018 泡倉と修行3 質問と提案

「おい、クソガキ! 今日はこれくらいにしといてやるぜ! ギャハハ!」


 へたり込んで座り込む僕に、アラン様が声をかけたのはお昼頃。泡倉に来てから2時間ほど経った頃。

 涼しくて気持ちいい風が吹いている。風に乗ってくるのは木の焦げた匂い、泥の匂いに、折れた木の匂い。バタリと倒れ込むと、隣にはハンナが大の字になってる。


 神術で木を再生させた後、一通り初歩的な術の使い方をやってみた。神官様とアラン様の実演付き。で、その後、乱取りをすることになった。乱取りというのは、自由に戦う事みたい。とりあえず、大きな怪我はしないように手加減すること、とだけ言われる。

 その後は、ハンナとやり合ったり、戦士様に転がされたり。ハンナと僕で組んで戦士様とやったりした。戦士様は強かった。ハンナと二人がかりで、僕は隙を見て四大術を挟んだりしたのに、全然駄目。気がついたらハンナが飛んでて、僕も地面にキスしたりしてた。


 色んな所がズキズキしてて、ハンナはグズグズといじけてる。素早い動きと四歳とは思えないスタミナに自信があったみたい。僕? 僕はまぁこういうの初めてだったから何とも言えないというか……。

 あ、闘気法使っても、元の体力が増えるわけじゃ無いし、元が低いのに大きく増幅しようとすると『ビキッ』って来るから、鍛えないと駄目だって分かったよ。ほんと、すぐ息が切れちゃうから、ハンナみたいに動き回るのは無理っぽい。どうしたら良いのかなあと思っていると、セレッサ様がよく冷えた布を渡してくれた。


「簡易な冷却術を使ったものですよ」

「あ、セレッサ様、ありがとうございます」

「うふふ、どういたしまして」


 ハンナが起き上がって、「ああああああ」と、子供らしからぬ声を上げている。冷たい布を顔に当てて喜んでる。確かにこれは気持ちいいなぁ。今度から訓練の後にやろうっと。これなら簡単だし。


 セレッサ様とアラン様がいつの間にやらお昼ご飯を作ってくれていた。アラン様が意外と手際が良くて面白い。

 大きめの竈を二つ作って、そこに平鍋と深鍋をかけて料理を作ってた。凄く良い匂いがする。今まで嗅いだことの無い香り。懐かしいような、物足りないような。

 配膳だけ手伝って、皆で食べたよ。平鍋から出てきたのは、白い粒。麦とは違う。これが米なんだって。陸稲を作ってるのは良く見てたけど、食べるのは初めて。米と具材をスープで炊いて作った料理でピラフというんだってさ。なんか物足りないなぁ。


「あら? 石でも混じってた?」


 とセレッサ様。


「ええと、そうじゃないんですけど。その、魚のアラとかで出汁を取って、塩を濃くするといいのになぁって……。生意気言ってすいません」

「ブヒャヒャ! サウル、おめぇこんな野外で何言ってんだよ! あ、そーいや、王都でよ、ギラソルんとこの親父のピラフがすげーうめーんだけど、出汁がどーのとか言ってやがったな。あー、あの子羊の骨付き肉、また食いてーな!」

「えと、ごめんなさい。出汁なんて取ってたら時間掛かりますしね」

「うふふ、ほんとねー。しかし、サウル君は出汁の事なんてよく知ってたわね」

「すごーい! サウルは頭良いね!」

「いや、ええと、僕の家は貧しかったので出汁とか知らなかったと思います。多分、前世知識かな?」


 ピラフもスープも美味しかったのに、何を生意気なことを言ってるんだ僕は。恥ずかしい! とか、思ってるうちに凄く眠くなってきて、あっという間に寝ちゃった。


 ざわざわっと、声が聞こえる。目は見えなくて真っ暗で。体はぴくとも動かないけど。


「サウル君、どんな感じなんです? 四大術が使えて、神術も、闘気法も使えて、私からすると末恐ろしい感じですけど」

「あー、まーよ。

 四大術の実技に関しては駆け出しの域は超えてるな。魂倉のスタミナも大したもんだ。容量がでかいのか、効率が良いのかわからねぇけどよ。発動の早さも悪くねぇな。

 ただ、術に意識を取られすぎるのが問題か」

「まぁ今日初めてですからね。神術に関しても同じです。

 サウルが5才じゃ無くて15才なら、冒険者に放り込んでも大丈夫でしょうね」

「そうですな。何にしても、サウル君は体が小さい。

 骨格もよろしくないし、肉付きも悪い。

 だから、動かそうと言う意識はあっても体が付いてこないし、直ぐ息が切れるから隙ができる。

 闘気法の使い方自体は憎らしいほどなんですがなぁ。私には昨日今日始めた初心者とは思えんですよ」

「すごいですね……。古代文字も読めるし、計算もできて。3つも術が使えるなんて」

「まーなー。確かによー。2つってーのはたまに聞くな。大体、何かと闘気法だ。3つってのは聞かねぇやな。

 俺は四大術だけだが、そこの美人秘書様は四大術と闘気法だ。でもよ、四大術は長年やってもぱっとしねぇじゃねぇか。大体どいつもこいつもそんなもんだ。両方モノにした奴ってのは大体ハッタリだぜ? それがそこのクソガキは実践したてで駆け出し卒業ときたもんだ。それも全部だ。

 ほんと、このクソガキはどーなってんだかよ?」

「すごい……。唾つけとこうかしら……」

「おいおい、止せよ。クソガキが大人になる頃は、おめー、ひ孫が居る年だ……! あ! イテテテ! くっそ、テメ、この、ご主人様に向かってなにしy! イタ! くっそ! 悪かったよ! お前らほんとめちゃめちゃおにあい! くっそ! いてー!」


 楽しい人達だなぁ、と、何か他人事のように聞いてた。そっかー、僕、中々なんだ? 良く分からないけど。

 ぼんやりしてると、目が醒めた。13時半くらい。


「お、起きたかクソガキ。おめーのせーでえらい目に遭ったぞ」


 アラン様がブツブツ言いながら近づいてきた。あ、体の下に布が敷いてある。


「あ、すいません」


 思わず謝ってしまうと、セレッサ様が凄く良い笑顔で


「いいんですよ、アラン様の自業自得なんですから」

「え? そうなんです?」


 アラン様は渋い顔。


「まぁいいけどよ。初めてだし、魂倉の回復もあるだろうから、今日はここまでだ。まだ半分も戻ってねぇだろ?」


 ホントはもう全快になってるんだけど、黙っておく。

 ロジャーおじさんが、教えてくれた。あの状態からなら、普通は6時間の睡眠か、2時間の瞑想が必要だって言ってた。僕は1時間の仮眠でそれをやったわけで。


「そうそう、聞いておきたいことあるか?」

「えっと、術の発動って、もっと早くなりますか? 今回、僕の術は発動まで6秒から7秒掛かってました。命のやり取りする時なら大変だと思うんです」

「あー、そうだな。あんま変わんねぇ。慣れた術だと2秒以下ってのはあるけどよ。

 あ、昔、早撃ちって言われた奴が1秒の半分以下でファイアボールぶっ放してたって言うけどなー。ほんとかどうかわかんね。

 発動時間は手順的に画期的な手はねぇな。少なくとも俺は見つけてねぇ。だから、俺ら術者は前衛に発動時間を稼いで貰うって訳だ」

「それなんですけど。多分、良い手が有ると思うんです」

「けっ。んな、昨日今日始めたばかりのポッと出が、数百年の歴史をひっくり返せるかよ。……まぁいいや、論破してやるから言ってみ?」

「毎回毎回、新しく術を魂倉と一緒に中間物を構成しますよね。あれ、エーテル通して術にした後、捨ててるじゃ無いですか。あれ、どうにかなりませんか?」

「けっけっけ! 残念だったな! 俺も昔試したけどよ。1回エーテル通すとスカスカに劣化してよー? できた術は使いもんにならなかったぜ!」


 アラン様すごくうれしそう。くそー。ここからなんだもんね。


「ええ、それはさっき試しました。でもですね。あの中間物、できますよね?」

「それもさっき試してたんか?」

「はい」

「よーし、良い度胸してやがんな、続けてみ?」

「複製した中間物で生成した術も原盤と変わらない術になります」

「まぁそうだけどよ、それは実戦じゃ使えねぇ。状況に合わせた術を使わなきゃならんし、結局切り替える度に中間物を一から作る羽目になるからな」

「中間物を永続的に保存し、かつ任意のタイミングで取り出せるとすれば?」


 アラン様と脇に居たセレッサ様の顔が怖くなる。


「魂倉の中に潜ると、が有るじゃ無いですか。

 あそこにを作り、を置くんです。使う時には、適当な呪文の中間物をから喚起、複製します」

「でもサウル君、魂倉内の構成物は術者の干渉が無くなると、すぐに同化されてしまうわよ?」

「霊的センターと部屋にパスを結んでおくんです。地水火風空の五元素全てでパスを結ぶと魂倉は、術者と繋がったままと認識するので部屋は崩壊しません。さっきご飯を食べる前に作った部屋は、睡眠を挟みましたけど、まだ残ってますよ」

「おい、クソガキ。その部屋は、どれくらい持つんだ?」

「んー、時折手入れすればずっと、だと思うんですが。手入れの間隔は分かりません。ほら、今初めてやったばかりですから」

「ケッケッケ! 面白ぇ! 面白ぇじゃねーか、クソガキ!

 くっそ、クソガキ! 俺様の先に行きやがって、お前気に入らねぇ!

 でもよ!

 危険性、難易度、どんな術でもいけんのか? どんだけ保管できるよ?

 検証すべきことが色々有るじゃねぇかよ! たまんねーな! み・な・ぎってきたー! ギャハハ! ヒヒヒヒヒ!!」


 そういうと、アラン様は広場の向こうに走っていった。入り口を開けた場所の方。すごい勢いで走って行って、直ぐ戻って来た。うん。まぁ入り口開けてないからね。


「おい、クソガキ! 入り口開けろ。んですぐ行くぞ!」

「どこにです?」

「大学だ! んで、実験して論文書くぞ! お前共著者な。古代文字いけるんだから大丈夫だろ?」

「え? あの、僕、ただの村人で5才の子供ですよ?」

「馬鹿か! 才能に年齢は関係ねーんだよ!」

「アラン様が良くても、周りの方が認めないんじゃ無いかと思うんです」

「そうですよ、アラン教授。ハンナちゃんのことでも、かなり色々言われてるんです。またここで騒ぎを起こすのは……。それに、この村で力を蓄えさせるんでしたよね? 落ち着いてください、教授」


 セレッサ様がフォローしてくれた。すると、アラン様は落ち着いたけど、機嫌悪そうになった。


「ちっ、くっそつまんね。あの凡俗どもが、いつもいつもこの天才様の足引っ張りやがって……。まぁいい。王都行きはまた今度な! そんときゃよ、派手にやってやっからよ! ギャハハ!」


 いえ、結構です。と思ったけど、懸命な僕は口に出さなかったよ。大人になったなぁ。5才だけど!

 と思ってたら、アラン様が咳の発作を起こしてセレッサ様に介抱されていた。ホントこの人は……。

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