054 赤の乗り手

「……無茶しやがって。ぼろ雑巾みてぇじゃねーか。

 ちっとだけ。

 取っておきを見せてやる」


 アラン様がこっちを見てもいないのに酷いことを言う。


「そんな! 僕はまだ!」


 体勢を立て直し、僕は起き上がろうとした。

 しかし体が、動かない。そして動かないと言うことを認識した途端、筋という筋、肉という肉、骨という骨に殴られたような激痛が走る。え? なにこれ?!


「大人しくしてな。あんな動きをしたら熊に撥ねられたようになるのは当たり前だクソガキ。首の骨が折れてねぇのが不思議なくらいさ」


 神聖光条の影響が無くなった襲撃者が4人、こちらを遠巻きにしている。右下のバックモニターからはハンナが近づくのが見え、同時に僕を支えてくれる。

 とても痛い。

 コータローライブラリには痛みに耐える方法もあるし、スキルもある。

 でも、痛すぎてそれを実践出来ないし、スキルも取れない。

 次はちゃんと対策する。僕は心に決めた。



 4人の襲撃者の1人が口を開く。


「わざわざ有利な時間を潰してくれて有り難うよ。俺らも面子ってもんがある。冥土の土産にマサース教授あんたの命を頂いていく」

「けっ。わざわざ隙を晒してたのにご苦労なこった。冥土の土産は今から見せるもんで勘弁して貰おうか」

「何をする気だ」

「こうだ!見ろ! ……変身!」


 アラン様のベルトがけたたましい金属音を奏でる。それは頭がずきり。あぁ。コータローさんの前世にあったバイクのような音。


 赤と黄色のマントがぐるりと巻き付いたかと思うと、ミイラのように人型を取る。

 それはまるで赤と黄色の怪人だ。顔は極度に抽象化された仮面のようになっている。目はあるが鼻も口もデザイン上あるだけだ。そこに穴は空いてないように見える。そして、角が、額から二本。そこだけ黒い。アラン様はまるで幻魔に魂を売り渡したかのような赤と黄色の怪人の姿になっていた。

 次の瞬間、全身が一度青い炎を巻き起こし、陽炎が全身を覆ったかと思えば、赤い怪人から風が吹く。

 そこでアラン様が、いや怪人が言葉を発した。


「変身。赤の乗り手(レッドライダー)。冥土の土産に十分なもんだろ?俺のエーテルと周辺のエーテルをガンガンに集積して鎧の姿を採ったもんだ。まぁ鎧と言うより搭乗型ゴーレムと言うべきだな」

「なるほど、それで乗り手(ライダー)、か」

「そうだ。……じゃぁ、来な」


 言葉に合わせて乗り手(ライダー)が手招きし、戦闘が始まった。先ほどの僕の無茶な機動をアラン様、いや赤の乗り手はなんなくこなし。

 あっという間に戦闘はおわった。

 まるで劇場で見た殺陣のようだったよ。


 戦闘が終わると、荷車を覆っていた炎の壁が消え、セレッサさんが姿を現した。沢山いた魔物どもは何とか撃退したらしい。そして、アラン様が元の姿に戻った途端、魂倉の不調で倒れた。


 30分ほど休息を取り、なんとか神術を行使できそうになると、僕は隠すこと無く行使した。荷車に一緒にやってきた職人さんとご家族さんがいたけど仕方が無い。


 神術の治癒の術は本来一つしかない。軽症の治療から復活まで全て一つ。しかし、実際には術者の認識が追いつかないため、用途と程度で術を細かく分けている。

 僕は、診断と治癒の二つで大抵の事に対応可なんだ。これはもちろんコータローライブラリの医学知識の賜物なんだけどね。


 まぁそれはそうと、僕自身とアラン様の治癒を行った。

 とはいえ……。アラン様の左手は僕では無理だ。多分神じゃ無いと。

 だから、魂倉と霊的センターの不調を整え、傷を塞ぐだけになってしまった。


「けっ。気にしてんじゃねぇよ。俺を誰だと思ってる? 天才様だぞ? 良く考えろクソガキ。ハンナのあの体を作ったのは誰だ? あ? オレサマだろうが。後は分かるな?」

「あぁ、とうとう自分自身の改造の道を歩むのですか? でも、魂倉は駄目ですよ。誰も開腹手術をしながらの霊的作業なんて出来ませんからね」


 セレッサさん自身も酷い怪我なのに、いつものような軽口をたたけるの、凄いなぁ。


 その後、職人さんや生き残った警備の人の治療を行ったんだ。彼ら全員がお腹を下しててたのが、襲われて余り抵抗できなかった理由とのこと。

 どう考えても陰謀だよね。

 ちなみに昨日の晩食事当番だった職人グループは、何故か戦闘の最初に殺されたそう。不思議だね。


「天耳天目……、普通に腐った物に、下剤が込められてますね」


 吐瀉物などを確認して、治療。面倒な病気などは無いみたい。しかし、寄生虫なんかもある程度排除されたから、子供達は却って調子良くなるかも知れないね。

 ……。まぁ僕も子供ですけどね。6才です。時々忘れるけど。


 お腹の調子が良くなっても、失われた体力は戻らないよね。なので、一端ここで夜を明かすことになったんだ。だってもう15時過ぎてるし。夏とは言え、この距離を頑張っても門が閉まるまでには間に合わないよ。


 とはいえ。食料が無い。水は僕出せるけど。食料買ってくるしか無いかな。

 僕とハンナがアレハンドロまで飛ばして、買って戻ってくれば大丈夫じゃないかな。と移動しようとすると、アラン様に止められた。

 僕とハンナが会った変なナンパ師に覚えがあるらしくて。

 その状況なら戻らない方が良いだろうと。

 食料については、周辺の村を回れば何とかならないか? とのことなんだけど……。


『セニオ、彼らを僕の泡倉に入れる。いつもの屋敷前を整備してくれ。後、食料を分けて欲しい』

『何故でございます? 彼らはただの人間では? 彼らの苦境は彼ら自身の物。私が分ける理由には無いかと』


 カチンときた。


『……セニオ。いや、セニオリブス。僕、前々から思ってたんだけどね。君は何の管理人?』

『おや、お忘れですか? 私はこの泡倉を管理し保全するのが最大の役目の管理人でございます』

『そしてその泡倉は、僕の、だ。僕が僕のために与えられた物だ。今までは遠慮してくたけど、もう止める。僕の大事な人とその関わりを持った人のために。だから命令(オーダー)だセニオリブス。泡倉のオーナーであるサウル・コミエが命じる。僕の命令を全て確実にこなせ。分かった?』

『……了解致しました。サウル様の命令、しかと』


 あーもー腹立った! 酷いよセニオ。もう遠慮せずにバンバン使っちゃうから。ちょっと怖いけど。

 いつもだと、ここでロジャーの突っ込みが入るところだけど、今は無い。

 彼は、ちょっとお疲れなんだ。しばらく静かだろう。3日か3ヶ月か、分からないけど……。それだけ主人に抵抗するのは大変なんだ、って言ってた。

 ……? となるとセニオも大変なのかな? 何故そこまでして意地を張ってたのかな? そのうち聞いてみよう。


 1時間後、準備を終えたセニオから連絡があったので、アラン様やみんなに話をした。

 例の泡倉に皆を迎え入れると言う話。以前から知ってた人はともかく、職人さんや護衛の人なんかは、僕の頭がおかしくなったと言わんばかりの目で見てくる。

 そりゃそうだよね。普通財布一つ分の大きさの泡倉が500km四方あって、中には古代文明時に滅んだとされたハイエルフが世話をしてくれるとか。まぁ確かに頭がおかしい。

 ただ、僕が本気を見せるために三級の契約術を用意し始める、アラン様もセレッサさんも仕方が無いと言う顔を見せると、皆、動揺し始めた。


 なんだかんだで更に1時間。やっと泡倉に入ったときには夕方。実は泡倉の光に馬がおびえて入れるのが大変だった。ハイエルフの中で一番馬の扱いに優れた者達を寄越して貰ってなんとかしたけどね。


 屋敷に入れる事は出来ないけど、その門前で安全を保証され、食料もこの世界の中では抜群に美味い肉と魚とパンと米。香辛料もたっぷりあって皆大喜びだったよ。


 夜のテントでは、蒸し暑かったので僕が冷たい風の術を作って皆を楽にした。アラン様にも手伝って貰おうと思ったけど、風と水の応用が上手く行かず駄目だった。残念。


 明日お昼頃にアレハンドロにたどり着いて、そこからどうなるかなぁ。

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