第十二話「牛串」
「なかなか、いい取引だったわね!」
「利害の一致って感じだったね。まさかスライムから回復薬ができるなんて、よく癒香さんも思いついたよ」
「スライム自体、倒してる人なんてあんまり見ないし、まだ出回っている数も少ないのかしら。ギルドで売るのとは比べ物にならないくらいの値段で買い取ってくれたわよね」
癒香との取引は無事に終わった。別に誰かを暗殺して来いやら、この荷物を所定の場所へ運べやら、そういうアブノーマルなことなんてなかったのだ。
ただ、俺に対しての行動を除いて。
「あー、身体がダルい。歩きたくねえ。ラピスもトパーズも降りろよ……」
『『…………』』
「無視ですか、そうですか」
「もー、トパーズちゃんは私が抱っこするって言ってるのに!」
お、トパーズがユズのいる右側の肩から左肩に移った。
癒香のとこを出てからずっとこうだ。癒香からは離れたがらなかった癖に、ユズとはやたら距離を置きたがる。“aroma”に行く前はユズに抱かれても大人しかったはずなんだが、急に性格が変わりでもしたのか?
とりあえず、重い。普段ならいいが、今はやめて欲しい。
現在の俺の簡易ステータスを見てみる。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
テイク Lv.14
HP:1000/1000
MP:516/2180
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
癒香と話していた時には全快だったはずのMPが減っている。
《MP自然回復》のお陰で少しずつ回復はするものの、一度ゼロにまで落ち込んだ後遺症で身体が異様に重いのだ。
あの後、癒香はスライム素材を割高で買うための条件を出した。
「テイクさんって今回はMPを極振りしていますよね。さっきメールで送って頂いたのを見ると、2080だとか」
「ん、ああ」
「基礎ステータスはオール10ってのも笑えるわね」
「テイクの変態MP量がどうしたの?」
「いちいち、変態言うな」
「実は、スライムを使ったMP回復薬なんですが、少し問題がありまして……」
まさか、その問題の解決法を探せなんていう途方もないことを言うつもりじゃないだろうな。
「えっと、癒香? 私達は薬師でもないし、生産職ですらないから問題解決には役に立たないんじゃないかしら」
「あ、いえ、解決法なら分かっています」
「なら、材料を採ってくるとかかな?」
「材料なら、私の目の前に」
「……ん? 俺!?」
「はい!」
いや、いい笑顔で「はい!」なんて言われましても!
思わず後ずさった俺の肩を、左右から伸びた手が掴む。
「なんだ、テイクなんかでいいなら、いくらでも使っていいわよ」
「それでお金が手に入るなら安いもんね。僕達は死に戻り地点で待ってればいいのかな?」
「お、お前ら……、俺を売る気か!」
「あら、買い取って貰える場所があって良かったじゃない」
「テイク、プレイヤーなんて無限資源だよ。実質、お金だけ手に入るんだ。これも僕らのギルドのためだって」
「い、嫌だ。殺される! 死にたくないっ!」
「「逝ってらっしゃい」」
「まだ、逝きたくないぃぃーっ!」
「あのー、MPを頂きたいだけなのでお二人はここで待っていてくださいね?」
結局は、俺のMPをフラスコに入った色とりどりの液体に入れていく作業だった訳だが、これが、思いのほかしんどい。
MPがゼロになれば立ちくらみに似た感じになり、身体がダルくなる。その後、治るまで休憩すれば、また次のフラスコ。次のフラスコ。次、次、次。
次だ、次だ。と考えて次のフラスコに向かっていると“次”がゲシュタルト崩壊して記号に見えてくるから不思議だな。
そもそも、何故俺がこんなことをしてるんだ。何回かに分けてやるか、複数人で一つのフラスコにMPを注げばいい話だろ。
と、疑問に思ったので、癒香に聞いたんだが。
「それは、私も考えたのですが、一度MPを注ぐことを止めると回復薬が出来上がってしまい、それ以上MPを受け付けなくなるみたいなんです。複数人だと、反発してMP回復量が減ってしまうので、一人で一気にMPを入れる必要がある訳ですね」
と言われた。どうやら、逃げられないようだ。
ちなみに、回復薬に注いだMPの十分の一がMP回復量となるらしく、俺が全力でMPを入れた回復薬は208回復する効果を持っているそうな。
名称も“上級MP回復薬”となり、製品版では初の生産となった。
癒香は、中級もまだ作られていないのに上級が作れてしまったことで、慌てていたようだが、とりあえず、作れるだけ作ってしまおう。後でギルドに報告して対策を立ててもらえばいいや。という結論に落ち着いてしまった。
そして俺は、地獄を、見た。
「そんな俺の健気な献身と犠牲によって勝ち取ったのがこの大金! この金で好きなもん奢ってやるよ!」
「なんかテイク、投げやりになってない?」
「重度の風邪でテンションがおかしくなった感じかな? とりあえず、僕らはありがたく奢られとこうか」
「マジで死ぬかと思ったんだからな! むしろ、死に戻りした方がマシだった!」
もうやりたくねえ!
……って言ってもどうせレベルが上がれば連行されるんだろうな。
もう、絶級でも特級でも何でも作ってやらあ!
「んー、そうねぇ……。あんまり高いものだとギルド資金に響いちゃうかもだし、あそこの串焼きなんかどうかしら?」
「良いと思うよ。このゲーム、再現度高いし、味覚も期待大だね」
「おっし、あの屋台だな! おっちゃん、串三つで幾らだ?」
「私は二倍よ」
「おっちゃん、やっぱ四つ」
「らっしゃい! ホルンの牧場、暴れ牛の肉、四つで80
このゲームの金銭感覚は大体1円=1Gとなっている。
屋台っていうと、祭りのイメージが強いが、この辺りの屋台は店を持てない経営者と言った人が多い。
この人も牧場経営が上手くいかずに、ここで、自分の牧場のPRでもしてるんだろ。目的は売って食って貰うことだから出来るだけ安くしている。
ま、どこまで行っても運営の設定ではあるんだけどな。
「あー、50G硬貨か100G硬貨はどこだ?」
革袋の中を覗き込んで探す。ったく、こういうとこまでリアルにしなくてもいいだろうに。
こう、データでのやり取り的な? 勝手に持ち金が減ってくやつでいいじゃん。
「お、100G見っけ。んじゃ、おっちゃん、これで串を」
俺が一枚の硬貨を右手につまんで、差し出したその時、左から右へ俺の右手の下を掻い潜り走り抜けた存在がいた。
なんだ? 子ども?
「テ、テイク、アンタ、革袋……」
「は? 革?」
ふと見ると空っぽの左手。ここには土地代でもある大金が入った革袋があって。でも、今はなくて。
これは、つまり。
「おい、待てゴラ、くそガキィっ!」
「嘘、テイク、スられたの!?」
「さっさと追いかけるわよ! 私達のギルド資金なんだから!」
「まいどあり! 暴れ牛の串四つだ! うめぇぞ!」
「おっちゃん、金盗られたの見ただろ! それどころじゃねんだよ!」
「落ち着きなさいテイク! 相手はNPCよ! ただのメッセージ! いいからさっさと走る!」
「あ、ありがとうございます」
「呑気に受け取ってんじゃねえよ、ケン!」
ああ、くそ!
誰だよ、
俺だよ、チクショウ!
「ユズ! こん中じゃ、お前が一番速い! 追いかけるのはお前に任せた!」
「了解! テイク達は!?」
「俺とケンは路地とか使って周りを探す! 既に見失ってる現状、固まって探すのは非効率だ! 特徴は子供の身長と黒いローブ!」
「集合場所!」
「aroma!」
「オッケー!」
ユズは直進、俺は右手の路地、ケンは左側へと走った。
盗られてすぐ人混みへと入られたから名前どころかマーカーすら見れなかったんだが、見付けられるんだろうか。
町の中にいたんだからプレイヤーではあると思うが、子ども並の身長と黒っぽいローブってだけの特徴で盗人を探すのは苦労しそうだ。あと何か臭かった。
ローブは脱がれたらどうしようもないから、気を付けるのは子供の身長ってとこだな。
においは、よく分からん。下水道なんていうマップがあるのかどうかも分からないし、仮にあったとしても入口なんて知るはずもない。
後はゴミ捨て場とかか? ただ、何か違うんだよな。そういう臭いって感じでもなく、こう鼻にツーンと来るような。
ダメだ。考えても思考材料が足りない。
今はとにかく、頭よりも足を動かせ!
追いつけなくてもいい、どこかで遭った時に名前だけでも確認できれば!
きっと……!
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