第三話「イワンの町」

「スライムねぇ……」


 ユズの出した名前は俺もよく知っている名前だった。というか、ゲームしてる奴ならほぼ全員知ってるんじゃないだろうか。

 某RPGでは雑魚として序盤に出てくるが、このESOでもご多分に漏れず雑魚である。らしい。

 ……俺はゴブリンとしか戦ってなかったから知らないんだよ。


「確か、βでは北の第二エリアにいたよね」

「そーそー、物理攻撃がほっとんど効かないから、魔法か毒で倒さなくちゃいけなかったのよね。魔法スキル持ってない人なんて、なかなかいないと思うけど」

「へー、俺はゴブリンばっか相手にしてたから、東第一エリアしか知らねえんだよな。物理効かないってことは結構厄介なのか」

「そうでもないわ。魔法をちょっとやってたら余裕で倒せるから、むしろ物理攻撃なんていらないぐらいよ」


 物理いらないとかマジか。つまり、遠距離から魔法で弄ばれると……。

 なんか、VIT生命力極振りを思い出すな。


 ケンが言ったエリアとは、町の各方角に広がっている戦闘可能区域のことだ。

 今いるここはイワンの町で、南には海エリア、東には森エリア、西に行けば洞窟エリアがある。南の海については釣りができたり、泳げるってだけで、βではよく分からない場所だったな。


 東と西エリアにはボスがいて、その両方を倒すことで北の草原エリアにいるボス“沼の主 異形の泥蛙マッドマスター”への挑戦権が得られる。って感じだったはず。


「そうだったよな?」

「まあ、大体あってるよ。あとは、各方位のエリアは二つに分かれてるね」

「あー、北は草原から沼になるんだっけ」

「そう。それで、そこにスライムが湧くってこと。まさか、あんたがボスを全く倒してなくて、基本のおさらいからやることになるとは」

「お手数お掛けして申し訳ありませんねー。っと、あれだな。北の門は」


 噴水のあった町の中央から小さく見えてはいたが、近付くとそれなりに大きい。

 門の外に橋が見えることから町を囲うように水濠があるのだろう。βの時もあったし。


「やっぱ、人多いなー。VRだとプレイヤーをすり抜けるなんて出来ないし、当たらねえ様にしないと」

「でも、なんでこんなに人がいるんだろう? 出るだけなら流れができるはずだし、こんなに足を止める人がいるのっておかしくない?」

「確かにそうね。もしかして、いきなりイベントだったり……」


「やあ、君たち。ちょっといいかな?」


 足早に門を目指していたところに呼び止める声がかかった。

 おい、やめてくれ。スライム争奪戦に遅れたらそれだけ不利になる。こっちは急いでんだ。


 あ、いや待てよ、俺達に声を掛けた訳じゃない可能性もある。頼む、そうであってくれ……!


 祈るような気持ちでその方向を見ると、ごく普通の、だが俺達プレイヤーとは違う服を着た男が、こちらに歩いて来ているところだった。あー、これはダメだな。一直線に向かって来てらっしゃる。

 服装からして、恐らくNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だと思うが。


「イワンでは見ない顔だね。最近この町に来たのかい?」

「数分前に来ました」

「そうか。それなら、この町のことは詳しくないだろう? 何か聞きたいことがあったら答えてあげるよ」


 うわ、ジョーク通じねえ。ってことは、NPC確定だな。

 よし、無視してスライム行こう、スライム。


「お約束のヘルプNPCかな」

「だから足を止めてる人が多かったのね。なんだ、イベントじゃないんだ。残念」

「謎が解けたところで、さっさと行こうぜ。別に聞きたいことなんてないだろ」

「待って、テイク」


 歩きだそうとした俺をケンが呼び止めた。

 何だよー。何もねーってー。


「まあまあ、ちょっと待ってよ。気になってたことがあってさ。一つ質問させて欲しいんだ。すみません、特別職って知ってますか?」


 後半はNPCの男に向けた言葉なんだが……、質問の意味がよく分からん。特別職ってのはテイマーだろ? お前の隣にいるじゃん。


「……特別職は最近ギルドに登録された新しい職業だね。確か、テイマーと呼ばれる調教師と、ヒーラーの治癒術師だったかな。どっちもその職業に就ける条件があるらしいから特別職って言われてるよ」

「治癒術師?」


 まさかの、特別職が二種類という事実。

 そういえば、特別職の抽選は殲滅数上位と下位で分けられてたな。きっと、下位の抽選に当たれば治癒術師なる職を選べるのだろう。

 俺が下位だった可能性? いやー、さすがにないだろ。


「……治癒術師というのは僕もよく知らないんだけどね。仲間を回復させることに特化した職業なんだそうだよ。いつもパートナーを連れてるって話を聞いたこともあるな」


「え、なんだこいつ。聞いてもないことを喋り始めたぞ」

「あんたの言葉に反応したんでしょ。聞き取った言葉を文字に表した時、?マークが付く文章を聞きたい質問として受け取るとか?」


「……今日はここにいるけど、いつもは仕事なんだ。質問なら冒険者ギルドでいつも受け付けているよ。でも、町で会ったら声を掛けて欲しいかな」


 怖い怖い怖い!

 マジでなんなんだ、こいつ。

 もういいって。早くスライム狩りに行こうって!


「今のは、聞きたい質問があればどうすればいいか、って質問だと判断されたみたいだね」

「質問を選択型にせず、リアリティを追求したのは評価するけど、返ってリアリティが無くなっちゃってるじゃない。……あ、こんな質問はどうかしら」


 おいおい、まだやんのか! いい加減、そろそろテイムしに行きたいんだけど。


「あー、ユズのスイッチ入っちゃった感じだね」

「ああ……。ユズさんお得意のアラ捜しだな。スライムが遠のく」

「失礼ね! 気になったら確かめたくなる性格なだけよ! えーっと、あなたの名前は?」


「……僕の名前かい? まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったな。僕の名前はカリム。もし、町で会ったら声を掛けて欲しいな」


 何、そのフレーズ好きなの? 本日二度目のご登場じゃねえか。

 どんだけ話し掛けて欲しいんだよ。


「名前は設定されてるってことかしら。じゃあ、さっき仕事してるって言ったわよね。どんな仕事をしているの?」


「…………ごめん。その質問は僕にはよく分からないな。他の質問はあるかい?」


 ……この人ヤバい人じゃないよな?

 あれか? 突発性痴呆症か?

 聞いたことねえよ。


「なあ、ユズ。これってどういう……」

「きっと、運営がまだ設定してないんでしょうね。まさかリリース直後にこんな質問されるなんて思っても無かったんでしょう。私の勝ちね!」


 何と勝負してんだコイツは。


「ハイハイ。大勝利おめでとう。そんじゃ、さっさとスライムを……」

「まだよ!」

「ええー……」


 そろそろいい加減にしてくださいよ、ユズさん。


「次はこの質問よ。あなたの家族ってどんな人?」


「………………か、ぞく? ……妻、むす、め。…………メアリー……エマ……」


 おいおい、何かボソボソ呟いてんだけど!?

 これ、大丈夫か? フリーズ? NPCが?


「メアリーさんとエマさん? その人があなたの家族?」

「………………」

「あ、あれ? もしもーし! カリムさーん!?」


「うわー、ユズがNPC壊しちゃったよ。どうする、ケンさん?」

「これは、アラ捜しユズさんの新たな伝説となりますね、テイクさん」

「ちょ、ちょっと! ほんとに壊れちゃったの!? カリムさん!? え、これ私? 私のせい!?」


 いや、ユズ以外に誰がいんだよ。

 少なくとも、俺じゃねえぞ。


「と、とにかく逃げるわよ!」

「この人放置でいいのか?」

「運営が何とかするでしょ! 私はヘルプNPCに気になった質問しただけ。いきなりフリーズしたのは向こう。つまり、これは運営の落ち度!」

「それじゃ、逃げる必要ないんじゃないかな?」

「ならケン、あんただけここにいなさいよ!」

「え、あれ? テイク!?」


 ユズが走り出したと同時に俺もダッシュ。

 悪いな、ケン。俺としては運営のゴタゴタに巻き込まれるよりも、さっさとテイムしに行きたいんだよ。


「ってことで、走れ!」

「え、ちょ、待って待ってー!」


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「さて、ユズさんや。やっちまいましたなあ」

「リリース初日にNPCをフリーズさせて逃亡。これは言い逃れできませんねえ」

「うるっさいわね! あんた達、走ってる間中ずっとそれやってて飽きないの!?」


 いや、だって前代未聞の事件なんだもんな。ネタにしない方がどうかしている。

 あのNPC、まだボソボソ呟きながら雑踏の中にポツンと立ってんだろうか?

 シュールってか、ただただ邪魔なオブジェクトと化してんな、それ。


「それに、あれは私が壊したんじゃないわ」

「おい、ケン。こいつ現実を直視できなくなったぞ」

「事実を自分へ都合の良いように捻じ曲げちゃったら終わりだよ? ユズ」

「違うわよ! ちゃんと、理由もあるの! 結論から言うと、大規模防衛イベントがあるってのが私の考察ね!」

「なんでまた、防衛イベントなんてものが出てくるのさ。話が飛躍しすぎじゃない?」

「ま、勝手に予想するのはいいんじゃねーの? そういうのって、結構盛り上がるし。んで、その理由って何だよ?」


 イワンの町を出て、スライムのいる北の第二エリアへの移動中。

 ユズはよほどNPC破壊伝説を広めたくないのか、大規模防衛イベントなる言い訳をし始めた。


 つまり、あれだな。ユズ曰く、あのフリーズは仕様だったって言いたいんだろう。

 とにかく、理由を聞こうじゃないか。


「呟いてた内容から察するに、あのキャラクターの身内に何かあって、その会話以降は何も喋らなくなる設定がしてあったのよ」

「あー、妻とか娘って言ってたね。リリース直後に、NPCの家族が亡くなったってこと?」

「いいえ。恐らく、私の質問の回答に当てはまるメッセージプログラムを探した結果、別のイベント用の会話が発生したのね。ヘルプNPCを専用のものにしなかったせいって訳。うん、私は悪くない。」

「で、その別のイベントってのが、大規模防衛戦か」


 確かに、NPCの家族に何かあるならそれが一番有り得そうではあるな。

 魔物に攻め込まれて住人虐殺、町崩壊って感じか。

 それ、ゲーム続けられんのか?


「こんな一大イベントを事前に発見できるなんてラッキーだったわね。攻略サイトに情報提供しとかなきゃ!」

「こうして、ユズのNPC破壊伝説が世に知れ渡ることとなるのだった」

「やっぱり、情報提供はやめときましょう! うん!」

「それは何より。ほら、そろそろ第二エリアだよ」


 ここまで話しながら歩いていたが、実は第一エリアの敵とは全く戦っていない。というか、空いている敵がいないのだ。

 Lv.1のプレイヤーがすることは、まずレベル上げ。全プレイヤーがLv.1の今、全ての方位の第一エリアは満員御礼状態なのだろう。

 ……南は海だからいないか。


 しかし、物理の効かないスライムは不人気である。

 結果として、目の前にあるのは。


「よーし、さあ、気を取り直してスライム狩りよ!」


 プレイヤーのいない、大量のスライムが蔓延はびこる広大な沼地だった。スライム争奪戦は開催すらされていなかったようだ。


 さてと、この中の誰が俺のテイムモンスターになってくれるのかね。

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