第四十八話「クソゲー」

「お兄ちゃんの魔法ですか?」

「ああ。状況から察するに避けられたか相殺されたか……。吹き飛ばされた時にチラッと見た感じ、避けた訳ではないと思うが」

「そっか。テイクは見る余裕もなかったからね。火球は防御、相殺されたよ」


 相殺されたのか。

 つまり、泥蛙は遠距離攻撃も持っているということ。泥沼から遠距離攻撃し続けるとか、ないよな? あのカエルならありそうで困る。


「あ、“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”にダメージ判定のある遠距離攻撃手段はないわよ」

「復活したのか、ユズ。トパーズに変なことはすんなよ」

「顔をうずめようとしたら逃げられたわ」


 何やってんだ、こいつ。

 トパーズはどこに行ったのかというと、俺の座っている椅子の下に潜り込んでいた。それを熱っぽい瞳で見詰めるユズと繭。

 安全地帯を見付けたようで何より。


「それで、泥蛙には遠距離攻撃がないって話だが」

「攻撃魔法って床や壁にぶつかっても消滅するじゃない? それを利用してるみたい。身体の泥を飛ばして魔法にぶつけるのよ。そうしたら、相手に届く前に消えちゃうでしょ?」

「《シールドリペル》は発動させると動けないから二回目以降だと避けられて、魔法は飛ばした泥に阻まれる。何とか伸ばした舌を攻撃することでダメージは稼げるけど、難しいんだよね」

「んなことしてたのか。あの舌を避けて攻撃とか俺にはできそうにないな。後衛が欲しいって言ってた理由は?」

「避けられない程度に狙いを付けられる人と同時に魔法を撃ったら、片方だけでも当たらないかと思ってね」

「野良でやった結果、見事二つとも撃ち落とされたけど」


 なるほど、ユズとケンは打つ手無しな状態なのか。俺を待ってたのはいいアイデアを出してもらうためとかか?

 三人寄れば、なんて言うがそう簡単にアイデアなんて出ないと思うがな。


「あ、“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”について運営に問い合せた人に返事が返ってきたみたい。掲示板が出来てるよ」

「問い合わせしてたのか?」

「私達はしてないわよ。でも、あんなのがいたら問い合わせしたくなる気持ちも分からないでもないわね」

「えっと……、『固体名“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”についての挙動をこちらでも確認致しました。現在、原因を調査中です』だってさ」

「AIを変えた訳じゃないのか? バグ?」

「バグが起こったような動きじゃなかった気がするけど……あら、メール?」


 泥蛙の仕様について話していると、俺の頭にも電子音が鳴り響いた。これは、運営からか?


 ……小難しく長々と書いてあるが、大雑把に言えば、原因不明で調査してるが時間がかかるって感じか。

 対応として、第二の町へは“森林の大狼リェース・ヴォールク”とスケルトンウィザードを倒していればイワンの町中央の噴水から転移できるらしい。補填は何かしらのアイテムをくれるようだな。


「どう思う?」

「意味が分からないわ。今までのゲームでこんなことあった? 敵モブの動きが想定外で、しかも原因不明だなんて」

「ただでさえ足止め食らってプレイヤーが減ってるのに、こんなメールが来たらどんどんプレイヤーが減っちゃうよ。運営は何を考えているんだろう?」

「ESO自体を返金したりもしてるらしいな。ま、仕様は完全にクソゲーなのは間違いないし」

「……残ってるのは、グラフィック目当ての、人達。あとは、逆境で喜ぶ、ドM」


 やっぱり、グラフィックが綺麗だと続けたくなるな! 断じて特殊な性癖ではないぞ!

 あと、俺がやめないのはラピス達のこともある。クソゲーだからラピス達を放っとくなんてことは今更無理な話だ。


「で、どうやら、第二の町に行けるみたいだが、どうする?」

「決まってんでしょ」

「このまま引き下がれはしないよね」

「俺はどっちでもいいんだがな」

「プライドのない男ねー」


 泥蛙を倒す目的は第二の町へ進むためだ。倒さなくていいならそれに越した事はないと思うんだが。

 こうなれば二人は泥蛙を倒すまで躍起になることだろう。しかも、運営が泥蛙のAIを直すまでに倒そうとするに違いない。


 で、そうなると……。


「私達はAIが戻るまでに倒したいの。テイク、あんたにも付き合ってもらうわよ」

「拒否権は?」

「今まで、僕達は一体いくつのゲームでテイクのレベル上げを手伝ったんだろうね。極振りに必要不可欠なのは、不屈の精神と損得のない友人。だったっけ?」

「喜んで手伝わせて頂きます」


 こうなるのは目に見えてたけどな。

 あの泥蛙を倒す方法ねぇ……。無理ではないことは証明されている。攻略組と言えばいいのだろうか。最前線を突っ走っている奴らは第二の町にいるはずだ。それはつまり、泥蛙を倒したということ。


 倒した奴らの中には、“森林の大狼リェース・ヴォールク”のボス前広場で会った黒甲冑のシャノと黄色モヒカンのゼノがいる“黒氷騎士団”。

 お嬢様のエリーとメイド服のメリーがいる“青薔薇”。あのウザいクレーマーもそこだったか。

 この二つのギルドもいるらしい。


 こいつらにできて俺達にできない道理はないだろ。人数的に厳しくはあるが。


「とりあえず、挑むか」

「死にまくって攻略するのはあんたの十八番おはこよね」

「今回は、僕達も死に続けてるけどね」

「ただ死ぬだけじゃねえぞ。条件を変えたり別のことをやってみないと何も変わらない」


 大狼だって、右に避けたり左に避けたり、ラピスの数を増やしたり減らしたりと色々やった。

 だが、今回はすぐに終わる予感がする。


「一つ、試してみたいことがある」


 ~~~~~~~~~~~~~~~

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 背の高い草に囲まれた道を行く三人のプレイヤーと三体のテイムモンスター。

 ここは、“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”のボス戦フィールドへと続く短い道の上だ。


「よし、作戦通り頼む」

「分かった。行ってくるよ」

「気を付けてください、ケンお兄さん!」

「あんたのことだから何か考えがあるんでしょうけど、私にはサッパリね」

「見てりゃ分かる。いや、失敗だったら分かんねえけど」


 そん時はまた別の作戦で行けばいい。さて、どっちに釣れるかね。


「あ! 来ました!」

「今までで一番早いわ!? どうして」

「説明は後。よし、運がいいぞ。そっちに釣れたなら、もう一個試させてもらうとするかな!」


 円の縁から中心までの距離は分かっている。あとはタイミングを見計らって……。

 今だ!


「ちょ、あんたなんでそんな魔法を!?」

「見てください、ユズお姉さん! カエルさんが!」

「え? なんで!? どうして!?」


 よしよし、思った通りだ。

 中心へと歩きながらおもむろに毒液を取り出し、自分の手へと乗せる。


 泥蛙が、今俺に気付いたかのように振り向く。何もかもが予想通りだ。

 泥蛙が跳ねる。俺の頭上が陰り、大型工作機が降ってくる。


「バカ! あんた何やって」

「ユズ、ケン」


 死ぬ直前、二人に呼びかける。


「勝ち筋は、見えたぞ」


 視界が暗転した。

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