第四十二話「勝つために」

「一番最悪なパターン引いたってのか! ついてねえ!」


 火球が俺から見て左側、つまりラピスのいる方へ、俺へは闇球が飛んできている。

 右側では、トパーズの発射準備が整い、今まさに突撃しようという段階だ。

 アウィンにラピスを助けてもらうにしても、突撃するまでアウィンはトパーズを支える必要がある。それに、今からラピスへと走っても間に合うとは思えない。


 ……正直、火球に狙われているのはラピス(1/8)で、切り捨てても問題はない。トパーズが突撃さえすれば、ラピス(1/8)が死んでも勝利はできると思う。


 ラピスを見ると、避けようともせずむしろズリ、ズリと火球へと向かっていた。

 ああ、きっと、ラピスは俺の考えなんてお見通しで、でもその考えに納得できなくて。

 自分に何か策があると思わせるために火球へと向かっているのだろう。俺がラピス達を信用していると分かっているから。

 でも、俺は知っている。


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 モンスター名:ラピス(1/8)

 種族:マルチスライム(Lv.13)

 HP  100/100

 MP  12/12

 ATK  1

 VIT  1

 INT  1

 MIN 10 (used 13)

 DEX  1


 スキル

 《粘着》Lv.1

 《吸収》Lv.1

 《分裂》Lv.3

 《擬態》Lv.1

 《物理攻撃無効》Lv.☆

 《被魔法攻撃5倍加》Lv.☆

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 ラピスの《分裂》はステータスも等分される。MIN精神力もHPも八等分だ。ラピスが火球に耐えられるはずはない。

 それに、《分裂》スキルは偽物を作り出すスキルではなく、本物である自分を複数体に分けるスキル。今、狙われているラピス(1/8)だって、本物のラピスだ。

 勝つための犠牲なんかじゃない、助けられるなら、死に戻りがあるとしても助けたい。


 闇球が迫る。

 覚悟は、できた。


 骸骨の魔法の速度、秒速十二メートル! 既に五メートルは進んでいる、残された時間は一秒もない!

 ラピスに当たるまでに火球へぶつける地点はここから二十四メートル。そこへ《火球》を到着させるには速度がおよそ秒速二十八メートル必要!

 角度は骸骨から約三十度に向けて、撃て!


「《火球》!」


 目が眩む。全MP2,469を使い切ったからだ。速度を2.4倍、後は全部威力につぎ込んで、少しでもラピスに魔法の余波が届く可能性を減らした。


 ああ、考えるのが億劫だ。だが、気持ちは晴れやか。後悔はない。

 目の前に闇球。大丈夫。HPはフルにある。《即死回避》は発動する。


 着弾。と、同時に虚無感。

 身体を異物が通っていく違和感。身体の内蔵が引っ張られる。消える。感じない。

 視線が下がる。膝を着いたのか。感覚がない。なんだこれ。


 だが、意識まで消える直前、目の前に浮かんだものを見て口角が上がるのを感じた。


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 西の洞窟ボス“スケルトンウィザード”

 討伐報酬


 スケルトンウィザードの素材 ×12


 西の洞窟ボス“スケルトンウィザード”

 ソロ討伐報酬


 なし

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 勝った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「そろそろ離れて欲しいんだが」

『…………』

「アウィン?」

「えっと、ラピスさん、すっごく怖がってます。もう少し、そのままでいて頂けませんか」

「……分かった」


 闇球で《即死回避》が発動し、そのせいで少し意識を飛ばしていた間にラピス達は俺の元に集まっていた。

 で、起きてからラピスがずっと俺にくっついて離れない。しかも、俺の左腕と腰を《粘着》で固定して。


 多分、ラピスを狙う火球を俺の《火球》で撃ち落とした時、左手を伸ばして狙いを付けたからだよな。ラピスの言葉は分からないが行動で意思を伝えようとしているのだろう。

 曰く、『さっきの行動には賛同しかねる』ってとこか。

 俺もラピスも生き残れる手段を選んだだけなんだけどな。あの時、ラピスが死に戻っていれば、勝利の余韻に浸るこの瞬間ラピスはいなかった訳だし。


 ラピスの今の大きさはバスケットボールの八分の一。初期魔法と同じかちょっと小さいぐらいか? 大体ソフトボールの一号球……って言ってもよく分からんな。

 直径八センチ程の球状だ。


 そして、ラピスの残り八分の七は、死んだ。いや、俺が殺したと言えるか。


 スケルトンウィザード戦での、作戦会議を思い出す。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「成金骸骨を中央へ転移させる方法は理解したな?」

「えーっと」

「……理解してなくても俺が言った位置に行ってくれればいい」

「任せてください!」

「それで、あの骸骨にトドメを刺す方法なんだが」


 ラピスとトパーズに向き直り、二人の目を見て話す。

 今から俺はこの二人にとんでもないことを言わなくちゃならない。

 “森林の大狼リェース・ヴォールク”の時は、俺が囮になれば良かった。痛みや苦しみは、俺が引き受けることが出来た。

 だが、今回は。


「すまん、勝つために、死んでくれ」

『『……』』

「……アウィン、ラピス達は何て言ってるんだ?」

「え? お兄ちゃんの指示を待ってますよ。そもそもわたし達、死んだらお店に戻るんですよね? もう何回も死んでますし、今更です」

「それは、そうだが。苦しむのは辛いだろ」

「わたしの場合、死んじゃう時は痛みを感じませんでした。あ、ラピスさん達もそうみたいです! それに、お兄ちゃんがそう言うってことはそうするしかないんですよね?」


 ラピス達が嫌がれば、別の方法を探すつもりだった。そんなもの、あるのか分からないが。

 だが、誰一人欠けずに勝つなんてこと、全員極振りの俺達にできる気がしない。いつか必ず、誰かの死を突破口にする必要が出てくるはずだ。

 俺の平凡な頭ではそれが精一杯。今回もラピスとトパーズを犠牲にする方法しか思い付かなかった。


 そんな俺を信頼してくれるだって?


「どうして」

「お兄ちゃんがいなければ、今のわたし達はいなかったと思うんです」


 んー、まあ、消える前にテイムしたからな。


「それに、何と言えばいいでしょうか。心の奥で、お兄ちゃんと繋がってる気がするんです」


 システム的なものかな。


「何より、お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんですから! 兄妹の絆です!」

「それはお前の勘違いだ」

「そんなことないですーっ!」


 そうだった。ラピス達はAI。コンピュータ上に人の手で作られたプログラム。

 どこまで行ってもそれは覆らない。


「それじゃ、ラピス、トパーズ。やることは単純だ。簡単に説明するぞ」


 それでも、俺はラピス達を駒として見たくはない。他人に仕込まれた思考、行動だとしても、それを含めて一つの自我だ。

 こいつらは俺の仲間だ。痛みや苦しみが無かったとしても、その死を無駄には絶対にしない。


「ラピスは限界まで《分裂》してくれ。一体はアウィンに、残りの八分の七はトパーズだ」


 小さなトパーズへ青い物体がいくつも張り付いていく。トパーズのATK筋力値が高いからか、そこまで動きに支障はないようだ。


「あとは、さっきトパーズに言った位置から、中央に現れた骸骨に向かって突撃だ。アウィンはその補佐を頼む」

「わかりましたっ!」

「きっと、骸骨に近付けば障壁が張られる。それでダメージを受けるだろう。恐らく、致死量の」


 それでも、勝つためには。


「俺を信じて、跳んでくれ」

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