ジャガー、仕事を探す
双海
どういたしまして
動くモノはすべて私の食料。
当時の私は、自分以外の生き物をそう認識していた。
お腹が空けば何かを探し、見つけ、襲い、喰らう。
けものも、フレンズも関係なく。
それが私にとっての普通。
自分の行為を疑うことなんてなかった。
気にかけてすらいなかった。
だから私は覚えていない。
耳に届いていたであろう、断末魔の悲鳴を。
目に映っていたであろう、苦痛の涙を。
フレンズ化して、自分がどれほど恐ろしい存在なのか自覚した。
乱暴で、凶悪で、自分勝手で。
そんな自分が本当に嫌で――嫌で嫌で堪らなくて。でもだからこそ、誰かのためになにかしたいと私は強く望んだ。
――が、ジャパリパークは思っていた以上に平和だった。
時折セルリアンを退治したりしたけど、逆を言えばその程度のことしか私の仕事はなかった。
どうしたもんかねぇ、と木の上で考える。
幸か不幸か、今は雨。
私が活動しているじゃんぐるちほーの川は、本流の幅が広く、支流が多いため、雨が降れば必ずと言っていいほど、どこかで氾濫が起こる。
じゃんぐるちほーで暮らす者たちはそのことを熟知していて、今はみんなどこかに避難しているはず。
私自身、危ないとわかっていながら歩き回り、川に流されてしまった、なんて真似はしたくない。
だから雨の日は木に登り、休むことにしている。
おかげで考える時間はたっぷり出来たけど、誰かのためになる仕事は思い浮かばなかった。
それにじっとしていると、出会ったフレンズたちの顔が脳裏を過り、溜め息を吐きたくなる。
仕方がないことだけど、私を前にすると、私を知るフレンズたちは顔を強張らせてしまう。
力が弱かったり、争いごとが苦手なフレンズは顕著だ。
顔を合わせただけで逃げ去る子はいないものの、態度や表情で拒絶されると、中々に来るモノがあった。
いやいや、弱音を吐いている場合じゃない。
自分のためにフレンズ助けをしたいわけじゃないのだと、自身に言い聞かせる。
直後、私の耳に悲鳴が届いた。
声が聞こえた方角には川がある。
まさかと思い、私は駆け出す。
状況を想定し、悲鳴が上がった場所より少し下流を目指して走ること十数秒、私は川に到着した。
見回すと、悪い予想通り、一人のフレンズが川の中にいた。
見覚えがある。泳げないフレンズだったはず。
雨の影響で水量は多く、流れも速い。泳ぎが得意な私でも流れに飲み込まれかねない勢いだ。
いける? 自分に問う。
そうじゃない。問いを否定して私は川に飛び込んだ。
やらないといけない、そう自分に訴えながら。
なんとか溺れていたフレンズを確保したあと、だいぶ下流に流されてしまったけど、濁流の中でも倒れていない木を見つけ、私はしがみついた。
そして溺れていたフレンズの首根っこを咥え、力任せによじ登った。
安全を確認し、太い枝にフレンズを降ろしたあと、私は安堵の息を零す。
泳ぎが得意でよかった。そう思わずにはいられなかった。
と、私の脳裏をある閃きが過る。
これなら。
誰かのために出来ること。私はようやく思いついた。
「ありがとう!」
溺れていたからか、私が怖いからか、震えていたフレンズの手を強引に握り、大きく上下に振る。
彼女は困惑していたけど、構う余裕がないほど私は喜んだ。
雨が上がった翌日、私はある物を探すため、川沿いの散策を始めた。
早朝から半日かけて歩き、ようやく見つけた物は、木の板だ。
詰めれば五、六人ほどのフレンズが乗れるだろう。
形状も理想的で、いい感じに引っ張れそう。
明らかに誰かが加工して作った物。
けどそれ自体は気にしない。
私にとって重要なのは、誰かが乗っても水に沈まない物。
木材が浮くことを知っている私は、さっそく見つけた板を川に入れてみた。
思った通りちゃんと浮いたね。
私も川の中に入り、板を引いて泳いでみる。
うん、これも問題なし。
あとは誰かが乗っても大丈夫であることを確認したい。
でも誰に頼める?
最悪、沈んでも自力で泳げて、かつ私の頼みを聞いてくれる者。
前者はともかく、後者が問題。
私を怖がる子には頼み難いし……。
板を引っ張りつつ、悩みながら泳いでいる途中のことだった。
「なにそれなにそれ!? おっもしろーい!」
喜々とした声音で私に声をかけるフレンズがいた。
初めて見る子。
私が見て来たどのフレンズよりも、彼女は明るい笑顔を浮かべていた。
「やりたいことがあってね」
「すっごーい! ねぇねぇ、それって乗れるの? 乗っていい?」
私に怯えないどころか、こちらからお願いしたいことを彼女が頼んできた。
いきなりの展開に、私は少し動揺する。
「え、えっと……まだ誰かを乗せたことないんだよね。もしかしたら、沈んじゃうかもしれないんだけど……」
「泳げるからへーき! ねぇ、だからいいよね? いいよね?」
私は逡巡する。
いや、考えるまでもなかった。
私に対して臆さず、泳げて、なにより乗ることに興味津々。
試し乗りをして貰う相手として、彼女ほど相応しいフレンズを見つける自信はない。
「……乗ってみる?」
わーい、と彼女は両手を上げて喜んだ。
見ているこちらも嬉しくなる反応だった。
自然と笑みを浮かべつつ、私は彼女の傍に板を着岸させる。
「乗るねー」
掛け声と共に、彼女は板に跳び乗った。
体ごと振り向いて観察してみる。
少しの間眺めていたけど、沈む心配はなさそう。
「すっごーい! 浮いてる浮いてるー! たーのしー!」
板に乗っているフレンズは、ひたすら無邪気にはしゃいでいた。
気分が良くなった私は、彼女に問いかけてみる。
「行きたいところはある? 連れて行くよ」
「本当!? じゃあねじゃあね、あっちにわたしの遊び場があるんだー。そこまでお願い」
「まっかせてー!」
レッツゴー、と張り上げた彼女の声を合図に、私は再び泳ぎ始めた。
目的地に着いたのは夕暮れ時。
道中、初めての乗客は休みなく楽しんでいた。
「すっごく面白かった! ありがとう!」
満面の笑みを浮かべながら、彼女は感謝の言葉を口にした。
お礼を言われたのは初めてではない。
セルリアンから助けたフレンズたちに言われたことがある。
けれど、やっぱり表情が引きつっていた。
本当の意味でありがとうと言われたのは、きっと今日が初めて。
自分がお礼を言われて喜べる立場ではないと、重々承知している。
それでも、どうしても止めることは出来なかった。
心が温もりを帯びることだけは。
だから私は言う。
彼女の感謝に応えるために。
どういたしまして、と。
上手くいくと確信した日から私は仕事を始めた。
泳げず、川で立ち往生しているフレンズたちを対岸まで運ぶ仕事。
もちろん、最初からみんなが利用してくれるはずもない。
私に怯えて乗ってくれないフレンズが多かった。
でも、最初に乗ってくれたフレンズ――コツメカワウソが喧伝してくれたおかげで、少しずつみんなは私を信用し始めてくれた。
少しずつ、少しずつ、頼って貰い、少しずつ、少しずつ、笑顔を増やせたと思う。
そして今日も、三人のフレンズと一匹を運んだ。
一人はもう顔馴染みとなったコツメカワウソ。
一匹は私たちフレンズがボスと呼ぶ変な生き物。
他の二人は初顔だった。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
帽子を被り、かばんを背負っている子が深々と頭を下げた。
「ありがとう! 私も楽しかったよ!」
ネコ科のフレンズも満足そうに笑顔を浮かべている。
そんな彼女たちに言う言葉は一つだけ。
喜んでくれた彼女たちに対する、私なりの感謝の気持ち。
どういたしまして。
ジャガー、仕事を探す 双海 @ftm2358
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