは時々、繭の炉にMP入れてるわね。あの後、フラフラになってるの見たことあるわ」

「あれは強制的に吸われるからな。ま、終わりが見えるし一瞬で済むからまだマシだ。それよりも、それ、より、も……」

「テイク? どうしたの?」


 あ、ああ、忘れてた。忘れちゃいけないことを忘れていた……!

 あの、ポーション無限地獄。確か、MPが3000を超えたら来てくれって。


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 プレイヤー名:テイク

 種族:ヒューマン

 ジョブ:テイマー(Lv.25)

 HP  1000/1000

 MP  5260/5260

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 あー、あー、やっちまったなぁー。

 でも、思い出したなら行かねばなるまい。男が約束をたがえる訳にはいかない!

 ……行きたくねーなー。

 今は、もっかい忘れよう。次にイワンの町に帰った時、必ず行こう。うん。


 泥蛙のいた沼を抜け、牛豚鶏を適当に狩りながら牧場を進むと、第二の町ローツが見えてくる。

 イワンの町程大きくはないが、異様な存在感を放つ崖がすぐ北側にあるせいで、仰仰しく感じる。左右は西も東も森だな。


 ポーン


「ん? メール?」

「運営からね。“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”のことかしら?」

「それなら対応早くて神だけど、違うみたい。ほら、件名見てみて」


 ケンに言われるまでもない。メールを開いてすぐに目に入った件名には、こう書いてあった。


 ――闘技大会イベント開催について


 ついに、来た。

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