第四十七話「即死回避」

「……あれ?」

「お兄ちゃん!」


 目を覚ますと、目の前には見知った天井があった。

 ……じゃねえよ! 死に戻ったのか? 身体の下にはふかふかベッド。ジメジメした沼にまれた陸地ではない。うん、死んでるわ、これ。

 確か、ケンを避けたカエルの攻撃を食らって《即死回避》が発動したんだよな。

 てか、あの赤い棒、絶対あの泥蛙の舌だよな。うえ、なんか攻撃を食らった横腹が気持ち悪く感じてきたぞ。


「大丈夫ですか!? ペラペラになってませんか!? はっ! そうしたら、膨らませないとですね……。どこからってそれはもちろん、キャーっ!」

「おい、アウィン。聞きたいことが」

「お兄ちゃん! 大丈夫です! わたしが責任を持って助けますから安心してくださ」

「いい加減にしやがれ」

「あう!?」


 暴走しかけたアウィンの脳天にチョップ。ついでに俺の顔へ這い上がろうとしたラピスも押し留める。窒息させるつもりか。追い討ちとか怖えよ。


「うう、ペラペラじゃなかったです」

「そこは喜ぶべきとこだろ。それよりも、俺はどうやって死んだ? 意識が途切れる直前、暗くなった気はしたんだが」

「えっと、お兄ちゃんがカエルさんに飛ばされて、すぐにカエルさんがお兄ちゃんの上にドーン! って」

「大型工作機に潰されたのか、俺」

「こーさく?」


 俺が死に戻ることでラピス達も死に戻って、向こうにはユズとケンだけ。今まで何度も負けてたなら今回も勝つことはないだろう。

 そういや、俺の撃った火球はどうなったんだ? 死ぬ前にチラッと見えた気がしなくもないが、すぐ俺を潰しに来れたなら当たってなかったとかか?


「ごめんなさい。わたしもすぐにお兄ちゃんのところへ走ろうと思ったんです。でも、カエルさんの方が早くて」

「アウィンの反応速度よりも先に泥蛙が動いたんだろうな。まあ、それはいい。とりあえず、他に聞きたいこともあるがユズ達が帰って来る前に」


 と、ここで部屋のドアを叩く音。繭か?


「テイクいるわよね? あんたも死んだんでしょ。談話室に来て」

「ああ。お早いお帰りで」

「テイクよりも粘ったわよ。ほら、さっさとドアを開けなさい」

「あ、わたしが開けますね! ユズお姉さん、おかえりなさい!」

「ただい、ま……。アウィン?」

「なんでしょうか?」

「ユズ、ついでにトパーズも頼む」


 ドアを開けたアウィンを見て固まったユズが、トパーズを見て引き攣った表情になる。

 俺やユズは問題ないんだがな。トパーズとアウィンは酷かった。


「トパーズちゃんとアウィンは今すぐお風呂場に直行っ! 暴れないでそっと! 尚且つ迅速にね!」

「ユズお姉さん、それは難しいです!?」


 ユズと泥だらけ・・・・のトパーズ、アウィンを見送ってからラピスと共に談話室へ向かう。


「お前はスライムだから泥が付着しなかったのか? 鱗粉はくっつく癖に便利な身体だなー」


 頭の上にいるラピスを撫でながら聞く。もちろん、返事は返って来ないが手に擦り寄る感覚は返ってくるので良しとしよう。

 部屋にあったバスケットボールと同じ大きさの泥で出来たシミは見なかったってことで。


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「なあ、死に戻りで帰ってくる部屋は自動で掃除してくれたりする?」

「……この、ゲームは、リアル重視。つまり、そういうこと」

「元々のオッドボールを僕達で掃除したことを考えると、部屋だけ特別ってことはないんじゃないかな」

「そもそも、死に戻りしたら汚れなんてないわよね。トパーズちゃん達は違うみたいだけど」

「……結論。テイク、頑張って」


 あの泥で汚れまくった部屋を掃除……。

 考えたくもねえな。ケンとアウィンに手伝わせれば少しは楽になるかね。


 今は、オッドボールの談話室にギルド“オッドボール”のプレイヤー全員が集まっている。

 “沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”戦で得られた情報を共有するための三人と、息抜きに来た一人、頭の上の一匹で合計四人と一匹だな。

 トパーズとアウィンは風呂だ。


「まず、最初にテイクに謝るわ。ごめんなさい」

「ごめん、テイク」

「なんだ? 俺が死んだ後に負けたことか? それとも、後衛の俺に攻撃されたからか? んなこと、今更気にしてないぞ」

「違うわ。ボスの情報を小出しにしたことよ。説明してもよく分からないと思ったから、とりあえず一回見てもらおうと思ったの」


 うん? 別にそれは良くないか?

 確かに、ボス戦で情報を出されて、その情報が信じられなかったから色々驚いたが、ユズもケンも俺の反応見て楽しんでたし。

 俺も、信じられないAIのモブがいれば情報渡さずに直接会ってもらってから反応楽しみたいって考える。俺の経験した驚きをぜひ、そいつにも味わって欲しいしな。


 泥蛙の説明を先に聞いても信じられるとは思えないし、そもそもあんな奴どう説明するのかって話だ。

 初見でクリアしないといけない訳でもないし、直接相対してから説明してもらった方が分かりやすい。むしろ、見る前に色々聞くよりも効率的だろ。


「うーん、考えてみたが、やっぱり先に説明しなくて正解だったんじゃないか? 百聞は一見にしかず。効率的だ」

「というよりも、一回目の挑戦を捨てたことかな。ボスのこと知らなかったからテイクの対応も手探りだったよね。そのせいで、テイクが攻撃を食らっちゃって」

「《即死回避》があんなに辛そうなものなんて知らないわよ。なんで言ってくれなかったの!?」

「あー……」


 そうか、ユズ達の前で《即死回避》が発動したのは初めてか。そもそも、俺が大きなダメージを食らったこと自体、初めてだったかもしれない。

 いきなり、知り合いが悲鳴をあげながら吹き飛んでいったらビビるよなあ。


「HPが五割以上減ると、結構痛いってことは知ってたけど、《即死回避》したら意識が飛ぶなんて聞いてないわ!」

「テイク、意識まで飛ぶ程痛かったの!? それって、本当に大丈夫!?」

「……MPを、犠牲にしてでも、VIT生命力や、HPを、上げる、装備を、作るべき?」

「いや、ちょっと待て! 配慮が足りなかったのは謝る! だが、そのことでユズ達が謝るのはお門違いだ。あと、繭、そんな装備はいらねえぞ。むしろ、VIT生命力とHPはマイナスがいい」


 意識云々は風呂場に連れていく時にアウィンから聞いたんだろうな。

 大狼戦で《即死回避》しまくってたから、気にしてなかった。変に慣れてしまったんだろうか。痛みに慣れるとか変態じゃねえか。


「心配してくれるのはありがたいが、《即死回避》は俺の手札だ。使うのに躊躇なんてしないし、HPが回復しきれば何度でも使う。一度死ねば戦闘中に復活しないラピス達を犠牲にするよりも、俺の痛みと引換にできる《即死回避》を使うことの方が多いだろうな。もちろん、ユズやケンも同じだ」

「……私は、あんたの《即死回避》を手段とは思わないわよ」

「それでもいいさ。俺が使うべきだと思った時に、俺が使う」

「僕はテイクに任せるよ。あの叫び声を聞きたいとは思わないけどね」

「う、できるだけ抑えるようにしてみる」


 肩とかに食らえば耐えられそうなんだがな。腹とかに当たれば叫んでしまう。仕方ない気はするが。

 ……急所なら、声すら出ないか? 試す気はさらさらないが。


「お風呂入って来ましたー! 気持ちよかったですっ! トパーズさんを乾かしてたら遅くなっちゃいました!」

「あ、おかえり。それじゃ、アウィンちゃんも話に参加してくれる?」

「はーい!」


 シャンプーの香りと共にトパーズとアウィンが帰ってきた。そういえば、アウィンに聞きたかったことがあったんだったな。

 だが、アウィン。なんでパジャマ姿なんだ。風呂入ったからってまだ昼だぞ。


「……ユズ。この、生物は、まさか」

「ええそうね、繭。この真っ白な子は、間違いなく……トパーズちゃん! フワッフワのモッフモフになったトパーズちゃんよ! 抱っこ! は、できないんだったわね。お願い、撫でさせて!」


 目をキラキラさせた繭とギラギラさせたユズがトパーズに迫る。ユズ、怖えよ。相手は小動物だぞ。筋力値ATKは怪物並だが。


「なあ、聞きたいことがあるんだが」

「ん、なに?」

「どうしました、お兄ちゃん! 何でも聞いてください!」

「…………」

「あああぁぁぁ。もふもふしてるぅー。ふわふわなのよぉー」


 ……無力化されたやつは放っとこう。ケンとアウィンに聞けば分かんだろ。


「俺の火球はどうなったんだ?」

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