第3話 彼女は宿題を課す
その日だって、俺の生活が変わることはない。朝食を終えて、部屋に戻って、ゲームして、昼食を終えて、興味のないサイトを開いては閉じ、開いては閉じ、夕食を終えて、風呂に入って。
そろそろ、寝るか。
ベッドに入り、目を閉じる。頭のどこかに、あの女がちらついた。
また、出会うことになるのだろうか。あの、真っ白な夢で。
「おやすみ。昨日ぶりだね」
耳に残るその声は、また、俺の中にするりと入ってきた。
「...また、この夢か」
「そうみたいだね。ていうか、寝るの遅いんだね、君」
「関係ないだろ」
「まぁ、そうだけどさ。昨日も私よりここに来るの、遅かったから」
微笑む彼女に、一つ溜め息をついた。
俺はなんで普通にこの女と話しているんだろう。どんどんイタいヤツになっていくじゃないか。
「夢の中だし、いいじゃん」
彼女は、俺の心を読み取ったように言った。
「夢の中なんだから、もっと話そうよ。夢の中の人に何話したって現実には関係ないんだからさ、もっと仲良くしてほしい」
もっと、仲良く。
そんなつもり、俺には更々なかった。
だって、夢の中のヤツと仲良くなるなんて、馬鹿げてるだろ。こんなヤツ、虚構と同じ。
でも、夢の中、なんだもんな。
誰にも知られない、この曖昧な空間で、俺が何をしようと、勝手な世界で。
...夢の中くらい、他人と話すのも、悪くはねぇか。
「...何、話せばいいんだ」
久しぶりに他人に歩み寄ろうとした声は、不器用に、空間を揺らした。
でも、その頼りない声は、彼女を笑顔にしたようで。
「まずは、君が今日何してたか、とか!」
無邪気に笑う彼女に、俺は口を開いた。何を話したって、現実がどうなる訳じゃない。
「朝起きて、朝飯食って、ゲームして、昼飯食って、ネットして、夕飯食って、風呂入って、寝た」
わざわざ話すほどのことでもないことを、目の前の女に話した。俺の今日のありのままを。何もしていない、俺の今日を。
「じゃあ、学校行ってないってこと?」
「そういうこと」
「風邪?」
「いや、違う」
「引きこもりかー」
...そんなあっさり言うか。
まぁ、その通りだけども。
「じゃあ、宿題とか無いんだ。いいなぁ」
正直、意外だった。彼女の、その反応。
宿題がないとか、そんなどうでもいいことを気にするのが。
もしかしたら、俺に気を遣っているのかもしれないとも思った。哀れな俺が、これ以上惨めな思いをしないように、わざと話題を明るい方向に逸らしたのかと、そう思った。
「じゃあ、私が宿題を出してあげるよ!」
でも、残念ながらそうではなかったらしい。
「...は?」
「だーかーらー、私から宿題を与えよう!ってわけ」
...いや、どういうわけだよ。
どういう流れだ。夢の中の女から宿題を課されるって。
「意味分かんねぇ」
「分かんなくてもいいよ。私からの宿題を淡々とこなしてくれればそれでいい」
「無茶苦茶だな」
「夢ってそういうものだよ」
「都合いいな」
彼女はずっと笑顔だ。その彼女のペースに惑わされる。
自分の夢の中の存在にペースを乱される俺って、何なんだ。
「学校の宿題より簡単だよ?ほら、単調な日々を彩る宿題を君に...!」
「宿題は日々を彩るもんじゃねぇ」
「私の宿題は君の日々を彩るよ!」
話が全部彼女中心で回る。
それが、嫌じゃない自分もいる。
多分、退屈してたんだと思う。ここ最近の、何もない日々に。彼女の言う通り、単調な日々に。
「ちなみに、宿題ってどんなヤツ?」
「例えば~...四つ葉のクローバーを見つけてこい!とか!」
「...アホか」
「とにかく、そんな感じの宿題なの!ほら、難しくないでしょ?」
「...難しいんじゃねぇの」
「えぇっじゃあ、三つ葉でも可!」
「難易度が劇的に落ちたな」
「でしょ!じゃあ、それが今回の宿題!以上!それじゃあね、おはよう!」
彼女は一息でそう言い切って、俺に喋る隙を与えなかった。
声は、出ない。
意識は混濁していって、また、小鳥のさえずりが聞こえた。
何となく、確信した。
きっと、彼女も同じように、確信していたのだろう。だから、あんなことを言ったんだろうと思う。
また、会えるって。
ただの僕らの夏の夢 vegele @moonmoonmoon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ただの僕らの夏の夢の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます