014 目的と方針2 彼の居場所

「確かに」


 5秒だろうか10秒だろうか、1分だろうか、たっぷり沈黙が続いた後、神官様が口を開いた。


「私たちは同じ村に住む仲間ではあるけど親しかったわけじゃないね。実際今回の騒動が無かったら接点らしい接点も無かったと思うよ」

「それに、このアラン様に至っては、ついさっき知り合ったばかりという有様だ。そりゃー、幾ら誓言があるとは言え純真なサウルちゃんは不安になっちまうわな! 悪い大人に利用されちまうんじゃねーか、ってよ? ウヒャヒャ!」


 アラン様がギャハハ! っとけたたましい笑い声を出してまた咳き込む。なんなんだろう、この人。僕は凄く勇気を振り絞ったのに! 馬鹿にしてるの?

 神官様はアラン様が咳き込んでいるのを見て、言葉を継いだ。


「まず、小さな子供を助けるのは大人の甲斐性だと思うんだ。あぁ、確かに君の家は君を抱えきれずに外に出した。でも、いや、むしろ、だからかな。私は君を助けたいんだ。哀れみ、同情、神官としての良識。色んな理由が有る。けど、そこに損得はあまりないかな」


 ようやく落ち着いたアラン様がニヤニヤ笑いながら


「おいおい、神官様よ、そうは言ってもサウルを養って行くにも色々物入りだろう? 食い物、服、家、教育を与えるにも色々かかるじゃねーか。その辺の収支はどうすんだ?」

「なんで良い話にまとめようとしてるのに、そういうこと言うかな? アランは」


 確かに底は気になっていたので、アラン様に素直に頷いて見せた。すると神官様は小さく首を振って


「……賢いのも考え物だね。まず、お金のことだけど。細かい金額は知らないけど、神殿にはサウルのような子供を引き取るための予算がある。まぁ申請してからになるから、しばらく掛かるかも知れないけど。そのお金は色んな所から集めた喜捨が元だから、それをサウルが気に病む必要はない。それに、この村がたまたま上手く行ってるだけで、普通は身寄りの無い子供が神殿預かりになってるものなんだよ。だから、私たちも別段サウルを受け入れるのが負担という事は無い。問題ないよ」

「おーおー! さすがセリオ様! 神官の鏡! ギャハハ!」


 そんなアラン様を神官様がまた嫌そうな顔をしながら


「あー、はいはい分かりました! サウルのギフトは魅力的だよ! あんな泡倉見て興奮しない研究者がいるわけない! 私も研究したい。そういう気持ちがあるのは確かだよ。あぁ、もう。なんてこと言わせるんだ。まったく……」

「けっけっけ。どうよサウル。合点がいったかよ?」

「はい。大体は。それでアラン様は?」

「え? 俺? 俺の事は良いじゃねぇか。俺様はアラン・マサース様だぜ? 俺様のような偉大な研究者は人格も完璧だからよ。お前みたいな弱者は救ってやるのが義務ってだけだ。気にすんな」


 あ、目をそらした。そこにセレッサ様が眼鏡をくいっとしながら


「こちらにいらっしゃいます世界有数の天才で有り高潔無双なアラン・マサース様にも、幼く力ない頃がございました。その頃支えて下さったとある高名な神官様に、アラン様はお尋ねになられたことがあったそうです。『自らは力なく、あなたに恩を返すこともままならない。どうすれば良いのか』と。神官様は答えました。『アラン、君は私に恩を返す必要は無い。私はそうしたいからそうするのだ。ただ、もし君が同じ境遇の子を見たなら助けてあげなさい』と」


 顔を真っ赤にさせるアラン様。何故か向こうを向いて赤い顔をする神官様と奥様。


「セ、セレッサ! お前その話どこで?!」

「アラン様。女性には様々な秘密がある物です。それを聞いてはなりません。……そういうわけですからサウル様。お気になさらず。皆様好きでされているのです」

「あ、そうそう。サウル、言っておくけどな。幾ら俺らが崇高な魂をしているとはいってもよ、無制限にお前を受け入れる訳じゃねぇぞ。お前が悪に落ちれば、このニュースフィアのどこに居たってぶん殴りに行くからな!」


 周りを見回してみた。神官様も奥様も戦士様も見張りの人偵察の人アラン様にセレッサ様、ハンナまで。

 みんな、僕のことを見ている。なんか変だな。目の奥が熱いし、鼻水が出てきちゃう。しばらく目をパチパチしていると、ハンナが近づいてきた。


「あのね、ハンナね。サウルのことすきだよ! いいにおいがする! ハンナね、おおきくなったらサウルとけいやくするよ。よげんなの」


 そしてハンナは僕の右手を取って、人差し指の先をカリッと甘噛みした。それは凄く懐かしい、そう、懐かしい記憶。


 細い灰色の金属の棒でできた檻。

 そこに居るのは茶色、いやアグーチカラーのネズミのような動物。等身が低くて丸い顔が可愛らしい。

 檻に指を入れると、その動物が寄ってきて、あごの下を掻けと催促する。小さな小さな小枝より細いその指で、生意気にも僕の指を掴んで誘導する。

 その動きに逆らわず、僕があごの下を掻いてやると、いーーーーっとオレンジ色の前歯を見せ、片手を上げて、目をつぶり、気持ち良さそう。

 しばらく掻くとお返しに僕の指を甘噛みして……


 ……ハンナが僕をじっと見ている。唐突に映像が切り替わったことに気づく。

 ハンナは僕の右手を持ったまま。

 あぁ、あれは、

 僕は、一瞬に飲み込まれた?

 ならば。

 あぁ。

 ハンナは……。

 僕の前世と関係がある人なのだろうか?

 右手を持ったまま上目遣いに僕を見るハンナ。思わず右手であごの下を掻いてしまう。すると、ハンナはと同じような顔をした。気持ちよさそうな顔。

 口は半開きで、眉根を寄せて、目を閉じて、まぁ女の子としてはどうかと思う顔だけど。


 状況を思い出して周りを見ると、皆さんがじっと僕らを見ていて。アラン様は「預言かよ、やべぇ」とつぶやいてる。ハンナに何か他に秘密が?


「アラン様。サウル様も皆様も困惑されています。状況の説明をお願い致します」


 アラン様の後ろに立っているセレッサ様が、前屈みになってアラン様に呼びかけられた。

 何故か偵察の人が目を見開いてアラン様の方を見ている。ん? セレッサ様の方かな?


「……あぁ。だけどよ、お前らにはわりーが、今は言えねーんだわ。すまんが確証がない。サウルに秘密があるようにハンナにも秘密があるんだわ。サウルのを教えて貰っておいてハンナのを言わんのは、ほんとわりーんだが、ちと勘弁してくれ。そのうち言えるようにするからよ」


 神官様は、良く分からない、という顔をして首を振る。しかし神官様は50を超えてる筈なのに、一つ一つの振る舞いが若いなぁ。


「アランがそう言うなら構わないよ。私にも言えないと言うことは、それなりの訳があるのだろうし。それはそれとして、サウル。少しは雰囲気もほぐれたようだが、これで納得いったかな?」

「はい、神官様。なんとなくですけど。でも多分、大丈夫です」


 一度、周りを見渡してみた。皆さん、嫌な感じはしない。多分。大丈夫。

 ハンナが僕を必死に見ていた。多分、勇気づけているんだと思う。僕より力が入っていてちょっとおかしい。


「僕は皆さんを信じますし、僕も皆さんから信じてもらえるように頑張ります。正直、納得のいかない部分もあります。前世のこととか。でも、今はどうにもならないんでしょうね。きっと」

「そうだね。前世持ちは大きな力を持つことも多いが、その前世故に様々な運命の渦を巻き起こす。前世持ち故に身を持ち崩すことも多いらしい。参考になるか分からないけど、前世持ちの話が載った説話集でも取り寄せて見ようと思ってる」

「ありがとうございます。頑張って御恩を返せるように努力します」

「んー、私はサウルの泡倉を研究させてもらえば十分だけどね。まぁそれはそれとして。サウルは一端神殿預かりの孤児ということにしようと思う。そして手の空いた人間で育成をしていこう。体が出来上がってないから、まずは術系からになると思うけど」

「へぇ、戦士団預かりじゃねーのか? あ、貧弱すぎて無理ってか?」


 と、アラン様。確かに、将来的に神殿に仕えるならその方が良いよね。しかし神官様は首を振る。


「戦士団預かりも考えたんだけどね、試しの結果を見て、まずは神殿預かりが良いかな、と思ってね」

「なるほどな。てーことは、3年後が楽しみだなー?」

「そういうことになるね」


 僕には良く分からなかったけど、僕とハンナ以外は意味が分かったみたいでニコニコしていた。ちょっと怖い。


「そういうわけで、サウルは明日から忙しくなるよ。コミエ村神殿の総力を挙げて訓練するからね」

「おいおい、子供だって事忘れるなよ。頭でっかちな奴は大人になってから苦労するぜ?」

「はっはっは、アランが言うと説得力があるね。分かった、ちゃんと気をつけるよ。ところで聞くのを忘れてたけどアランの予定は?」

「そうだな、しばらく厄介になるぜ。サウルを借りるかもしれん。あ、安心しろよ、ちゃんと返すからよ!」


 アラン様、最期はまた大笑いして咳き込む。

 僕の居場所はしばらくこの神殿。皆さん良い人達ばかり何だと思う。だから皆さんを失望させないようにしなきゃ。頑張る。

 それに。

 ハンナ。

 ……、うん、頑張ろう。

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