051 教育振興とドライブ

 ハンナがあっという間にホバリングを習得すると、組合の人やたまたま居た冒険者の人達が寄ってきた。

 とは言え、まだ姿勢制御が甘いし、制動が遅れる。機動性の高い魔物や馬などと渡り合うのは難しいかも。

 ……。

 僕の場合は度胸の面で難しいかも知れないけどね。

 ハンナはその辺、僕より思い切りが良い。


 幾つもの風の流れを出して浮かび、姿勢を制御する。強い風を背中から吹き出して帆船のように進む。

 ホバリングは、それだけの術。とはいえ、僕とハンナ以外にはまだ成功してない。術者は身体感覚が弱い人が多いし、複数の流れを制御し続ける、という事に慣れてない。

 もし、僕がホバリングを広めるつもりなら、ホバリングの前段階にあたる課題を出すべきかも知れない。


 ふむ。なら。

 皆が物珍しさも相まってハンナと騒いでる間に、僕はちょっとした物を作ろう。

 四大術を使う前に、十分エーテルを呼吸する。

 今回はひたすら地を使う。仙骨近くの霊的センターを十分に意識する。


 さて、まずは大理石の机。

 幅1.5m、奥行き3m。

 ずずずずっと演習場の地面から沸いてくる。

 台の周囲には高さ10cm程の壁。

 これも大理石。

 コミエ村で石舞台を作ったときは、簡単に作ってしまえたんだけど、ちょっと疲れたな。


 次に、術理具の試作用に持っていた、ちょっと良い皮を取り出して、ちっさなクッションを作る。一辺5cm程の正方形高さは3cm程。転びやすいように丸みを付けておく。中にはボロ布を入れて型崩れしないように。

 そうして、手前と奥の壁に30cmほどの穴を空け、代わりにゲートを付ける。ゲートの間には荒い丈夫な網も付けた。

 コウタロウライブラリの卓球、サッカー、エアホッケーからアイディアを頂いてみた。で、このクッションを台に乗せ、エアで浮かせる。前後左右で自在に動くことを確認すると、こちらと向こうのゲートの前に、5個ずつ置く。


 ふと気づくと、さっきまでハンナと騒いでた組合職員と冒険者達がじーっと台と僕を見つめてる。


「えーとホバリングの練習用にゲームを作ってみました」

「おお」「見事な台だな」「なんで大理石?」「皮のクッション?」

「二人で行う対戦のゲームです。まず、このクッション5つが一チーム。先に、全てのクッションを相手のゲートに入れた方の勝ちです。

 ただし、台の中に手を入れてはいけません。棒なども無し。四大術だけで操ってください。それと、クッションが台についても構いませんが、移動するときは必ず浮上すること。後、この台の壁より上に行ったら反則ですし、相手のクッションに術を掛けても駄目です」

「つまり、四大術でクッションを一度に複数操作して、相手との駆け引きをさせようと?」


 組合の事務方の人がそうまとめた。

 確か、術関係の申請などを行ってる人。


「そういうことです。実戦でも使えるように、と考えると、中々良い訓練方法でしょ?」

「これは、サウルさんが考えたのですか?」

「ええ、まぁそうです。急ごしらえなので穴はあると思いますが」

「いやいや、中々これは面白そうです。ルールについては追い追い改良すれば良いでしょうし」


 早速一つ大理石の台を誰かが作ってた。クッションを別な人が作ってる。

 僕の方が上手だけどね。と、ちょっと鼻が高い。

 ハンナも何故か威張ってた。可愛い。


 そこから、僕とハンナが模範試合(?)を行う流れに。まぁしょうがないよね。

 なんとか僕が勝ったのは良かった。

 ……ちょっと練習しておこう。


 模範試合が終わると、四大術を使える人達が早速練習を始めていた。周りもワイワイとあーでもないこーでもないと騒いでいる。

 皆の注目が無くなったところで、僕とハンナは組合を離れた。

 職員さんが見てた気がするけど、止められなかったから良いんだと思う。


 しばらく歩いて、壁から出る。振り返れば、アレハンドロの壁はいつも通り分厚く信頼できそうだった。


「さて、ハンナ、もうちょっと先に行ったらホバリングを使おう。ここだと、砂をまき散らして迷惑をかけちゃうからね」

「分かった」


 そういうと、ハンナは走り出した。あれは闘気法を使った走り。

 僕も慌てて闘気法を使い、走った。

 自分の中とエーテルと魂倉を使ってエネルギーを生み出し、循環させ、自分を思い通りに変える。

 別な系統を起動するときには、切り替えに覚悟が要る。いきなりのことだったから、ちょっと出遅れてしまったよ。 


 しばらく走ると人が少なくなったので、ホバリングに切り替えた。

 ホバリングは気は使うが、体は楽。

 そのうち姿勢制御も術で補えるようにならないかと考えてる。

 まだ上手く行ってないけど。


 最初は人が走るほどのスピードから始め、馬の駆歩、闘気法での持久走のスピードへ。そして最終的には時速60km程になった。

 ハンナは大喜びで、更にスピードを上げようとしたが止めておいた。

 どうも細かい制御が怪しい感じがするんだよね。

 なので、ちょっと追いかけっこしたり、じゃれ合ったりしながらホバリングの練習。一度転倒しそうになってヒヤリとした。

 以前、試したんだ。

 だって、落馬したら死んじゃうこともあるって聞いたし。猪が人にぶつかって死んだ話も聞いた。ならホバリングで転んだり何かとぶつかったら?

 要らない革袋に泥を詰めたものを幾つか。泡倉のハイエルフの一人にお願いして。

 泡倉の海岸で革袋を落としたり、立木に当てたり。

 中の泥を赤く染めたいたずら者がいて、中々迫真に迫っちゃってたよ。

 一応それを確認してから、手槍での突撃練習とかしたんだ。

 今付けている防具は、要所を皮で守ってるだけの厚手の服。道で転ぶくらいなら何とかなるかも知れないけど、ぶつかったら死んじゃう。

 ハンナは野生色マントに何か青い服。

 うん。気をつけよう。

 ハンナの顔に傷が付いたら大変だしね。


「サウル!」

「え? 何?」


 アレハンドロを出て1時間くらい。ハンナに聞いたとおりならそろそろアラン様達と合流するはずだけど。

 ん? ハンナが何かに気づいたみたい。だけど風が強くてよく聞こえない。

 仕方が無いので、手を挙げて、徐々にスピードを緩めるように支持して停止する。

 この辺も今後の課題だなぁ。

 防具、通信手段、か。あ、あと、顔に虫が当たるのが嫌。地味に痛いんだよ。


「どうしたの?」

「このまま行くと戦いの気配に突っ込む」

「どれくらい先?」

「1km、くらい。どうする?」


 アラン様達の可能性が高いけど、そうじゃない可能性も有る。


「戦ってるのは、誰?」

「分からない。けど、人と人が戦ってると思う。ハンナは探索術が3あるよ。偵察する?」

「探索術が3、か。それは中位技能の?」

「うん。下位技能もちゃんと幾つかあるよ」


 技能は、上位、中位、下位の三段階がある。下位技能は個別の技のような物。四大術ならそれぞれの術。闘気法ならそれぞれの技。中位技能は、それを統合する物。中位技能が1レベルあれば、その下位の技能が全て底上げされる。

 一般的には下位技能しか持ってない術者がほとんど。中位を1レベルでも持っていれば大騒ぎだ。

 僕みたいな例外を除いて。

 僕は、全ての技能パスが開いてるし、エネルギーも大量にある。

 技能を上げるには通常神殿で喜捨をして、神術を使って儀式をして変更してもらうんだけど。

 僕はなんと自分で神術を使える。泡倉で儀式をすれば人目に付く心配も無い訳で。

 色々取らせて貰ってる。


 ちなみに、下位技能1レベル有ればその技能をちゃんと使えると見なされ、3は大した物。4を超えれば達人。下位の最高レベルは10。

 それなのに中位技能を1レベル持てば、その下位技能は全部1つ上がった物と見なされる。だから、中位技能はすごいんだよね。術の中位技能一つあれば、その術系統の術全部1レベルアップなんだもの。

 上位技能は、術系統全て、とか。武器の技能全てとかそんな感じらしいんだよ。ホントにあるのかどうか分からない、と言われている。

 僕は取れそうなんだけど取ってない。

 だってなんか怖いよ。

 もし取らなきゃいけないにしても、もうちょっと色々学んでからしたいな。


 ハンナが探索術を持ってるのなら、お願いしよう。僕は探索術生えないし。エネルギー注いでも増えないんだ。


「じゃぁなるべく遠くから、気づかれないようにお願いね」

「任せて。マスター」


 ハンナは道を外れるとあっという間に姿を消した。

 すごい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る