015 修行開始

 その後の話は僕の試しの様子になって、アラン様が実際に見て見たいとおっしゃって。その場で腰掛けたまま、四拍呼吸を少し行ってみた。さっきより、金の霧が明るくなってる気がする。探索の人は、試しの時には村の外に行ってたからびっくりしてた。

 神官様と奥様は顔を見合わせていたから気づいているかも知れない。


「サウルのエーテル、明るさが増しているね。それと、目を開けてできている」

「セリオ、そりゃ術者なら当たり前だろ?」

「アラン、君、忘れてる。サウルが四拍呼吸をするのは今日が初めて」

「ギャハハ! さっきの今でもう進歩してるってか? たまらんな、おい」


 その後、明日手空きの人で僕の泡倉に行こうという話になったんだ。泡倉の中はエーテルが濃かったので、修行が捗るとか何とかで。

 そうこうしているうちに良い時間になったので、夕食とお風呂の準備にかかることに。今日は気温が28度だそうで。真夏に近い温度だってロジャーおじさんが言ってた。確かに戦士様は暑そうで、汗を拭いたりしていたよ。


 水を汲むために井戸に向かうと、戦士様や見張りの人もついてきた。試しに闘気法使いながら作業しなさいと。体に負荷を与えるから成長にも役立つはず、と。これも修行の一環と言われたらやるしないよね。

 四拍呼吸を一度回して魂倉からエーテルを回す。体の中に充填して……、とやっていると止められちゃった。もっと弱めで良いんだってさ。余りエーテルが濃いと長く続けられなかったり、体に悪い影響があるから、と。

 となると、試しの時に使ったのは、1分で1%だったんだから、もうちょっと絞れば良いのかな? 1分で1%以下というのは実感がわきにくいから、3分で1%に刻んでみよう。その感覚が何故分かるのか。また嫌な気分が湧いてきそうになったけど、押さえた。

 四拍呼吸すら回さずに、深呼吸一つ。呼吸をしながらほんの少しだけエーテルを取り込むようにしてみる。そしたら長く動いても魂倉が息切れしなくて済むんじゃない?

 最初は息をするだけでエーテルを取り込むのが上手く行かなかったけど。しばらくすると上手く行くように。次に桶を持っての動作と魂倉管理とエーテルの循環と呼吸と行おうとしたらバランスが崩れて、エーテルの霧が全身から吹き出してしまった。

 見張りの人が


「初日で呼吸法に気づくのは凄いな。でもさすがに使いこなせないようだから、最初はもっと組み合わせを減らしてご覧?」


 とアドバイスを下さった。でも、ちょっと悔しかったので、魂倉の管理をロジャーおじさんに頼んでみる。


『ロジャーおじさん、闘気法使ってる時に魂倉のエーテル吸収と放出、お願いして良い?』

『もちろんでさ。それがあっしの役割ですから』


 ついでに呼吸しながら吸収する時のコツについてちょっと教えて貰う。そして二回目の実行。

 エーテルの取り込みは、体に勝手にやって貰う。魂倉はロジャーおじさんがやってくれる。そうなると僕が意識するのは水汲みの作業と、エーテルの循環。エーテルの放出はロジャーおじさんが適切にやってくれるから、僕は与えられたエーテルを回すだけだからやりすぎも無い。そうなると難易度は格段に下がる。

 水を汲むのは、母も苦労していた。けど、今はさじの上げ下げのように簡単だ。片手でもできそう。今やると怒られそうだからやらないけどね。

 僕が水を引き上げると、戦士様と見張りの人がそれぞれ持ってきた大きめの桶に水を入れて持っていく。お風呂に使うんだって。暖めるのはどうするのかなぁ思ったら、奥様が四大術でやるんだそうだ。おかげで神殿は薪代が大分助かってるんだってさ。風呂焚き場も痛まないし、掃除も楽だし。ただ、奥様がお風呂にかかりきりになってしまうので、最初に沸かした後は、薪も使うそうだけど。

 神殿のお風呂はかなり大きいそうで、戦士様と見張りの人はずっと水を運んでた。なんだかんだで50~60回くらいかな? ちょっと適当だけど。もし闘気法無かったら無理だったね。30分くらいは水汲みしてたと思う。このスピードも闘気法様々。今朝の水汲みは1回引き上げるのに2分近く掛かってたから。

 終わった時、ロジャーおじさんに収支を聞いたら微妙にプラス、とのことだった。余った分は、そのうち揮発するって言ってた。

 戦士様も見張りの人も、まさか最後まで持つとは思ってなかったみたいで驚いてた。前世は古代文明時代の貴族じゃ無いか、英雄じゃ無いかと盛り上がってたよ。


 お風呂を終えて、夕食終えての19時前。お日様は遠くの山の向こうに消えて。本格的に暗くなる前、神殿の鐘撞き堂の前でぼーっと座ってると、ハンナが来て隣に座る。


「サウル様、どうしました? おつかれ?」


 ハンナは顔だけこっちに向けてそう聞いてきた。赤い残照がハンナを照らしてる。


「僕に様付けないでよ、恥ずかしいから。んー、えーと。このままでいいのかなぁって」「わかった。サウルってよぶよ。で、サウルはしゅぎょう、いや?」

「嫌じゃない。むしろ嬉しいんだけど。不安なんだ」

「みんな、良い人よ?」

「……うん」

「ハンナもいるよ?」

「……うん」

「じんせい、ままならない。にげたうまがさいわいをつれてくることもあるってアラン様言ってた」

「ハンナには敵わないね。ありがとう」

「どういたしまして! しゅくんを助けるのはきじんのほまれってアラン様言ってた!」

「僕、主君じゃないんだけど……」

「だいじょうぶ、よげんだから」


 後、きじんって何のことだろ?

 そのまましばらく、一緒に空を見て。

 昼間の暑さがどこかに行って、涼しくなった空気の中、赤い空を見て。

 僕たちは話をしてた。

 ハンナはアラン様やセレッサ様のお子さんじゃ無いってこと。王都での生活のこととか、いい人の話、悪い人の話。

 アラン様が嫌がらせをしてきた貴族を四大術でぶっ飛ばした話。ハンナが風邪を引いた時にアラン様が大騒ぎした話や、セレッサ様がきれい好きすぎてアラン様の研究室を爆破しそうになった話。

 ハンナの訓練の話は、ハンナは凄く自慢げだった。ハンナは4才だけど、もう幾つかの術が使えて、魔物も倒したことがあるんだって。

 僕は、野犬見ただけでびびったけどね。凄いなと、褒めたらまた嬉しそうだった。可愛いからあごの下、撫でて上げたよ。歯をむき出しにしてにへっと笑うのは、普段が整った顔をしてるだけにギャップが凄くて面白いなーと思った。

 そうしてすっかり暗くなって星が瞬く頃、部屋に戻ったよ。


 結局、しばらく四拍呼吸してエーテルの動きを色々試してたんだけど、早めに寝ることにしたよ。ちょっとだけ泡倉を覗いてきたけど、謎の屋敷以外真っ暗だったから。


 不思議な夢を見たんだ。

 手のひらサイズのハンナが出てきた夢。狭いけど、とても明るい部屋の中で遊ぶんだ。本棚がたくさんあって、凄く大きい鑑定機みたいな道具がある不思議な部屋。ハンナは僕の膝の上で遊んだり、肩の上ったり。僕は変わった木の実を上げようとするんだ。そしたらハンナはくるっと回っておねだりするの。木の実を貰ったハンナが嬉しそうで僕が笑うと、ハンナも一緒に笑ってた。


 なんであんな夢を見たんだろう。分からない。でも、ハンナが楽しそうで良かったって思ったよ。


 5時頃起きて、朝食の準備。水汲みは昨日より簡単にできたから、台所の仕事のお手伝いもたくさんしたよ。

 朝食の前に礼拝堂でお祈り。皆で集まったときに、ハンナの方を見たら目が合った。夕べの夢のことを思い出して、思わずじっと見てしまうと、ハンナがにへっと笑って、くるっとその場で回ったんだ。ハンナも同じ夢を見たのかな? まさか?

 祭壇の前にひざまずく。相変わらず女神様の視線を感じる。試しにちょっとだけ、エーテルを捧げてみよう。神様だから喜んでくれるかな? と思ってやってみた。お祈りは、2分くらいの時間があるから、四拍呼吸をじっくり回しても大丈夫なはず。

 四拍呼吸に切り替え、世界からエーテルを貰う。エーテルは魂倉に行き、魂倉から変換されたエーテルが体に流れ。背筋を上らせるように頭から外へ。

 目の前の女神像を思い浮かべつつ、エーテルを捧げます、と念じてみる。10秒、20秒、30秒。「ありがとう」と言う声と同時に、波動が女神像を中心に広がって行く……。祈りで静かなはずの場に神官様の声が聞こえた。


「……雰囲気が、まるで聖域のような」


 目を開けて周りを見ると、皆も目を開けていた。探索の人が気味が悪そうに周りを見ている。神官様も奥様もアラン様も困惑した顔。


「サウル、何かした?」


 と、神官様に聞かれたので


「女神様にエーテルを捧げました」


 と素直に答える。神官様は


「多分、井戸の水のことも、この雰囲気のこともサウルが関わってるのだろうね。私も毎日お祈りしてるんだけど、何が違うんだろう?」


 それは僕も知りたいよ。それにやっぱり井戸は僕のせいかー。ちょっと一回女神様とお話しした方が良いのかな。先延ばしにしたかったけど、良くない気がしてきた。

 神官様にお話ししてみると、ちょっと待って欲しいと言われた。神官様は研究好きだから、今すぐに! って言うかと思ったんだけど。意外だなぁ。


 朝食を摂り、神官様も奥様も神殿のお仕事。村人が相談に来たり村長様が相談に来たり。泡倉に向かうのはその後と言うことになったので、ちょっと暇。

 ちょっと薪から適当な棒を拾って振り回してると、ハンナが飛びかかってきたので、二人で冒険者ごっこ。僕が剣士でハンナは魔物役。女の子がそれで良いのかと思ったけど、良いんだってさ。アニタは絶対しなかったんだけどなぁ。

 しかし、ハンナは早い! 最初は遠慮して当てないようにしてたけど、本気で棒を振ってもかすりもしないんだよ。右に振った時にはもう違うところ、左に振ったらもう居ない! みたいな感じでホントにびっくりしたよ。

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