026 墓標

 泡倉から戻った僕は、すぐにお手伝い。朝と同じ、いやそれ以上に忙しい。

 あ、術理具は、セニオさんに預けてきたよ。僕の部屋に置いておくと、持ち歩くのが面倒なので。セニオさんはちょっと嫌な顔してたけどね。

 今日はちょっと涼しすぎるので、温かいものが中心。貝が入った汁にとろみが付いてすごく美味しかった。もう実家のご飯には戻れない気がする。

 それと、今日はお代わりを5回しちゃった。お腹いっぱい食べなさいというご命令だったので仕方ないんだけど。アラン様より食べちゃったので、皆さんびっくりしてた。

 明日からは大人用の食器を使うことになっちゃったよ。僕の食器は実家から持ってきた物だけだったから、神殿にある予備の物になるみたい。僕のような立場の子に食器を分けるというのは通常無い事のようで、普段しきたりに五月蠅くないアラン様もかなり気にしてた。


 夕食の後、僕はマリ様の作業部屋に向かい、アラン様から勧められた事を相談してみた。確かにお金は必要だと思う。僕は神殿預かりの孤児。三食と寝る場所以上に必要な事は自力で何とかした方が良いはず。ご飯も大人以上に食べるようになってしまったし。

 するとマリ様は、僕を連れて夫であり神官のセリオ様のお部屋へと向かう。時刻は19時、外はうっすら物が見えるけど、廊下は真っ暗。でも、僕らの周りは白々と明るい。四大術士であるマリ様が手のひらに灯りを灯しているから。


「ふむ。自分でもお金を出したい、というのだね。大人の好意に甘えなさい、と言いたいところだけど、正直助かるね。この神殿は、半分私の私費で運営してるようなものですしね」


 セリオ様は、口の片方だけをつり上げて苦笑いされた。上品に整った顔でする苦笑いはすごくカッコイイ。

 目の前には、僕がマリ様にお渡しした珊瑚と真珠。

 珊瑚は、真っ赤な色で大きさは30cmほど。綺麗に3つに枝分かれしているんだけど、どれくらいの値段になるのかは分からない。真珠の大きさは直径1cmくらい。乳白色でちょっと光ってる。


「ねぇ、マリ。私はあまりこういう物の値段には詳しくないんだけど、これどれくらいすると思う?」

「そうだね。珊瑚は根こそぎ指輪と触媒に変えたとして金貨1、2枚かねぇ。でも、この珊瑚はかなり品が良いからね。うまくすりゃ金貨5枚になるんじゃないかね」


 金貨5枚。50万クレ。凄い金額だなぁ、と、思った。

 僕が実家で食べてたご飯は1食50クレだった。つまり1万倍。1万食と考えると、ええと。


『大体28年、ってところですぜ、坊っちゃん』


 と、ロジャーさんが助けてくれる。後、1、2個適当なものを売ったら、一生ゆっくりできそう……。ちょっとだけそう思った。


「足りないね、マリ」

「まったくだね。銀や鋼鉄、ミスリル、魂倉に本。触媒だってたっぷり欲しい」

「それに、だ。サウルの術理具がばれたら、面倒な奴らも寄ってくる」

「確実にバレるだろうさ。賭けたって良い」


 お二人とも何言ってるんだろう?


「鼻薬も欲しいやね」

「鼻薬ってなんですか?」

「そうさね、5才の子供に話すのは早い気もするけど」

「まぁサウルなら飲み込めると思う」


 その後しばらくお話をしたんだ。色々必要な物を決める。泡倉を探査したりセニオさんに聞いたりして、計画を修正していく。

 色々と決めていったよ。神官のセリオ様も奥様のマリ様もすごく楽しそう。ちょっと悪い顔してた。村長さんも巻き込むんだって。アレハンドロの奴らにひと泡吹かせる、って。

 正直、良く分からないところも沢山あるけど。

 あ、アレハンドロというのは、この村から5日ほど行ったところにある都市のこと。ここコミエ村はアレハンドロの管理下にあるだってさ。


『まぁ良いんじゃないすかね』


 って計画を聞いてたロジャーさんも言ってるし。


『ただの人間にしては、面白いことを考えていますな。私としては協力しても良いかと』


 と、セニオさんも言ってるし。なるようになるか、な?


 明けて5月16日。今日も雨。昨夜は遅くまで起きていたから自分で起きることが出来なかった。ロジャーさんが起こしてくれなかったら、お手伝い間に合わなかったと思う。危ない危ない。

 僕は術理具造りに集中。ロジャーさんセニオさんには色々お願いした。

 他の人は色々。雨の中、村長さんの家に色んな人が代わる代わる集まって僕の術理具の使い方を習っていく。ほんとは、雨具の発達してないこの世界で雨の日の外出は基本的に禁止。万が一風邪でも引けば、重症化の可能性は高いんだってさ。神術も薬草もただじゃ無い。助けたくても助けられないことはある。ってロジャーさんが言ってた。

 でも、今日はどうしてもそうしなきゃいけないってことで、村長さんとセリオ様、戦士団の人達が協力して人集めをしているんだそうだ。

 術理具の感想を聞きたいけど、明日まで我慢。明日は晴れるそうだから、皆さんが使ってる様子も見えるだろうし。


 晩ご飯が終わった後、ロジャーさんが話しかけてきた。部屋には僕とロジャーさんの二人だけ。シンプルな僕の部屋には、術理具の灯りが一つ。これも預かりの孤児には過ぎた品らしい。術理具自体は金貨数枚でも、維持には魔物の加工済み魂倉が必要で。それは安くない。


「坊っちゃん、お疲れ様で。ちと、報告とお伺いしたいこととが一個ずつ」

「はい。ロジャーさんもお疲れ様。明日は多分ゆっくりできると思うよ」

「まず一つ報告ですがね。魔物をちょいちょい見かけるようになってきましたぜ。まぁ雑魚ですがね」


 ロジャーさんやセニオさんの雑魚認定は当てにならないと思う。だって戦士長のマルコ様のことだって評価が高くないんだもの。


「んっと。どんな魔物なの?」

「あっしが確認したのは、コボルト、ゴブリン、狼ですな」

「……んーと、それぞれどんな魔物? 確認したいな」


 僕の知識は、ほとんどがコウタロウさん由来だけど。なんかちょっとずれている気がするからね。新しい術理具も、きっと誰か作ってると思ったし。


「コボルトってーのは、犬頭の小さい人型の魔物でさ。いっちょ前に魂倉を持ってやすがね、大人が棒を持っていれば簡単に追い払えまさぁ。数が増えると面倒ですがね。こいつが50くらいの群れが一つ」

「……」

「ゴブリンは、コボルトより大きいですが、大人の男よりは小さい。潰れたエルフのような耳に猿のような顔してまさ。狼は、こないだ河原で見かけた野犬。あれの倍くらいの体高がありますな。坊っちゃんなら、首筋噛みついたまま山の奥まで走って持って行けるかと」

「うわっ。怖いね。自警団、対応出来るの?」

「余裕でしょう。コボルトの数が多いんで、ちと畑が荒らされる可能性がありますがね」

「僕はどうすれば良いと思う?」

「状況の把握だけで、良いんじゃ無いですかね。坊っちゃんが呼ばれる事も無いと思いますがね」

「分かった。まぁ僕が直接対応することは無いと思うけど、考えておく。で、聞きたいことってなんです?」

「……。小っさい話しなんすがね。あっしの呼び方、何故変わったんで?」


 ロジャーさんが、ちょっとだけ間を置いて聞いた。


「……そうだね。意識してなかったよ。だけど、多分、こないだ前世の人、コウタロウさんと話をした結果、だと思う。前世の人は、僕と話して姿を消した。でも、あの人が持っていた物は、消えるどころか僕の深いところにもっと深く結びついた、そんな気がする。それが影響したんじゃないかな」

「あっしらの事もお分かりに?」

「多少、ね。コウタロウさんは多少の知識は残したけど、記憶のほとんどには鍵を掛けてる。なんでそんな事してるのか分からないけど。でも、ロジャーさんやセニオさんが、前世で関わりがあったというのは分かるよ。懐かしい感じがするんだ。あの泡倉もね」


 ロジャーさんが僕から目をそらす。黒ずくめで黒髪のおじさんが目をそらす。僕はあの顔を、表情を何度か見たことが有る。

 村の共同墓地。空き地に木の棒が立つだけの墓地。その下に死体は無い。遺灰があるだけ。形のある死体は不死者になることがある。なので、切り刻んで別の場所に埋めるか燃やすかする。余程のことが無ければ、燃やすという。セリオ様が司祭の顔をしてそう言ってた。

 ロジャーさんは、逸らしていた顔を戻して僕を見る。僕を墓標のように見ていた。

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