048 二人と前世

 僕は、戸惑った。

 ハンナと僕のテンションが大きく違う。

 彼女は、ハンナは一世一代の告白をしている。でも僕はひどく冷静なんだ。ここはついていけてない。

 何がそうさせるんだろう。情報が足りない。


「前世、僕とハンナは一緒だったの? 古代文明の時代、どこにいたの? 僕の記憶にあった術理具、アラン様も土地神のフラム様は知らないと仰ってた」

「ん? マスターは覚えてないの?」


 ハンナの口調が、ちょっとだけ以前の物に戻った。どっちも可愛い。


「そうだね。知識や技能は有っても記憶は無いんだ。お陰で折角のギフトも宝の持ち腐れ。コータローライブラリにはもっともっと凄い物が入ってるのは分かるんだけど失敗ばかりだよ」

「そんなことないとハンナは思うけど……」

「……いや、で、僕達の過去は?」

「ん。そうね……」


 ハンナが居住まいを正す。


「ハンナが、一番最初に覚えているのは、大きな鉄の檻。私はそこで飼われている獣だった。後から聞けばデグーというネズミだったっていう話。マスターは私の飼い主だった。昼間ずっと私は一人だったし、マスターが帰ってくるのが遅くなったりして放っておかれた事も度々有ったけど、私はマスターが好きだった」


 ハンナの顔が悲しそうに歪んでいく。


「でも、ある日。あなたはお風呂に行ってそこで死んだ。その事を理解したのはずっと後だったけど。だって、その頃私はただのデグーだったし。

 灯りが消えて、部屋が冷え、餌も水も無くなって。それでもマスターは帰らなかった。だって死んでたから。

 沢山の時間が過ぎた後、私も死んだ。飢えと寒さとマスターがいない寂しさで。

 呼び鳴きをしても、おねだりのダンスをしても部屋は暗くて寒いままだったから」


 僕の中を何とも言えない気持ちが渦巻いてるけど、ハンナの話は続いた。


「次に気がつくと、私は人の形をしていて、人としての能力を持っていて、そして再びマスターと共にいたの。マスターが神々に頼んで私を蘇らせてくれたと知った。当時、マスターは、マスターと私が別の世界から魂だけ取り出されたのだと仰ってた。

 この世界はこれまで7回作られたと言われてるよね。これまで有ったと言われているのが、混沌生物の世界、巨人の世界、竜の世界、精霊の世界、水棲人の世界、石人の世界の六つ。そして今は100万年前に作られた七つ目の世界。

 それぞれの世界はどこからか主神となる魂を導いてくる。そしてマスターとハンナは今の主神であるメトラル様と同じ世界から来たと聞かされた。

 そして、私たちは管理する神の居ない領域、つまり地上ではない場所で暮らしたの。そして様々な事をした。剣も魔法も鍛冶も学問も思い付くことは全て。マスターは元の世界の全ての知恵を参照することが出来たし、何度死んでもやり直すことが出来たし、無限に鍛えることが出来た。ハンナは。私はできるだけ連れ添い、フォローしたの。

 そしてある日、マスターは言ったわ。別の人間として転生するって。理由は教えてもらえなかったけど、きっと何か神々と取引したんだと思う。

 ハンナは来るなって言われたんだけど。嫌だったから、仲の良かった女神様に頼んでこっそり転生した。でも、急いでたし魂が普通じゃ無いからかな。サウルと同じ所には行けなかった」


 元々の世界で、僕は何か有って死んだ。ハンナも死んで、この世界にやってきた。主神メトラルと同じ世界から。そしてどこかの神の領域で過ごしてた? 何か有って転生して僕になった……。

 んーー。

 全然分からないよ……。


「知ってる限りで良いけど教えてくれる?」

「もちろん」

「主神メトラルと同じ世界から来たって事は、僕たちって神なの?」

「違うと聞いてる。ギフト大盛の人間。そのギフトも前世の頑張りで溜めたご褒美のような物と聞いてる」

「僕たち何か使命とか有るの? 以前コータロウさんの幻影が好きに生きろとは言ってたけど。なんだか、凄い話が沢山出てきて怖いよ」

「ハンナも怖いけど、何も聞いてない」

「中途半端だなぁ。コータローさんと神々は何をさせたいんだろう。物語の英雄のように、運命に翻弄されるのを見て見たいだけなのかな?」

「分からない。でもハンナはサウルと一緒に居る」

「でもハンナ。僕は転生して記憶も継続してないからコウタロウさんとは違うよ?」

「それでもハンナのマスターはサウルしかいない。それともサウルはハンナが嫌い?」


 大きな黒目がちの目が、悲しそうに歪み、僕を見る。口調は昨夜の物と違い、コミエ村で会った頃の物にすっかり戻ってた。

 僕はちょっと変わった術や術理具は知ってるけど、ただの参入者で、神殿の預かり子だ。一方ハンナはアラン様の養子でとんでもない力を持つ機人だ。僕がハンナのマスターになる自信が無いし、気後れがする。

 でもだからってハンナのことは嫌いじゃ無い。

 そう思ったとき、昨夜の彼女の様子が浮かんだ。

 月光に照らされて浮かぶ美しいおとがいの線。


「嫌いじゃ無いけど。でも、僕は冒険者としてはただの参入者だし。

 神殿の預かり子だよ? 将来的にはコミエ村の神殿で下男をするのが順当だし。自由になるにはそれなりのお金を積まなきゃいけない。もちろん神官のセリオ様はお優しい方だからすんなり通るとは思うけど」


 ハンナが細く冷たい目で僕を見る。僕が思わずびくりとすると、椅子がガタっと音を立てた。


「つまり、サウルが冒険者の階梯を上がり、身分を買い戻せばハンナのマスターになってくれる?」


 違う! そうじゃない! と反射的に叫びそうになったけど、それはまずいと僕は確信。


「う、うん。ハンナがそれまで待ってくれるなら」

「分かった。じゃぁハンナも冒険者になる。そしてサウルと組む」

「え、あー。うん」


 僕にはそれ以外言えなかった。


『坊っちゃん、黒剣団が来ますぜ。五つ数えたら術を剥がしますんで、お気を付けて』


「ハンナ、術が剥がれるから、上手く合わせて」

「! ……ん。分かった」

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