第十三話「繭」

「あ、あの、皆さん、元気出してください」

「終わった。初期ギルド勢参入の夢は断たれた」

「別にギルドを作れなくてもゲームは出来ますよ! それに、作れなくても入ればいいんです! ケンさん達なら他のギルドからも引っ張りだこですよ!」

「ギルド作るためにまた一日中スライム狩りはもう嫌よ」

「地獄のスパン早すぎ。絶対にやりたくない」

「あ、スライム素材とMP提供はウェルカムです。さあ、頑張ってギルドを作り上げましょうっ!」

「「断る!」」


 あれから。

 何時間も走り回って、そろそろイワンの町の路地は制覇したんじゃないかって頃になっても何の手掛かりも得られなかった。

 ユズとケンに望みを託し、aromaへと戻ると項垂うなだれた二人とオロオロしている癒香がいた訳だ。


「やっぱり町盗賊は困りものですね」

「あんな奴らを設定した運営が信じられないわ!」

「うん。まさか、運営公認の敵モブだったとは思わなかったよね」

「うー、もっかい運営に問い合わせてみる!」

「もう、大量のプレイヤーが抗議してるんでしょ? ユズがやっても」

「私もするの!」

「何回やんだよ、もう同じ文面しか返って来ねえって」


 癒香から聞いた話だと、犯人は町盗賊という種族名である敵モブだった。

 倒せば大量の金が手に入る系のレアな敵らしいが、リリース直後ではなかなか追い付いて倒すことは出来ず、歯痒い思いをしたプレイヤーが運営に抗議しまくったらしい。

 しかも、大人数でレベル低めの町盗賊を仕留めたプレイヤーからの情報だと、盗られた金は返って来ず、ドロップ分の金のみ手に入る鬼畜仕様。ついに、運営も町盗賊のデータを消すことを検討し始めたようだ。


「はあ……。幸い、昨日換金した分は別で持ってたからゲームプレイに支障はないけど、私達でギルド立ち上げは難しいわね」

「正直なお話、スライム素材は大量に頂いたので、先ほどと同じ金額で買い取ることは出来そうにないです。冒険者ギルドと同じか、少しマシな程度でしょうか……。申し訳ありません」

「癒香さんには感謝してるよ。謝られることは何も無いから気にしないで。それで、別ギルドに入る案だけど」

「絶対に嫌! ギルド内の決まりとかあんまり好きじゃないのよ」

「俺を理解してくれるやつがいるとは思えん」

「と、こんな感じでわがまま二人がいるから無理かな」


 俺のは我が儘じゃねえよ。

 ズルいとか、チートとか、そういうことを言われるのが面倒なだけだ。


「癒香みたいにお店を持ってたら土地を持ってることになって、ギルドを作れるのよね?」

「はい、そうみたいです。今のギルドを抜ければ新しく立ち上げられるとは思いますが……。えっと」

「あ、ごめんごめん! 違うの、癒香に作って貰おうって訳じゃないから!」

「……はい、すみません」

「謝らないで!? ほんとに、そういうことは考えて無いから!」

「うーん、β特典でお店を持っていて、僕らの、というかテイクのプレイスタイルを知っていて、なおかつ、他のギルドに所属していない人かあ……」


 んな、奇跡みたいなやつがそう簡単に見つかる訳が……。

 いや、待てよ。そういや、さっき……。


「そんな人が都合良くいるとは思わないけど」

「私も、思い当たる人はいませんね。お店を出しているプレイヤーは大抵“イワン生産職連合”に入っているので、相当難しいかと思います」

「あー、俺、心当たりあるわ」

「嘘!?」

「え、あるの、テイク!?」

「おう、多分な。ユズとケンも別ゲーで会ったことあるぞ」


 そういや、ESOではまだ会ったことないな。

 顔を見に行くついでにギルドのことも聞いてみるか。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「え、ここ入るの?」

「テイク、こっち路地なんだけど、ほんとにお店があるの?」

「そういうコンセプトの店なんだろ。アイツはそういうやつだ。ほら、行くぞ」


 aromaを出て、暫く歩いた後に向かったのは路地裏。

 いかにも、浮浪児が座り込んでそうな場所だが、ここに店があるのだ。

 さっき、盗人を探してる時に見付けたんだがな。そん時は何か聞いたことのある店名だなー。ぐらいにしか思わなかったんだよ。

 よくよく考えればこんな名前を店に付けるのはアイツぐらいだ。


 路地に入って、一度曲がることで見えてくる看板。そこには“オッドボール”と書かれていた。

 意味は“奇人、変人”。意味を知ってる人は少ないだろうが、正気の沙汰じゃねえな。


「お邪魔しまーす。おーい、誰かいねーのかー」

「うっわあ、散らかってるね……。ここ、ほんとにプレイヤーのお店? リリースされて二日目とは思えないんだけど。あー、すっごい掃除したい」

「あそこにあるのはハリセンね。こっちの棚には猫耳。それにあれは、孫の手? この意味の分からない品揃えはまさか……!」


 と、ここで、店の奥から何かが盛大に倒れる音と、難を逃れたのであろう人物が駆けてくる足音が聞こえてきた。


「……ん、初の、お客さんだ。いらっ、しゃい……って、おお。モヒカンじゃない、けど、テイクだね、キミ」

「おっす、相変わらずゆっくり喋るのな、まゆ

「げ。やっぱアンタだったのね、引きこもり」

「……そういうキミは、まな板ちゃん。おひさ」

「ええ、久しぶりね。そう、ほんとに久しぶりに会ったのだけれど、急に殺意が湧いちゃったから殴っていいかしら」

「二人の関係も相変わらずだね。久しぶり、繭ちゃん」

「テイク、この影の薄い人、誰?」

「おいおい、繭、ホントのこと言ったら可哀想だろ。ケンだよ」

「それ僕、意外と気にしてることだからね? やめてくれる?」

「……? けん?」

「うわ、冗談抜きで覚えられてないやつだ、これ」


 ケンのことは放っといて、繭のことだな。

 繭は俺が色んなゲームでお世話になってきた色物生産職だ。

 メインで作っているのは武器や防具。俺が愛用してることからも分かるだろうが、とりあえず普通ではない。

 攻撃出来ない斧や、VIT生命力の下がる鎧なんてのは序の口。攻撃して数秒遅れてからダメージ判定のあるグローブなんて、どこの世紀末だよ。


「で、そんな奇人、変人さんが何でβ特典で店貰えてるんだよ。お前んとこに客が来てることなんてハロウィンか年末ぐらいだろ」

「……繭のお店は、コスプレ店じゃ、ない。何度、言わせるの。……それに、ESOでは、武器防具だけじゃ、ない」

「と言うと?」

「テイク、ほら、あの棚にあるのって」

「あら、アクセサリね。何、アンタ細工師なの?」

「β版では、そうだった。今は、鍛冶職人。でも、鍛冶道具と、《細工》スキルがあれば、アクセサリは作れる。βで気付いた。……ジョブ補正はないけど」

「なるほど、繭はβでアクセサリを作って売ってた訳だな。アクセは複数装備出来るし、細工師も少ないから結構売れたってことか」

「繭が、可愛いから、売れた」

「あー、はいはい。そうだなー」


 繭の容姿は、140cm辺りの身長で、伸びるのに任せきった長い紫の髪、目元にかかった前髪の奥には髪と同じ紫の眼、と言った感じだ。

 服は、ゴスロリって言うのか? ゴシック調の魔女っぽい服を着ている。

 まあ、人形のような可愛らしさはあるが、不健康というか、おどろおどろしいというか……。


「で、そんな可愛い繭に相談があるんだが」

「……なに? テイクの頼みなら、出来るだけ頑張る」

「繭ちゃん、どこかのギルドに入ってたりする?」

「入ってない。あと、初対面の人に、“繭ちゃん”と、呼ばれる筋合いは、ない」

「だから、初対面じゃないって……」

「なら、アンタ、ギルドを作る条件は知ってるの?」

「知らない。興味ない」

「……愛想って言葉、知ってる?」

「知ってる。まな板に足りないもの」

「やっぱ、殴る」

「待て待て待て。繭、それじゃ、俺からの頼み事だ」


 店、つまり土地を持っている。ギルドに入っていない。俺への理解もある。

 立地には難がある気もするが、繭以外に頼めるやつがいる気もしない。

 勝機はあるが、店を拠点として使わせてくれ、なんて断られるのが普通。

 ここは、当たって砕けろだ!


「繭、俺のためにここをギルドとして使わせてくれ!」

「分かった」

「即答!?」


 案外、繭はチョロかった。

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