016 泡倉と修行1

 時間が掛かったけど10時過ぎには出発することができた。メンバーは神官様、アラン様、戦士様、セレッサ様、ハンナに僕。奥様はすごく行きたかったみたいなんだけど、村長さんと何やら話し合いがあるとかで。


 中庭でいつもより少し大きめの入り口を開けてみる。この入り口、色々な大きさにできるみたいなので、一応神官様に聞いてから大きく開けてみた。神殿の高さより大きくできそうだったのでびっくり。幅も中庭一杯にできたよ。


「ぎゃはは! おいセリオ! これ、とんでもねぇぞ! 悪用したら軍を隠せるじゃねーか! 中は500km四方なんだろ?」

「軍どころか、街も隠せそうだね。はっはっは」


 その言葉に閃いた。地面に入り口を書くとどうなるか。多分、できる。扉じゃなくて、のようにすれば……。という言葉は無視。多分前世だろうし。それにもうイメージは頭にあるからね。

 試しに、地面に入り口を書いてみる。今まで、扉のイメージだったから空中に縦に展開してたけど。直径5m程の円形に地面が光る。


「お、セリオ、こりゃなんだ? 入り口か? まるで転移門みてーだが……」

「新型の入り口です。この円も相当大きくできそうですよ。自分で動けないものを送り込む時に使えるかと思います。まぁそれはともかく、皆さん円に入ってください」


 と、僕が告げると皆さん恐る恐る円に乗る。今までは扉をくぐるイメージだったけど、今度は「場所を入れ替える」イメージで。光が一際強くなったと思ったら、次の瞬間、いつもの広場に着いていた。

 いつもの風景だ。直径100m程の広場に大きな屋敷。僕は水汲みの時にちょこっとずつ来てたけど、神官様と戦士様は2回目。アラン様、セレッサ様、ハンナは初めてだね。


「セリオ様、予定通りで?」


 戦士のマルコ様が予定の確認をする。この場のリーダーは神官様。一応今回は、僕が泡倉のことをどれくらい掌握しているかの確認と、泡倉内で僕が術を使うとどうなるかの確認が主になるんだってさ。

 神官様が前回来た時に、神官様と奥様はそれぞれの術を。アラン様は闘気法を試されたのだそうだけど、普段より反応が大きい以外は特に問題なかったとのこと。


「さて、サウル。この巨大泡倉の掌握を試してもらおうかな」


 神官様は凄く楽しそうだ。


「普通泡倉は、中に入っているものを直感的に把握し、中のものを自分の意思通りに選んで取り出すことができる。例えば雑多な貨幣を泡倉に突っ込んで、鉄貨、銅貨、銀貨と分けて出すことができる。あれは非常に便利だ。同じ泡倉と名が付いているのだから、同じようなことはできるはず。この泡倉の中がどうなってるのか、そして中に有る物を取り出せるのか、試そう。そうそう、ここに生えている木なんだけどね。古代文明時代に滅んだと言われている貴重な木なんだ。ちょっと分けてもらえると財政が助かる」

「それだけじゃねぇぞ!」


 と、アラン様。


「あの屋敷、中には入れないからはっきり言えねぇが、壁の材質がおかしい。多分遺跡で良く見る奴だ」

「ふむ。確かに古代遺跡に入り浸りの天才アランが言うんだ、確かなんだろうね」


 ぱっと見ただけでそんな事が分かるなんて凄いな。ちょっとアラン様見直したよ。

 で、その掌握。この場に泡倉持ちがいないので、なんとなく勘で行うことに。ほんとは管理人がいるからその人に聞けば良いんだろうけど……。しょうがない、ロジャーおじさんに聞いてみよう。


『ロジャーおじさん、泡倉の管理人さんとは話せないのかな?』

『へぇ。なんか気難しい奴のようで。ただ、コツは教えてくれやした』

『じゃぁそれを教えて』


 しばらく沈黙した後、やってみることにした。

 目を開けたまま。

 雲のまばらな空を見上げ、四拍呼吸。

 そして僕は

 今飛んでいるのは、僕の心。

 体はそのままに、エーテル体だけが飛んでいく。

 空を飛ぶ鳥の高さに自分が行ったら何が見えるだろう、と。

 周りの木が見えなくなり、空が広くなった、ように思える。下を見れば

 近くに飛ぶ鳥の背が見える。木々の先端が下に見える。

 さぁ。高く飛ぼう。

 高く高く。

 雲を超え、更に高く。

 寒い。空に昇れば、太陽に近くなるから暑くなるかと思ったんだけど、寒くなった。そして暗くなる。

 もう真っ暗な空に、ギラギラと太陽が輝き、昼間だというのに星が見える。

 ずっと上っていくと、壁があった。これが泡倉の限界。高さ500km。

 僕は壁を抜けて更に上る。

 ずっとずっとずっと。

 そしていつしか、眼下に見える。白く輝く500kmの立方体。

 それがだ。

 僕は外側から泡倉を見ていた。片方の僕は内側から泡倉の内側の空を見上げたまま。

 手を差し伸べると、ことができた。そう、今の僕は、泡倉を片手に乗せるほど大きい。泡倉を手の内で転がし、そして僕は把握した。

 に分かる範囲を識る事が出来た。

 満足すると、戻した。

 この状態は長く続けると危ない。帰れなくなる。

 一瞬、魂が不満を述べる。

 くらっとしたけど、もう大丈夫。


「皆さん! ざっとしたところが分かりましたよー。ここは直径200kmの円形の島で、ここはその東側の海岸近く。周りは海です。お魚がいるそうです」


 神官様もアラン様も興味深そう。


「分かりましたサウル。そのうち探索しましょう。地図を書いて貰っても良いですしね。では、この中の物はどの程度、君の思い通りになるのかな?」

「はい、神官様。視界に入る20m先までは自由に操れるようですよ」

「20mか、どんな事が出来るか、見せてくれるかい?」


 これは、泡倉を掌握した時に分かったこと。僕が力を付けて、管理人に認められれば、更に様々な事が出来るはず。そう、泡倉の管理人は僕が力を付けるのを待っている。

 今は限定的な支配だけど、そのうち泡倉を完全に自分のものにできるはず。そのために頑張らなきゃ。僕は、今、親切にしてくれる皆さんに何も返せない。将来誰かを助けられる保証もない。頑張って力を付けなきゃ。

 横道に逸れた思考を戻して。まずは誰も居ない場所を見て、地面を盛り上げた。小山のように高くなる地面。高さは5m程。


「まずは地面の操作。元に戻すこともできます」


 皆さんが小山に触れて、幻覚じゃないことを確認して貰ってから、元に戻しておく。次は、木々。広場の端に歩いて行き、僕が腕を回しても届かない太い木々を見る。正確には、その枝を。

 次の瞬間、木々の枝がバサバサっと落ちてきて、僕の近くに一カ所に纏まった。ちゃんと葉っぱと枝は別になっているし、薪に使いやすいように適当な大きさに切断したんだ。生木のままだけどね。

 枝と葉っぱの塊を皆さんの方に押しやってから、一本の木を見上げる。丁度高さ20m程。葉がたっぷりと生い茂り、枝振りも豊かな木だね。村の近所では見かけないと思う。

 ずぼっと引き抜いて、根を切って。幹を適当な長さに切って枝を落とし、葉を分けて。付いてた虫や鳥の巣は別の木に移して完了。


「木もこんな感じで操作できますね」

「わー、サウルすごい、すごーーい!」

「うわっ、マジか! すげーな、おい」

「これなら道を簡単に作れますね。これを外でもできたら村の神殿としては非常に助かるんですけど」


 そこでアラン様が、木を乾燥させて板材にできないかと仰るので試してみるとできた。枝も乾燥させて薪になりそうだ。


「いやまあ、泡倉ですから、持ち主の思ったとおりになるというのは当たり前でありますが。それにしても、なんというか出鱈目ですな……」

「そうですね。私も長年アラン様に仕えている間に色々な資料に目を通していますが、このような非常識な有様は初めてです。これを世に広めることができないのは残念です」

「わー、サウルすっごーーい!」


 戦士様とセレッサ様がぼやいていると、ハンナが乾燥させた葉っぱの山に飛び込んで泳ぎ始めた。

 まったくハンナは子供だなぁ、まぁ僕は5才だからあんなはしゃぎ方はしないけどね。とクールに眺めていると、ハンナが葉っぱを投げつけてきた。普通ならばさーっと広がって終わりの筈の葉っぱは、塊のまま僕の所まで飛んできた!

 顔が葉っぱが当たる。え? 何? 四大術?

 ハンナを見ると得意げな顔。僕が睨むとキャーー! と奇声を上げて逃げ出した。

 くっそー!

 夢中で追いかける。ハンナは広場を駆け回る。すばしっこくて追いかけるけど捕まらない。そうしているうちに息が切れそうになってきたので、ちょっとズルをする。

 ハンナが広場の縁に来た時に、枝をぐいっと伸ばす。顔と足元と同時に塞ぐと、咄嗟のことで避けられず、ステンと転んだ。ハンナの顔に、手に持った葉っぱを投げつける! ハンナの顔も葉っぱまみれだ、やったね! と喜んでいると、ハンナが泣き出しちゃった。


「サウル! 泣かしちゃ駄目でしょ!」


 皆に怒られちゃったよ。おかしい! ハンナが先に仕掛けてきたんじゃないか! 不公平だ! だけど、ハンナがぐすぐすしてると、なんか僕も悲しくなって来ちゃった。ハンナみたいに泣いたりしないけど、ちょっとだけ鼻がむずむずした。ずずっと鼻をすすると、皆がニヤニヤして腹が立ったよ。ほんと。僕はハンナみたいな泣き虫じゃないもん!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る