053 守護者の情

 しばらく、僕は呆然としていたみたい。


 襲撃者の一人が血煙と化して、人形のように立っていた下半身が倒れた。

 アラン様は黙ってこちらを見ていた。顔色が悪い、早く治療しないと……。

 だけど、肉体の傷とエーテルの過供給が僕を痛めつけ、考えをまとめられない。


 人と人の織りなす暴力の気配。

 初めて間近で見る人の死、親しい人の傷つく姿。

 僕の感情がまた沸き立ち始める。

 体から金のエーテルが吹き出し、僕の目にもはっきり写っていた。

 折角ロジャーが鎮めてくれたけど、やはり我慢できない。


「坊っちゃん、ちっと頭を冷やしなせ」


 ズルリ。

 何かがごっそり抜けるような音がして、視界が色を失った。

 いつもの魂倉に似ている。

 だが違う場所だろう、何故なら全ての風景が怒りに燃え立つように揺れている。

 魂倉なら本棚と呪文書とリビングがある。ここに在るのは怒りだけだ。


「いや、ここは坊っちゃんの魂倉でさ」

「ロジャー! そんなことより僕をここから早く戻して! アラン様を助けなきゃ! それにセレッサさん達も!」

「そうはいきやせんよ。坊っちゃん、今あんたを戻したら、酷いことになりやすからね」


 その時、周囲が更に燃えさかり、凄い音を立てた。

 その音が僕を更に駆り立てる。急がなきゃ。殺さなきゃ!

 赤く、赤く、更に赤く! ぼくのこころはもえあがる


「坊っちゃん! いや、コミエ村のサウルよ、土地神フラムの加護受けし者よ! 神々の友コウタロウの前世持つ者よ! 汝が魂倉の守護者ロジャーの声を聞け!」


 ロジャーの大声と、その思いが僕を貫き、頭が、冷えた。同時に周囲の火も、まるでロジャーを恐れるかのように視界から消えた。そうしてみると、確かに本棚が見えてきた。ただ、なんだか蜃気楼のように揺れているけど。リビングもとても遠くに見える。呪文書も。

 ふと、目の前に立つロジャーの顔色がとても悪いことに気がついた。魂倉の中だというのにまるで幻のように存在感が無いんだ。

 いつもの黒い貴族風の服、黒髪、無精髭。それが目の前にあるのに目を離せば消えそうに見える。

 僕は、冬に水浴びしたみたいにゾッとした。背筋が凍り、魂倉の温度はあっという間に氷点下になる。本棚につららが下がった。


「ロ、ロジャー」

「これくらい、なんてことは、と言いたいところですがね。ちょっと頑張りすぎましたな」

「ぼ、僕のせいで」

「坊っちゃん、そういうのは後にしましょうぜ」

「で、でも」

「いいですか、坊っちゃん? 何となく分かったでしょうが、坊っちゃんは心を無くせばあっという間に力に飲み込まれちまいます。その力は膨大で、あっしもお助けはしますが、基本は坊っちゃんだよりでさ」

「うん」

「もし坊っちゃんが力に飲み込まれてしまえば、恐ろしいことになるでしょうよ。地上の誰も止められんかもしれませんぜ。ひょっとすると幻魔がそれを狙って唆すかも」

「それで、ロジャーは僕に仕えてたのかい? 僕が暴走しないように」

「いや、それが」


 ロジャーはにやりと顔を歪め、鼻で笑った。


「誰も彼も『ほっとけ』と、『そうなったらその時のことだ』って言うんでさ。ひでー話でさ。『そうなったときは放っておけ。滅びるならそれも運命だ』とか言うんですぜ?」

「じゃぁ何故、今?」

「……情が移っちまったってことですかね。あのセニオの嫌みジジイが聞いたら大笑いするでしょうがね。

 あっしはね。

 坊っちゃんがお腹の中に居るときからずっとここに居て、ずっと坊っちゃんを見て来たんでさ。乳を飲み、床に落ちた虫を口に入ちゃ怒られ、そこら中鼻水まみれにしながら歩いてるのを見てた。姉が亡くなって遊び相手が居なくなってワンワン泣いてたのも見てたんでさ。三日でけろっとしてましたがね。すぐに風邪引くクソ弱っちい体が死なねぇように、怪しまれねぇよう、ちっとだけ助けながらね」


 ロジャーは不意に、顔を逸らし苦笑いした。


「それがこんな所であっけなくって思ったら、言いつけなんざ吹き飛んじまったんでさ」


 それから僕たちは少し話しあい、外で一秒の半分ほどが過ぎた所で僕は魂倉を出た。


 さっきと変わらない風景が僕の目に映る。

 いや、二つ違う。

 一つはハンナ。左の林から飛び出した茶色のマント姿が弓を構えた襲撃者を倒していた。

 もう一つはアラン様。ずいぶん顔色も悪いけど、僕を見て口元が緩んでいた。いつもの馬鹿笑いは無いけど。

 そう、僕の視野は広がって、100m先のアラン様の表情もよく見える。

 体だけで無く、心の視野も広がったみたい。


 もう大丈夫。

 魂倉にはロジャーが居るし、襲撃者の横からハンナが奇襲を掛けている。

 僕よりハンナのほうが辛いに違いない。ハンナにとってアラン様は父親同然なんだもの。


 普通に走りながら、距離を詰め、4つから1つに減らした穴から弾丸を射出。体を動かしながら複数の弾丸を上手く撃つのは無理。ホバリングしながらも。

 ハンナが奇襲を掛けている相手の周囲に数発まとめて撃つ。ハンナに当たらないようにしながら撃つ。と、一発が体をかすめる。その途端、間合いの外から飛び込んだハンナが襲撃者を切り刻んだ。


 次にアラン様を助ける。

 アラン様は7名、いや今6名。から馬車を守ってる。

 弾丸では角度が悪い。今の僕じゃ、狙ったところに確実には当てられない。アラン様も巻き込んでしまう。試すわけにもいかないよね。さすがにアラン様も笑って許してくれないと思う。

 アラン様も多少動ける。ハンナほどでもないし、自警団の小隊長程じゃ無いけど。なんとか隙を見て近接で四大術を使おうとしているけど、負傷もあるし多対一だし上手く行ってない。


 なら、僕がアラン様の壁になる。


「ホバリング、最高速、最高高度、最大出力! 自動航行だ!」


 相変わらず金のエーテルが漏れている僕は、いつもより出力を出せる。

 ここに来るときだって死ぬかと思ったのに、また同じ、いやもっと危ないことをしようとしてる。


 ドンッと大きな音が鳴ったと思ったら、僕の体は森の木々より高く飛んでいた。

 ふわりと浮遊感を感じた次の瞬間、もう一度大きな音を立て風の管は僕を地面にたたき落とす。

 そのまま落ちれば僕は小鳥の卵のように潰れただろう。

 だけど、ホバリングに続けて自動発動した風の繭は何とか僕を守り切った。

 アラン様と馬車の間。無様に転がってるけど、問題ない! かなり痛いけど! 次はもっと良い術開発する!

 襲撃者達が瞬間こっちに注意を向けた、その時。


「神聖光条」


 天の神、主神メトラルが持つ陽の権能。その光をお借りして飛ばす。

 本来、幻魔や不死の魔物を倒すのに使うが、今回は目くらまし。この術の一番良いところは、必ず狙ったところに当たる所。


「良くやった! 石弾!!」


 アラン様が叫び、一時的に視力を失った相手を大量の石つぶてで吹き飛ばす。数m以上吹っ飛んだ襲撃者は倒れて動かない。落ちた拍子に首と胴が離れ死亡を確認。


「くそっ、ガキが一人増えたくらいなんだってんだ!」


 襲撃者の一人が叫ぶ。そう、神聖光条の悪いのは、直接ダメージの無い所。

 だけど、もう問題なかった。

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