第四十六話「泥蛙」
よし、とりあえず一旦整理しよう。
北エリアのボス“
実はここ、ボス戦フィールドじゃないとか?
「なあ、ボス不在なんてことあんの?」
「ないわよ。ほら、どこから来るか分からないんだから警戒しなさい」
「は? ボスって待機してるもんじゃねえのかよ!?」
「僕達も最初、不意打ち食らったからねー」
「ケン! 余計なこと言わなくていいの!」
警戒しろって、つまり、もうボス戦は始まってる!?
マジかよ、今までのボスは何かしらの
「お兄ちゃん! ここ、動けますよ! あの気持ち悪いのがないです! ほら! ほらっ!」
「そういえば、ボス戦前の硬直もなかったな。どうなってんだ?」
「いいから、構えて! 移動するわよ。アウィン、あなたも!」
「は、はいっ!」
跳ねたり、バンザイしたりで動けることをアピールしていたアウィンが俺と共にユズに注意された。
まあ、二人にとっては何度も煮え湯を飲まされた相手なんだろうが、ちょっとピリピリしすぎじゃないですかねー。
“
違うのは周りをぐるっと取り囲むのが木ではなく、泥沼だということ。あとは、湿気が凄いとか。空気が重たいとか。そんな感じ。
「なあ、まだなの? ほんとにボス来んの?」
「……人数が多くなるとなかなか出て来ないのよ」
「誰から狙おうか様子を見てるんだろうね。大体、魔術師から狙われるから」
「は? なんだそれ」
周りを警戒しながら中心に移動してきたはいいものの、ボスが一向に現れない。
痺れを切らして話し掛けると、またとんでもない答えが返ってきた。様子見て、獲物選んで飛びかかるって野生の捕食者そのままじゃねえか。
てか、この場合俺が狙われるってことか!?
「さあ、どうかしら? あんたの武器は鞭だし見ただけじゃ分からないから」
「見た目で選んでんのか? AIが? それよりもシステムなら
「来ましたっ! 避けます!」
全員で四方向をそれぞれ見ていたんだが、俺の右にいたアウィンの目の前から、ついにボスが登場した。っていうか、いきなり襲ってきた!
ちょ、待て待て待て! 想像よりも結構デカいんだけど!? てか速いな!
アウィンが避けるってことは止まらずに突っこんでくるのかな? あの、人を一気に三人か四人程飲み込めそうなカエルが?
あ、無理。避けらんない。
「大丈夫。任せて」
「ケンお兄さん!? 危ないです!」
「大丈夫、大丈夫」
俺の後ろ、つまりアウィンの右側にいたケンがアウィンの前に立ち、カエルと相対した。
おいおい、あのとてつもなくデカいカエルを止めるつもりかこいつ。
ちらりとユズを見れば澄ました表情。ああ、なるほど。ほんとに、大丈夫なのか。
「わわわ、お兄ちゃん、避けなきゃ! カエルさんが跳んで……!」
「そんなに頼りないかなあ、僕」
「だって、あのケンお兄さんですよ! つ、潰されま」
「《シールドリペル》!」
「……へ?」
巨大泥蛙が跳び上がり、その体躯で俺達を押し潰さんと落ちてきた。
正直、ケンとユズの様子を見ていなければ俺もさっさと逃げようとしていたに違いない。いや、だって大型工作機が落ちてきたら怖いじゃん。
だが、実際目にしているのは、ケンに跳ね返された工作機、もとい泥蛙がひっくり返って暴れている光景だった。
「ええーっ! お、お兄ちゃん見ましたか、今の! 凄い! 凄いですっ!」
「ぼさっとすんなよ。攻撃チャンスだ! 《
「《
後ろ脚を伸ばして起き上がったカエルへと弱点魔法が飛んでいく。光球はユズの魔法だな。相変わらず非効率な詠唱してんなー。
お、着弾した場所から円を描くように泥が固まったか? なるほど、ここを物理で殴ればダメージってことだな。物理攻撃といえば。
「行け、トパーズ!」
トパーズの突撃に勝るものはないよな!
アウィンが狙いを定め始めた。泥蛙は《火魔法》か《光魔法》を食らえば怯むらしいから間に合うはず。
ゴトン
「おい、そんなのアリか!」
「うえぇ、カエルさんの泥がウゴウゴしてます……。気持ち悪いです!」
「こういうことしてくるのが厄介なのよ……」
「厄介ってか、ズルいだろ! 魔法を当てて作った
「いつ攻撃するんだー。って感じだよね」
何をのほほんとしてんだケンは。
泥蛙は自分の泥を動かして、固まった箇所を押しのけるようにして剥がした。コイツ、泥を自分の意思で動かすことまでできるのか。
固まった部位をすぐに剥がせるってことは、攻撃チャンスは魔法を当てた一瞬しかない。魔法と一緒に着弾するようなタイミングが必要だ。
倒すにはどうすればいい?
ケンなら攻撃を跳ね返せることが分かった。それを続けていって、カエルが纏っている泥を全て剥がさせるってのはどうだろうか。泥が無くなればあとは本体のみ。物理攻撃だって、もしかすると魔法だって効くかもしれない!
「あー、盛り上がってるとこ悪いけど身体にある泥はほぼ無限よ。周りの泥沼に入れば全回復」
「それと、僕の《シールドリペル》はもう通用しないよ。あれは最初だけだねー」
「はあ!? なんで」
「もう一個言っとくと、私の魔法が当たったことは最初以外ないわ。ほんっと、悔しいけど」
「で、負けず嫌いだから何度も挑戦してるって訳。いい加減、突破口が欲しいとこだね」
「だから、なんでなんだよ!?」
「見て、体感した方が早いわ」
くそ、泥蛙がまた来やがった!
なんかよく分からんが、ケンが跳ね返せないなら避けられない俺はどうしようもない。ケンが跳ね返すことを信じるしかできない!
「《シールドリペル》!」
「あ! カエルさんが跳びました!」
俺から見て左に跳んだ。デカい図体からは想像もつかない程機敏だな、オイ。
ケンから三十度の地点までの時間を二倍した時間に九十度の方向! 誤差なんざ、コイツの体長に比べりゃ問題ない! どっかには当たんだろ!
九十度まで跳ばなけりゃ不発だが、泥蛙の目を見れば分かる。この野郎、俺を狙ってやがる!
左手を真横に伸ばす。狙いは、ここ!
「《火球》!」
威力はいらない。規模と速度を増した《火球》だ。速度は六倍、規模は四倍。消費MPは480。スイカ並の大きさの火球、当たったらどれほどの泥が固まるんだろうな。
「トパーズ! 火球が当たったら狙いはどうだっていい。とにかく突撃だ!」
「お兄ちゃん、ダメ! 危ない!」
「あ? う、ぐあ、ああぁぁあ!」
腹に重い衝撃。なんだこれ。赤い、棒?
棒を辿ると、泥蛙が口を大きく開けているのが見えた。その近くに破裂した火球と、飛び散った泥。
足が地面から離れる。風切り音が聞こえる。俺のプレイヤー名を呼ぶ声も微かに。
大丈夫。この感覚は知っている。《即死回避》だ。一瞬、意識を失った後、目が覚めたところで状況を整理すればいい。
少しでも、でーた、を。
意識が切れる直前。
光が、途切れた。
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