047 機人と前世

「えっと、あの……」

「なんですか、マスター?」


 僕と地味マントの彼女は組合の休憩所にいた。

 休憩所は、夜は酒場で他は商談と打ち合わせの場所になる。今は正午前で、余り人は居なかった。

 彼女は僕の前に座り、やたらニコニコしているんだけど、僕は彼女をどう扱えば良いのか全く分からなかった。

 コウタロウさんの記憶に女性と記憶は無かったんだ。あ、いや有ったんだけど厳重に封印がされてる感じで。ロジャーはニヤニヤしながら姿を消した。なんだか黒猫みたいだった。最近、ロジャーは薄情だと思う。フラム様とばかり仕事してる。セニオは鼻を一つ鳴らしたかと思ったら接続を切った。呼びかけにも反応しない。緊急事態のベルを鳴らしても。セニオは僕の配下の筈だけど、忠誠心に大きな課題を持ってる気がしてならないんだよね。僕は。

 ハイエルフ達は僕が何を戸惑っているのか理解できない様子。

 仕方なくフラム様に聞こうとして、止めた。とても嫌な予感がしたんだ。コミエ村で目覚める前、色々いたずらされたけど、あの時みたいな感じ。


「あの、君は何か食べる?」


 術理具の指南や組合の仕事、泡倉から無難そうな物を売ったりして、僕にはそこそこお金がある。彼女の支払いを持つくらいならできるし、その方が良い気がした。

 あと、僕も何か食べたかった。成長期に入ってからは何か有ると直ぐお腹が減るんだよ。


「そうですね。その前に」


 彼女がにこりと微笑んで


「名前で呼んでください、


 とささやいたんだ。

 いつの間にか増えていたギャラリー(天井からぶら下がってる探索者もいた)がざわりとして


「修羅場だ、修羅場」「名前くらい覚えておいてやれよ」「え? あいつ6才?」「マント、地味すぎ」「ホバリングの術、全然出来ねぇ」


 と、好き勝手言ってる。

 彼女の表情は、きっと僕が分からないと思ってる感じで。それを楽しんでる。

 よーし。

 やってやる。


「分かったよ。名前を呼ぶよ。しかし、最近の女の子は急に大人になるんだね?」


 よ、よし。ちょっとだけ、フラム様っぽくかっこつけてみたんだけど。

 あ、ハンナ(?)がびっくりした顔をしてる!

 外してたらホバリングで逃げよう。ええと、そう。コミエ村まで。そして一生村を出ない。


「さすがです、マスター!」


 地味マントの彼女改めハンナはにっこりと笑った。

 整ってるけど、綺麗すぎるわけでも可愛すぎるわけでもない顔。

 でもそうして笑ってると僕は目をそらせない。


「……あと2日は遊べると思ったんだけど」

「今何か言った?」


 僕は彼女のつぶやきが聞こえてたけど、聞かなかったことにした。

 僕の周りって僕をいじるの好きな人多すぎない?


『さすが坊っちゃん、あっしは上手くやると信じてましたぜ! 後は押せ押せでさ!』

『おや。少しは推理の真似事が出来るようですな。そのクルミ並みの脳髄が重さに見合った働きをして何よりです』


 ロジャーとセニオがすかさず祝辞を寄越してきたんだけど。セニオ、それ祝辞じゃ無くて皮肉じゃないかな?


「ちっ」「んだよ面白くねぇな」「爆ぜろ」「名前合ってたのかよ」「……おめでとうよ、クソ!」


 という祝いの声も聞こえてきたけどシャットアウト。


「それでハンナ、どうしてアレハンドロに?」

「え? この姿の前に?」

「姿の前に」


 ハンナはちょっと意表を突かれたみたい。良かったよ。多少は僕もやらないとね。


「もうすぐアランも来るの。ちょっと人と馬車を連れているから時間が掛かってるけど、今日の夕方には到着する」

「そうなんだ。アラン様が。また騒がしくなるね! で、ハンナが先行したのは何故?」「ん。この体に慣れておこうと思って」


 ハンナは髪を弄りながら僕を見る。なんだろう? 僕の顔に何か?


「あぁ、そうなんだね。アラン様に危険が迫ってる、とかそういうことじゃないんだね」「う、うん」

「? ええと、で、その体は? そこは僕も人の事言えないんだけど」


 僕は、5月に目覚めて3ヶ月で40cmも背が伸びて、体重は倍になってる。ハンナも多分同じくらい成長してる。

 僕が大きくなったのは前世の、コータローさん絡みなんだと思う。ハンナは何故だろう? 彼女は機人とかいう自動人形の一種だと聞いたことがある。人形なのに大きくなってる?


「私は……」


 ハンナは周囲を見渡す。もうギャラリーは居ない。けど、誰か探索者が聞き耳を立てている可能性はある。


『ロジャー、見張りと何か適切な処置を』

『分かりやした。ずいぶん久しぶりのまともな仕事ですな』


 周囲に僕の知らない四大術が展開された。二層、いや三層かな? 僕たちを包んでいる。


『これは?』

『防音と偽装音でさ』

『なるほど』


 僕が真似するには研究が必要かな? 多分、術自体も隠蔽できるような手段が取られている。


「もう大丈夫だよ。手は打ったから」

「え? ん。これはサウルが?」

「僕の部下みたいな人がね」

「どこにいるの?」

「それは秘密」


 お腹の中とは言えないよね。


「私、以前、私が機人だということは話したよね。本来、機人は人工子宮の中で成人になるまで過ごすの。私も子宮の中でそれなりに育ってたみたい」

「でも、前回は子供だったね」

「うん。アランとセレッサに発見されたとき、私はほとんど死にかけてたみたい。肉も皮も骨もほとんど使い物にならなくなって、子宮は復元できない状態。

 アランは他の発掘隊の反対を押し切って私の部分を取り出し持ち帰った。

 王都の研究室では子宮の復元は出来なかったので、アランは非常手段を取ったの。私の生きてる部分、ほとんど脊髄と脳だけだったんだけど、それを定着できる体を作って動かした。

 つまり前回会った私は、超未熟児だったの。本来子宮で行われる教育を間に合わせの体を使って、外で行ったってわけ」

「話が飛びすぎて良く分からないな。じゃぁ、今のハンナは本来の? それと肝心の話し、どうやってその体に?」

「あの体は成長できなかった。今のもそうだけど。そうね、それで前の体がぎゅうぎゅうになったから、王都でもう一回の。を取り出して。肉も骨も良くなった。だからはマスターの役に立てる」

「んーーー、ちょっと考えさせて……」


 僕は魂倉のライブラリに降りたって、大急ぎで検索する。

 コウタロウライブラリから幾つかの物語がピックアップされ、概要が知らされる。前世でも、心臓部を新しい体に移してパワーアップする思想はあったみたいだね。でも、それはもっぱらゴーレムなどの話。人間やそれに類するものの移植は禁忌に近いみたい。

 肝心の機人については合致するものは無かった。

 でも、手足が無くなったときに交換するという思想はあったようだね。


「何となく分かった。けど、なんで教えてくれたの? もちろん教えて貰ったのは嬉しいけど」

「だって私のマスターだから。前世もその前も。ずっと私のマスターだったから」

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