025 珊瑚と真珠

 5月15日は雨。昨夜遅くから降ってたみたい。ロジャーさん情報。

 しとしと雨で、肌寒い。湿度も高いし気持ち悪い。肌に接した寝床の藁が匂うんだよね。ダニやら何やら居るので、朝はかゆい。何日も噛まれた跡が取れない時もあるし。これ、なんとかならないかな。コウタロウさんの知識によると、寝床の虫が原因で病気になることもあるそうだし。

 雨なので訓練は中止。

 なので気兼ねなく食事の手伝い。水汲みは井戸が外にあって濡れるので、マリ様が四大術の練習に変更してくれた。水瓶に直接水を生み出す。普通に出すと美味しくないので、かめに残ってた水を見本に。ついでにお風呂にも。四大術を使い始めて数日なのに、生まれる前から使ってた様に馴染んでる。お風呂をお湯にするのは夕方の仕事。

 それだけでは訓練にならないということで、竈の火を薪を使わず全部僕の術で行うことに。マリ様が竈の前で作業をするので、僕はちょっと離れたところで制御する必要がある。今回操る竈は2つ。竈の火は単に強弱が有るだけじゃ無くて、料理の状況によって奥の方に持っていったり、手前に持ってきたりしないといけないんだ。マリ様の指示に従ってやっていくのは大変だったよ。片方だけ動かすように指示されたのに、気がつくと、両方動かしてたり。気が緩むと火の勢いが強くなって、スープを焦がしそうになったりね。

 どうも気がつくと思い切りやってしまいそうになるのは僕の癖みたい。今後の課題だってマリ様にも言われたよ。


 朝食の時に、アラン様達が今日の出発を延期することになった、と告げた。なんかうれしかった。雨が降ってることと、マリ様とセレッサ様の作業が遅れているというのが理由みたい。セレッサ様はとても眠そう。眼鏡がずれてるのを直そうともしない。

 セリオ様とマリ様に、泡倉で作業をする許可を取る。当たり前だけど、お昼の手伝いには戻りますので、と伝えておく。そしてロジャーさんに、時間になったら教えて貰うようにしておく。そうじゃないとずっと作業してそうだし。

 アラン様とハンナが付いてくると言うことだったので、今日は一人で作業になりそうだね。ロジャーさんもセニオさんも人に姿を見せちゃいけないのだそうだ。とほほ。


 早速泡倉に移動することにする。今日は作りたい気分なんだ。アラン様もハンナももちろん付いてきてる。泡倉の方は晴れてた。泡倉は15度、涼しい感じだ。季節は同じくらいだと思うんだけど。設定されてる緯度が違うのかな?

 念話でセニオさんに木を切る許可と、広場での作業許可を取る。僕が持ち主だけど、管理者はセニオさんだからね。あまり勝手をしたらセニオさんの立場が無いよね。しかし、屋敷には工房があるらしいんだけど、広場かその周辺にも簡単な作業小屋欲しいなぁ。


 今日の予定としては、術理具の材料採取と作成。後、ちょっと昨夜考えついた術理具の試作。草かきは幾つか作っておかないと、多分大変だと思う。それと、収穫の時期が近いからそれに合わせた道具が欲しいな。

 僕の作った草かきとうしすきは実は正当な術理具じゃ無い。普通、エーテルの取り出し口と術の格納は魔物などから得た魂倉を加工して使ってる。でも、僕はそんなの持ってないので工夫した。

 エーテルは使用者から緩やかに取り出すようにしたし、術は道具全体に分散して記述した。普通の術理具より出力は低いし、もろいけど、安く作れる。壊れても部品だけ交換できるようにしたのも自慢のところ。

 武器に応用しようとしても難しいと思う。そこも自慢。材料の初期化(いわゆる聖別?)が難しいし、四大術だけじゃなくて闘気法や神術に対する理解も必要。必要な技能レベルはそれほどでも無いのだけど、複数の術を持てる人はまずいないそうなので、理解できている人も余り居ないのだそうだ。


 さて、木を取りに行くよ。ハンナはいつも元気だなぁ。なるべくまっすぐな枝が欲しいな。多少なら火と水を使って修正できるけど。足りない物はセニオさんから貰おう。

 泡倉の中ならセニオさんも入り口作れるそうなので、そこを通して渡して貰うつもり。それならセニオさんが見られる事は無いもんね。


 広場周辺は、誰かの手が入っていて低い位置に枝が無い。なのでちょこっと奥に入る。ただ、気をつけないと管理されてない魔物が居るから危ないとのこと。そうアラン様とハンナに告げると、


「けっ! 俺様を誰だと思ってやがる。天才四大術師アラン・マサース様だぞ? 有象無象の魔物なんざ敵じゃねぇ!」

「ハンナも強いよ! もう4才だし!」


 んー、探索術無いけど、気をつけて。駄目なら逃げよう。多分大丈夫。

 アラン様が術を使って警戒してくれるとのこと。だけど、その間は動けない。だから僕とハンナだけで作業しなきゃね!

 ナラやカエデの良さそうな枝を見つけては切っていく。ハンナの剣と、僕の四大術を併用して沢山切る。持ちきれない荷物は、さっさと元の作業場所に送ってしまう。泡倉だけで使える技だけど便利だなぁ。しかもこれ、『枝だけ』って指定すると葉っぱや付いてた虫が残るんだよ。ほんとすごい。

 警戒に当たってくれていたアラン様がびっくりしてた。


「ほんと、クソガキ様はメチャクチャだな。まぁそもそもこの泡倉がおかしいぜ。神々だってこんな規格外なギフト持ってないかもな」

「神様なら持ってるんじゃ無いんです? 世の中広いんですから僕以外にも持ってて隠してる人が居るかも」


 アラン様がちょっと真面目な顔で


「あのな、クソガキ。この天才にして古代文明研究家でもある俺に言わせて貰うとよ。神々の中でも大多数を占めてる戦神様や土地神様なんてのは、そんなすげーもんじゃねーんだ。いや確かに力はすげーんだけどよ。

 戦神様は戦闘力で言えば一柱で千人の軍人にも匹敵するし、土地神様は担当の地域を幻魔から守護する力は一流だ。でもそれだけなんだよ。理を外すような神ではないんだ。当然こんな泡倉を持ってたという話もねーぜ」

「つまり、僕の泡倉は変わり種なんですね?」

「そーいうこった」


 その後僕たちは、古代樹の枝や木の皮、丈夫な蔓などを手に入れて、広場に戻った。足りない動物の皮、布、紐、青銅なんかもある。これは泡倉管理人のセニオさんが届けてくれた物。


「あ、この布可愛い!」


 布の中に結構凝った刺繍がされているモノがあったみたい。ハンナが大喜びしてる。


「気に入ったなら上げるよ」

「やったー! サウル大好き! いつかハンナのご主人様になってね!」

「え? う、うん」


 でも僕村人だし家来は持てないと思うけど。


「で、この見慣れない布や紐はどっから出てきたんだ?」

「あぁ、あの……。泡倉の住人に届けて貰いました」


 嘘は言ってないもんね。


「住人ね……。それ会えるのか?」

「すいません。持ち主にしか姿を見せられない誓言があるそうで」

「ったく、しゃーねーな」


 誓言、便利な言い訳で助かるよ、ほんと。


 その後、お昼の手伝いをして、お昼を食べて、昼寝もせずに作業開始。明日も雨とは限らないんだから、今日中にどうにかしたいんだ。


 まずは素材の初期化。普通のから術理具に使う素材へと存在の位相を変える処理。この処理の出来で、後の加工の難易度は大きく変わる。

 マリ様から見せていただいた教本の処理方法は、ちと手順が多すぎたし、装飾も多かった。手順を複雑にすることで、術者の思い入れは強くなるけど、それも程度問題だと思う。僕はコウタロウさんの知識で無駄な部分や足りてない部分が分かってしまうので、そのまま使うのは嫌だった。だから、今やってる初期化処理は僕のオリジナル、かな。コウタロウさんの知識に僕の思い入れを混ぜたもの、か。


「お、また変わった初期化処理だな」


 僕が初期化処理に使う術理円は単純な円形と三角形の組み合わせ。教本には神々への賛辞や幻魔払い、昔の王様を讃える文句なんかも混ざってたけど、僕は全部パス。この辺、飾り立てた難解な古代文字で書かれてて、無駄に初期化処理の難易度を上げていた。

 僕が使うのは、四大元素と光と闇の元素記号。それに対応する神々のシジルだけ。あ、シジルというのは神様や王様が持っている特別なサインのこと。それ自体がちょっとした術の力を持っているんだ。


 沢山のを素材に変えるので、中央に術理円を描いてを置き。周辺に元素記号やシジルを描いていく。


「随分シンプルだな。没薬や捧げ物は使わないのか?」

「そうですね。今回は僕のエーテルを捧げます。慣れない触媒を使っても無駄でしょうし、それに手持ちが無いですよ。僕、何を隠そう一文無しですからね! 銅貨1枚もってないのに触媒なんて無理です!」

「そりゃそうか、無い袖は振れないわな。んじゃ、ちょっくら俺とハンナは海行ってくるぜ! さぼんなよ、クソガキ!」


 初期化の儀式を行っていく。

 儀式自体は単純だ。術理円を含む場を清浄にして、失敗の要因になるものを取り除く。清浄な場を確保したら、全体に四拍呼吸で作り出した僕のエーテルを馴染ませる。捧げ物、象徴としての生け贄のとなる元素に関するものを作りだして適正な場所に設置する。

 そして元素や神々の諸力の召喚。

 召喚された力ある存在は、僕の体を通して素材を祝福する。

 後は後始末だ。力ある存在に丁寧にお帰り頂き、場の終了を宣言する。残った力を悪用されないように丁寧に始末する。


 初期化が終わった古代樹は、黒から白銀に色を変えていた。日の光を反射するのは中々きれいだと思う。

 アラン様もハンナもいないし、管理人二人を呼んで作業を手伝ってもらうことにする。


 15時を過ぎる辺りで作業終了。湿度は高くないが、温度は30度近い。うっすら汗が出ちゃう。

 出来上がったのは、草かきが10個と、棒の先に丸い円盤が付いたものが10個。古代樹の棒と蔦や紐が複雑に絡まったものが5つ。

 僕も頑張ったんだけど、やっぱり5才の体だと色々無理。セニオさんには「もっと鍛えて頂かないと困ります」とか言われちゃった。ロジャーさんもセニオさんも、手先が見えないほど作業が早くてびっくりする。


 海にアラン様とハンナを迎えに行くと、岩場で貝を拾ってるところだった。今日は美味しい物、食べられそう……。


 僕が思わずニコニコしてると、アラン様がやってきて何か渡してきた。

 見ると、珊瑚と真珠?


「クソガキ。お前、金持ってないんだろ? この先、お前が何をするにしても金が要るんじゃねぇか? 特に術理具なんて、材料代がすげーしよ。全部、ここに有るモノって訳にもいかねぇだろ?」

「確かにそうですね……」

「これをよ、マリのババアに売って貰え。こんな高価なもん売りさばくには信用が必要だが、マリのババアなら大丈夫だ。あれでも薬の研究なんかじゃ名が通ってたババアだからよ」

「でも、ここのもの売って大丈夫なんでしょうか?」

「一応、俺様とハンナで確認してみたんだけどよ。多分大丈夫じゃねぇかな」

「ハンナも頑張ってみたよ! だいじょぶだよ!」


『セニオさん、海岸にあった珊瑚と真珠を外で売りたいのだけど、良い?』

『はい。ここはサウル様のものですから問題ありません。勿論、以前お話しした注意事項は守って頂きたいところですが』

『ええ、大丈夫です。必ず守ります!』


「じゃぁマリ様に処分をお頼みしてみます」

「おう。明日晴れたら行商人が来るはずだからよ、その時に間に合うようにしなきゃな。じゃ、帰ろうぜ」


 その場に入り口を作って帰る。コミエ村は肌寒く、雨はまだ降っていた。

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